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◇いざなぎの姫◇  作者: 振木岳人
高槻徹平編
5/113

後の先VSそれを知って尚、凌駕し駆逐する先





少女「お婆様?」




神棚の下に鎮座する老婆と少女。


少女が老婆に何かしら見解を伺おうとしているのか、

視線は徹平に固定したまま、老婆に話し掛ける。




老婆「慌てるでない」




少女の質問を遮る老婆。


しかし、老婆は煩わしくて少女の質問を遮った訳では無い。

一瞬でも徹平の動きを逃さぬ様に、今は少女に構っていられないと言う事。

それほどに老婆の視線は徹平に固定されている。

ただ、不思議な事に、口元に笑みを浮かべ、

徹平に対して旧友との再会を懐かしむ様な、穏やかな表情を見せている。




川崎「てっ!…ってて…。アクシデントだアクシデント!おらおら、再開だオラッ!」




とりあえず…何故空中で回転したのかイマイチ理解出来てはいないが、体力が有り余る川崎はやる気満々で起き上がる。


一方の徹平。


川崎に技を一つ出した途端、麗香と麗香の背後にいる老婆と少女に、

まるで自分の素性を分析されているかの様な、「探り」を入れられている感覚に嫌悪感を表す。




徹平(しくじったな。見透かされたか…)




徹平の予想以上に【こざかしい】麗香達の眼力。

あまり手の内を晒したくないのか、徹平は「とっとと」川崎との決着を図る事を決心する。


拳を構え、鼻息は荒くも、今度は用心しながら摺り足で徹平に近付く川崎。




徹平(左足でリズムを取っている、右上段蹴り狙いか…。)




徹平は逆に「さぁどうぞ」とでも言いたげに、川崎の誘いに乗りながらワザと川崎の間合いに入って行く。




老婆「ふふっ、面倒臭くなったのかのう?

