グリルハウス「極東テキサス」
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私立青嵐学園
長野市の北部に近年出来た、新興住宅地の一角にそびえる私立学園。
新興住宅地が出来る以前…田畑しか無い農地にポツンと学園は存在し、田舎の私学と言う、泥臭いイメージしか無かったのだが、
昨今の「大」住宅地造成ブームに便乗し、最新鋭の近代施設を持った、
田舎ではあっても「ハイセンス」な学園に生まれ変わったのだ。
そして私立らしく、公立学校とは違うセールスポイントを全面的に打ち出し、
多くの学生を呼び込む事に成功した学園である。
【文武両道】
【頭でっかち、筋肉バカはいりません】
【学園生は必ず部活に所属する事】
明治初期の頃は単なるさびれた私塾だったのだが、現会長である緋後松蔵のスローガンの元、
拡大は留まる事を知らず、今では地元の子供達のみが進学する私学の殻を完全に破り、
全国から生徒が集まるまでに至っている。
昭和の時代から平成にかけて、あっという間に全国的にも優秀な「進学校」「スポーツ振興校」に登り詰めたのだ。
そして最早、長野市北部の新興住宅地は、私立青嵐学園の学園都市と言っても過言では無い程に、
青嵐学園を中心とした賑やかな経済・生活圏が成り立っていた。
私立青嵐学園を起点として、東西南北を縦断する片側二車線の大通り。
その南北通りのちょっと北側、様々な店が並ぶ道沿いに「FEテキサス」と言う名前のレストランがある。
FEと言うのはもちろん、ファー・イースト「極東」を意味しており、店主が【極東のテキサス】を看板にしているのは、
それなりのクオリティを自負している表れかも知れない。
そんな、ログハウス造りの「極東テキサス」のテラスに、朝食代わりのチキンブリトーを、
ホットコーヒーで流し込む徹平の姿があった。
春と言っても四月の中旬を過ぎないと桜さえ咲かない長野。
未だに寒さは人の肌に突き刺さり、客は暖を取る為に店内のカウンターやボックスに陣取っているのだが、
徹平だけがテラスのテーブルにこじんまりと居座り、通り過ぎるサラリーマンや青嵐学園の学生達を尻目に、
黙々と「朝からヘビー」な料理をやっつけている。
すると
(うむ、このハッシュポテトと言う物もなかなかに美味だな)
徹平の足元、歩道際で徹平のおこぼれを、美味そうにほうばる柴犬がいた。
徹平「あんまり食べ過ぎるなよ、栄養過多で仏になるぞ」
(ぬかせ小僧、こちとら大化の改新から土地神護っとんじゃ。今さら栄養が云々なんぞ、片腹痛いわ)
徹平「昨日は元寇の頃からって、言ってなかったか?」
(…いちいち小うるさいガキめ、だから人間は好かん)
そう。
何故徹平は一人で、この寒空の下で朝食を取っていたのかと言うと、
昨日、神社の広場で徹平が【下着泥棒】の濡れ衣を着せられた事件の、
その事件の張本人である柴犬に、徹平の朝食を分け与えていたのだ。
徹平「人間嫌いのクセに、女の下着は大好きなんだな(笑)」
(もうその話はよかろう!悪かったと言っておる)
徹平「ま、時の概念を忘れた者には、戯れの一つも必要か(笑)
ほどほどにしとけよ、スケベ爺さん」
(うん、ほどほどにしとく。だからハッシュポテトもう一個くれ)
尻尾を振りながら徹平の足元に「お手」を繰り返す柴犬。
徹平「もう全部食っちゃたよ」
(うわあああん!お前はひどいやつだ!面白い情報を手に入れたが、誰がお前なんかにしゃべるか!)
徹平「何だよそのフラグ(笑)」
(興味あるだろ?興味あるだろ?)
徹平「無えよ、そろそろ時間だから俺行くわ」
(つまらん…。ホントつまらんヤツじゃのう…)
まるで漫才の様な会話を重ねる徹平と柴犬。
その二人の間に、いきなり割って入るかの様に、店内からエプロン姿の少女が勢い良く出て来る。
少女「大変お待たせしました♪当店自慢の特製テキサスレンジャー弁当です。
冷めてもレンジ不要!美味しく食べれますよ」
そう言いながら、茶色の紙包みを徹平に渡す。
徹平「ありがとう」
特製テキサスレンジャー弁当を受け取る徹平。
よく見るとエプロン姿の少女は、そのエプロンの下に制服を来ているではないか。
徹平「君、もしかして青嵐学園の…?」
少女「はい♪家の手伝いが朝晩の日課でして」
どうやらこの少女は極東テキサスの、店主の娘らしい。
少女「あっ!そろそろ急がないとお互い遅刻しますよ!」
そう言いながら少女は徹平にウィンク、慌ててエプロンを脱ぎながら店内に駆けて行った。
店に入って行く少女の背中。しばし見つめる徹平の足元で、柴犬はまた、本領を発揮する。
(あの娘、白と青のストライプだった)
徹平「いい加減殴る」
(この角度なら、見たくなくとも見えるんじゃ!不可抗力と言う言葉を知らんのかお前は)
徹平「はいはい」
徹平がいよいよ席を立ち、茶色の紙包みと鞄を手に歩き出そうとした時、
柴犬が淡々とした口調で喋る。
先ほどまでの漫才の様な、喜怒哀楽に溢れた口調はそこにはなく、今伝えている情報が、いかに重要なのかと言う事を、
柴犬はその抑揚の無い声で表していた。
(得体の知れない陰陽師が一人、この街にいる。目的は全くわからん、そして松蔵も気付いていない)
徹平「そっか…感謝する」
柴犬の話を「ピタリ」と止まって聞いていた徹平、言い終えるとまた、ゆっくり歩き出した。
(我が名は【百楼・びゃくろう】、いにしえより北の土地神を護る狛犬じゃ)
徹平「あらためて、俺は高槻徹平。四国土佐【いざなぎ】の流れを持つ、
裏緋後の退魔師だ」
徹平は冗談やおどけた仕草を一切排除し、鋭い眼光で百楼とあいさつを交わす。
そして、テラスから歩道に出て、学園に向かおうとした時、
極東テキサスの店の扉が開き、先ほどの少女が元気に飛び出して来る。
少女「いってきま~す♪」
店内にいる店主や手伝う母に向かって大きな声で挨拶し、徹平の横を横切って元気に駆けて行く。
どんどん小さくなるその後ろ姿を徹平は眺めながら
徹平「白と青のストライプ…か…」
と、小さな声で呟いた。
ふと、店内からの視線に気付く徹平。
その視線の先を確かめる様に、店内を覗き返す。
すると、店の厨房の中から徹平を見詰める人物が一人、確かにいる。
少女の父…店長が、徹平に向かってピースサインをしているのだ。
(これからも極東テキサスをよろしくね♪)と言うサインなのかな?と、会釈して返す徹平。
実は、店主のそのピースサインには別の意味が込められていた。
フォークシンガーの様な、肩にかかるかかからないかの丸みを帯びた長髪。
そして揉み上げからアゴに繋がる立派なアゴヒゲ。
更に上唇を隠すか隠さないかのラインでまとめられた見事なヒゲ。
どこぞの往年のアクションスターを彷彿させるその店主は、
徹平を凝視しながらピースサインで次の事を伝えようとしていた。
(娘に手を出したら2秒で殺す)