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◇いざなぎの姫◇  作者: 振木岳人
高槻徹平編
4/113

クールビューティー、絶対零度の女王様




鳳麗香おおとり・れいか


「青嵐学園の四天王」と、チャラ男が呼んでいた彼女が、空手部員を押し分け、徹平の目前に現れる。


質量充分の健康的でツヤツヤに輝くストレートのロングヘアー。

細面の顔に愛嬌など一切存在しない冷ややかかつ、美麗な顔立ち。

そして切れ長の目の奥…漆黒の瞳から徹平に向けて放たれる冷徹な眼差し。


麗香は徹平の前で仁王立ち。


周囲は麗香が徹平に対してどんな対応を取るのか、固唾を飲んで見守っている。


対して、徹平の方はと言うと、チャラ男に「ひざまづけ」と言われながら暴行を受け、

仕方なくあぐらをかいて道場の冷たい床に座ってはいるが、


見下ろして来る麗香の視線に負けず劣らず、無表情を装いながらも麗香に対し、

非常に挑戦的な視線を送っている。


圧倒的に不利な環境にありながらも、【俺は生き残る】とでも言いたげな、

不遜で憎らしい程に生き生きとした眼力で、麗香を見上げているのだ。


麗香と徹平が「沈黙」の内に、火傷しそうな程に苛烈な視線の応酬をする事、数十秒…。


やっと、やっと、絶対零度、極寒の女王の口が開いた。




麗香「ふむ、貴様が下着泥棒か。

合宿が始まって二週間…その間、よくも騒がせてくれたな。」




徹平は麗香の言葉に反応せず、じっと成り行きを見守る。

それと同時に、道場の奥…、神棚が据えてある「上座」に、

座してこちらを伺う袴姿の老婆と少女にも注意を払っている。


すると、




麗香「これほどの者が犯罪者とは、惜しいな…」




その麗香の言葉の真意に気付いたのか、徹平はこの場で初めてまともに口を開く。

それも、不遜な笑みを浮かべた生意気な言葉で。




徹平「えらく判りきった風な事を言う人だ(笑)