それとも…、あまり人にジロジロ見られるのは好きではないと」




少女「お婆様…?」




老婆の独り言が気になった少女、老婆に何を意図しての言葉なのかを、問いただそうとしたその時




川崎「ちえいっ!!」




まんまと、自分の間合いに入って来た徹平に対し、川崎は右足を宙に舞わせ、渾身の右上段回し蹴りを叩き込む。




ところが…




麗香「何っ!!!」


空手部部員達「えっ!」「何だぁ!?」


老婆「むう!」


少女「これはっ!?」




道場内にどよめく声。


徹平に対して放った、川崎の右上段回し蹴り。

その回し蹴りに対して徹平が取った行動に、

この場にいた全ての観戦者が、度肝を抜かれたのだ。




麗香「勢いの力技…?いや、あれは計算されて…いる?」




麗香や観戦者達が混乱するのも無理は無い。


徹平は見る者の視点により、力技とも匠の技とも言える様な、圧倒的なパワー且つ、

その場の誰もが見とれてしまう美しい技をもって、川崎を【瞬殺】したのだ。


右上段回し蹴りが来る事を知りつつも、早く終わらせる為にわざわざ川崎の間合いに入る徹平。

そして徹平の「お膳立て」に気付かずに、徹平の予想通りに右上段回し蹴りを繰り出した川崎。


徹平はその川崎の蹴りに対し猛然とダッシュしながら頭を下げ、そして背中を丸め、

紙一重の状態で徹平の頭上で「スカ」らせる。

徹平の身体は川崎の右側へ流れる様に回避、完全に蹴りをかわした状態となる。


しかし、徹平の【右手】だけは回し蹴りを回避せず、そのまま川崎に向かって行ったのだ。


そして、徹平は右腕の「二の腕」あたりから、肩口にかけての部分を川崎の蹴りの軌道上に持ち上げ、もっと深く川崎の懐に潜り込む。

すると、川崎の右足の太もも部分が徹平の右肩に当たり、完全に蹴りを止めてしまう。


すごいのはここからだ。


徹平は思い切り右肩で川崎の右足を持ち上げつつ、右手を伸ばし「ガシッ!」っと…

思い切り手の平で川崎の顔を掴む。

右足を持ち上げられバランスを崩す川崎に対し、すかさず徹平は右手はそのままに、川崎の背後に身体を入れる。


そして、右手に渾身の力を込めて川崎を押し倒しながら、徹平自身の右足を持ち上げ、

徹平の右膝を川崎の背中の腰の当たりに据える。


川崎が棒倒しの様に「素直に」後ろに倒れない様に、徹平の右膝を支点として、頭から思い切り床に落ちる様に、

てこの原理を利用し、川崎の身体を天地逆転させたのだ。


そしてそのまま、川崎に覆い被さる様に、徹平は全体重を川崎に乗せる…。


全く受け身の取れない川崎が、【ぎゅう】と言う声にならない声を絞り出しながら、

バチィィン!!と、派手な音を立てながら、床に、垂直に叩き付けられたのだ。




老婆「ほうほう…若いのに、あそこまでやるとはのう♪」




麗香(構えからすれば猫足立ちの沖縄空手だが、元より空手に投げなど無いし、

あれは投げと言うより合気道…しかし、合気道にしては荒々し過ぎる。

それにあの背負い投げの様な足さばき…柔術より強引ではない。かと言って、柔道ほど繊細でも無い。

判らぬ…判らぬが面白い、面白い男だ。)



ザワザワ…


「おい、見ろよ」「部長が微笑んでる」

「初めて見た」「絶対零度の女王が笑った…?」


ざわめく空手部員達。




少女「お婆様…」




老婆「なんじゃい?静音」




老婆から「静音しずね」と呼ばれた少女。


胴着姿で袴を履き、歳の頃は麗香と同じくらいのこの少女。

何を思ったか、不思議そうな表情で、自分の右手を開いたり拳を握ったりしながら、老婆に教えを乞う。




静音「お婆様、あのお方。先ほどの立合いから、随所随所で何か…、

その、拳を握ったり人差し指と中指を立てたりしてるんです。」




老婆「ほうほう」




老婆の視線は徹平に固定されたまま。

微笑見ながら静音の質問に相づちをうっている。




静音「あの時折見せる指の型は目潰しを狙ってる…?

見慣れない構えのあの方はもしや古武術、

それも暗殺術を習得されている方でしょうか?」




老婆は一度、静音に振り返り「ニコリ」と笑う、そして再び徹平に視線を向けつつ、静音に答える。




老婆「いやいや(笑)あの子のあれはな…」




静音「あの子のあれ…は?」




老婆「武芸や武術と言った類いのものでは無い。

あれは、生き残る為のすべ、いわば弱者の拳と言った方が良いかな?」




ふぇふぇふぇ、と笑う老婆に対し、イマイチ納得のいかない静音は、

老婆の言葉を反芻する事で、老婆から更なる言質を引き出そうとする。




静音「生き残る為のすべですか?あれほどに強いのに…弱者の拳とは?」




老婆「おお?静音はあの子が気に入ったのかい?」




静音「!!!!」




意表を突いた老婆の一言に驚き、顔を真っ赤にしながら抗議する静音。




静音「おっ!お婆様!私は決してそんな目で見ていた訳ではっ…!」





そのやりとりを振り返りながら見詰める麗香。




麗香(あっちはあっちで、面白そうだな)




徹平「起きろ」




床に後頭部を叩きつけられた川崎、

脳震盪を起こし大の字になって床にのびていたのだが…




徹平「早く起きろ、だらしなさ過ぎて笑い者になるぜ」




冷たい床を背中に感じ、視界に広がるのは道場の古びた天井。

視線を下側…足元に移せば、高々と徹平が立ちつくし、川崎自身を見下ろしている。




川崎「くっ…」




自分が完敗した事を悟った川崎。

大口を叩き徹平に挑発の限りをつくして来た川崎は、無言のまま顔を真っ赤に染めて、

屈辱にまみれたこの状況を呪いながら、ゆっくりと立ち上がる。

そして、舞台の中央から、逃げる様に隅へと消えた。




老婆「静音よ」




静音「はい、お婆様」




老婆「人は弱い…だから強さを求めて止まん。

そして強さを求める己を磨く為に、武術、武芸、武道がある」




静音「はい」




老婆「じゃがな、人が強さをいくら求めても、超えられない壁がある」




静音「壁…ですか?」




老婆「人が自らの強さを誇れるのは、あくまでも人の世界だけの話。

【あやかし】にいくら自らの強さを誇っても、そんなものは通用せん」




静音「お婆様、今【あやかし】とおっしゃりましたか?」




静音の問いかけなどお構い無しに、老婆の言葉はどんどん続く。




老婆「人は弱い。【本当の】この世界では人の強さなんぞ、なんも通用せん。

それを判った上で…弱い人間が闘い抜く為の術を持ったのが、あの子の一族。」




老婆はここで、先ほど静音が質問していた内容に対して、全く答えていない事。

そして脱線して、どんどんと自分だけが話倒してしまっていた事に気付く。

静音に向き直り、笑顔の老婆はしっかりと静音の質問に答えた。




老婆「あの子のあの指の動きに気付いたのは、なかなかにお前さんにも見所はある。

じゃがの、ありゃ目潰しじゃない」




静音「暗殺術ではないと…?」




老婆「ふふふっ、あれは【印】を結ぼうとしてるクセが出てるんじゃよ。

あの子は陰陽師…松蔵さん家の、影の一族じゃよ」




静音「松蔵さんって…!緋後家にご縁のある方なんですか!?」




老婆「うむ、陰陽道と類いまれなる商才で、古き時代から財を成してきた緋後一族。

その緋後一族を後ろから…影から支えたのが、【裏緋後】と呼ばれたあの子の一族さ」




静音「裏緋後…つまりは、あの方は陰陽師」




老婆「退魔師じゃよ。

高槻一族は、いざなぎ流陰陽道を極め表の仕事に邁進する緋後一族に従いつつ、

退魔のみに力を注ぎ、緋後の裏仕事を一手に引き受けた血まみれの一族」




静音「血まみれの一族、高槻一族…!

お婆様、感服しました。あの方のあの振る舞いだけで、そこまで読めてしまうとは」




老婆「いや、読めたんじゃないわい」




静音「へっ…?」




老婆は徹平に視線を定めつつも、徹平の姿を透過するかのごとく、徹平に重なる【遥か彼方の記憶】…。

高槻一族の思い出に浸り、ここぞとばかりに頬を赤く染めている。




老婆「高槻久兵衛…あの子が高槻の子なら、久兵衛様の孫と言う事よ」




ポッ…




静音「あああ…何となく、お婆様が何となく理解出来ました」




老婆が抱く、遥か昔の恋愛の記憶。その記憶の毒気あてられた静音。

静音自身がまだ恋愛に対してウブなのか、顔を赤くし目を白黒させながら、

(そりゃまあ、判るでしょうとも)と、心臓の鼓動を本人の意思とは無関係に早めながら呟いた。




その時だ




麗香「面白い、面白いぞ!」




徹平「!?」




指をポキポキと鳴らしながら、徹平に歩み寄る麗香。


冷たい氷の眼差しで徹平を射抜く様に見詰めつつ、口元にはうっすら笑みをたたえている。


空手部員達が「絶対零度の女王が笑った」と驚いていた様に、徹平にはこの鳳麗香…クールビューティーの身体から、

燃え上がる様な闘気を感じている。




徹平(しくじった…、その気にさせちまったか)




麗香「名前を、聞いておくか」




麗香はそう言いながら、一度両手で自身の黒帯を「ギュッ!」っと絞め直す。




徹平「高槻徹平だ」




麗香「鳳麗香」




真剣に名乗った徹平に礼を返す為、麗香は落ち着いた透き通る声で、自らの名を名乗った。




麗香「構えろ高槻、お前の隠している力…、確かめさせて貰うぞ」




麗香はゆっくりとファイティングポーズをとる。

はぁ…、軽く、小さく、ため息をつく徹平。


元々、「46人組手でも良いぞ」と、麗香や空手部員達を挑発して楽しんでいた割には、あまり気乗りしない様子。

まさか相手の力量を見極める事の出来る「眼力」、眼力のある者達が、この場にいようとは思っていなかったのかも知れない。


遊びの積もりが、自分の秘密をさらけ出してしまった失態。

徹平はその時、自らを恥じていたのかも知れない。


しかし、もう後には引けない。目の前には、徹平の並々ならぬ武芸の力量を

「面白い」と言って挑戦して来た空手部部長、

鳳麗香が既に構えながら、身も凍る様な殺気を放っている。




徹平「ふむ」




麗香の構え…、麗香のやる気に答える様に、徹平はゆっくりと腰を下ろし、

麗香を真正面に据え、「闘う男」の顔になる。




徹平「審判、始めの合図を」




視線は麗香に固定したまま。麗香も視線は徹平に固定したまま。

既に瞳と瞳が一直線に結ばれ、まばたき一つが敗北の要因になりそうな程に、

視殺の応酬と、ファーストコンタクトの読み合いが行われている。


張り詰めた空気は最高潮、その場にいる者達全てが呼吸すら忘れ、

徹平と麗香の全面衝突、その初弾全てに注目が注がれている。


そして、「はじめっ!!」審判役を努める副部長のかん高い声が、静まり返った道場に轟く。




徹平(なるほど、右…上段回し蹴りで来るか。部員思いの良い先輩だな)




麗香(なるほど、「後の先」が基本スタンスか。

ならばそれを知って尚、凌駕し駆逐する先を見せよう)




じりっ…


じわじわと間合いを詰める両者。


お互い、肩を微妙に揺らし、膝を揺らし、フェイントの応酬に明け暮れるも




徹平(右回し蹴り…狙ってるな)




麗香(悟られているな…だが、それがいい)




空気が凍り付き、周囲のギャラリーが永遠とも感じてしまった、この、たかだか数十秒程の膠着に、

意外なきっかけが元でいよいよ結論が出る。





女子部員「…へくちっ!!!」





麗香「!!」


徹平「!!」





女子部員が突然くしゃみをした。


予想外…


全神経を尖らせていた徹平と麗香。

相手の呼吸の強弱のタイミングすら計ろうとしていた両者にくしゃみは、

強引に背中を押す結果となる。


くしゃみが巨大な電気信号となり、徹平と麗香の細胞の一つ一つを走り抜けたのだ。


それは条件反射となり、停滞していた空気をビリビリに破き捨てるが如く、

徹平と麗香の筋肉は、

電光石火の神業でイメージしていた局面を、現実世界に吐き出させる。




麗香(何が何でも右上段回し蹴り。これだ、これで決める)




刹那の瞬間…


緩やかに麗香の腰が捻れ始め、引き絞られた弓から、矢が解き放たれる様に、

右足が必殺の軌道を描き、徹平の左顔面に向かって行く。




徹平(来た、やはりそれで来たな)




麗香(身体が軽い。右足がまるで刀の刃の様に軽やかで残酷に研ぎ澄まされていく…

素晴らしい、素晴らしいぞ高槻徹平。まるで…まるで、貴様だからこそ出せた、私の限界以上の力)




蹴りは恐ろしい速さで徹平に向かう。川崎の様な生ぬるい蹴りでは無い。

全日本女子空手チャンピオンである麗香が、今まで体験出来なかった、自分自身の最高峰の蹴りが、

潜在能力を開花させたかの様な蹴りが、今、徹平の眼前に襲いかかる。




麗香(貴様だからこそ出せた蹴り、私の最高の蹴り。

まるで恋人が戯れる先に、未来を予感させる様な、

貴様が、私を受け入れてくれた貴様がいてくれるから、私は…私は…!)





パッキーン!!





道場内に響く、骨と骨の衝突音…




麗香「えっ…!?」




麗香の目に見える光景。

空手部員達、そして老婆や静音の目に見える光景。


それは、



【下着泥棒として連れて来られた徹平が、見た事も無い謎の技を駆使して、

バッタバッタと相手を倒し、周囲を驚愕させる】

そんな漫画の世界にあり得がちな、痛快娯楽青春映画の様な光景では無かった。


麗香が放った右上段回し蹴り。



見事に…



見事に…



徹平の左側頭部、こめかみにヒット。

徹平は白眼を向いて


ズウウウウ…ンと床を振動させながら、床に倒れ込んだのだ。




老婆「ありゃ(笑)」


静音「あれれ!?」


麗香「へ?あれ?あれれ?どうして?何で?」




ヒュウウウウ……




道場に吹き抜ける風は、春を知らせる鋭く冷たい風だけでは無かった。






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