しかし、何が見えて、何が見えないのか…甚だ残念ではある」




まぁ、要約すると、【何か偉そうな事言ってるけど、何にも判ってないじゃねえか】と、

半分麗香を馬鹿にしたのである。




麗香「ほう、良くも言ったな。」




と、麗香は徹平の動じない態度に感心しながら、警察に通報したのかどうか、部員達に確認を取る。


すると、麗香の背後にいた男子が「部長の判断を仰ぐ為に、まだ通報はしていません」と、答えた。




麗香「と、言う事だ、下着泥棒よ。未だに警察には通報してないそうだ」




麗香は淡々とそう言ってはいるのだが、自分の左右の指をおもむろに組み合わせ、「ポキポキ」と関節を鳴らし始める。

どうやら、下着泥棒のクセに不遜な態度を取り続ける、この【徹平】の、別の料理方を思い付いた様だ。



麗香「貴様、武の心得はあるな、だからこそ先ほどは惜しいと言ったのだが…。

警察に通報しない代わりに、どうだ?手合わせするか?」




不敵な笑みを浮かべるこの麗香の言葉に、部員は騒然とする。

「警察に任せるべきでは?」

「こんな変態、フクロにしちゃいましょう」

「麗香様!ボコボコにしてくださいっ!」

何十種類もの雑多な声が、麗香と徹平に投げ掛けられる。


クールビューティー、絶対零度の女王様と呼ばれる麗香。

その麗香の挑発を受けた徹平はおもむろに、ゆっくりと静かに立ち上がる。


「?」


徹平の無言の動作、その一挙手一投足を無言で見詰める、空手部員達。




徹平「ふむ…」




大きく背伸びし、鳳麗香と真正面で対峙する。




徹平「部員は、何名いる?」




徹平の質問の意図を掴めず、怪訝な表情をする麗香に対し、再度全く同じ質問を繰り返す。




徹平「部員は何名いるのかと聞いている」




麗香「…男女併せて46名だ」




その言葉を聞いて、徹平の瞳が輝き、口元にイタズラ小僧の様な笑みが浮かび始める。




徹平「いきなり大将と手合わせして勝っちゃったら、あんたの面子が丸つぶれだろ。

ここは…46人組手で俺が全部相手するってのでどうだ?」




部員達「!?」




麗香「貴様ぁ…、何を呆けた事を言っている!?」




徹平「それと、警察にはしっかりと通報する。

警察がやって来る前に、お前らが俺を私刑リンチで屈伏させるか、

あるいは俺の一人勝ちになるか、やってみないか?(笑)」




麗香「貴様…自分が言ってる事の意味が…、判って言っているんだろうな」





完全に徹平に馬鹿にされた麗香。


屈辱を内に秘めながらも、烈火の如く頬を染め、あからさまで露骨な殺意を徹平に向け始めた。


対峙する徹平と麗香、涼しげな表情の徹平とは対照的に、徹平から侮辱された麗香は、

髪の毛が逆立つ勢いで、顔を真っ赤に染めて怒っている。


ただ、徹平が挑発してきた「部員全員と組手しても良い」と言う内容。

麗香は空手部部長として、いささか躊躇していたのも確か。




麗香(…空手部員全てが一線級の手練れではない。

初心者に毛の生えた程度の女性も何人かいる。)




(ここは私が…)




麗香が、そう覚悟を決めた時、

徹平の脇で静かにしていたチャラ男が空気を読まず、

いきなり徹平と麗香の間に割って出て来た。





チャラ男「鳳部長!俺に、俺にやらせてください!」





散々徹平に暴行を働いて来たチャラ男。


徹平は調子良く現れたこのチャラ男に目も向けず、

ひたすら麗香とその奥に鎮座する、袴姿の老婆と少女に注視している。




麗香「川崎…貴様いきなりどうした?」




麗香から川崎と呼ばれたチャラ男は、必死に徹平との対戦を、麗香にアピールし始める。




川崎「女性の敵!女性の敵じゃないっすかコイツ!

二週間も犯人見つけられなかった俺達も、不甲斐ないって反省してますけど、

さっきから全く反省の色すら見せねえコイツを見てると、もうガチで爆発寸前なんすよ!」





川崎の直訴に耳を貸す麗香。

なるほどもっともな事は言っているが





麗香「川崎、奴は得体が知れぬぞ。それでもやるのか?」




川崎「部長の手を煩わせる訳にはいかないっす」




パンパンッ!


右手の拳を左手の平手に叩きつけ、川崎ことチャラ男はやる気満々。

徹平を捕まえてから今の今まで、何回も殴る蹴るを繰り返して来たチャラ男は、

チャラ男なりに、徹平に対し「勝てる」と言う絶対的な確信があったのも確か。


【頭に来て反撃するどころか、目もまともに合わせない。

コイツはヘタレ、脅せばビビる単なるチキン野郎だ】


それが、川崎ことチャラ男の、精一杯の分析内容だった。


強い存在には媚びる、刃向かわない。

弱い存在、刃向かわない立場の者には、徹底的に高圧的で暴力的な態度を取る。

それがこのチャラ男の基本スタンスなのだろうが、徹平に対しての評価が、完全な間違いだったと気付くまで、残り時間は後わずか。




川崎「おい、変態野郎!だらだらしてねえでさっさと用意しろ!」




川崎ことチャラ男がドカドカと足音で催促しながら、鼻息荒く徹平に近付きグローブを渡す。

徹平はそんな川崎からグローブを受け取るも、川崎を一切無視して、麗香に訪ねる。




徹平「どうする?46人組手…やるかい?

それともコイツ1人で終了にするのか?」




麗香「貴様…身の程知らずの愚か者め」




徹平「まあ、いずれにしても警察には通報しろ」




麗香「?」




徹平「空手部が犯罪者を私刑リンチしたって…噂になって良いのか?

お前の正義はリンチをする事なのか?」




麗香「下着泥棒が…言うに事欠いて正義を語るだと…?」




何故、何故…、犯罪者とそれを捕まえた人々の、精神的立場が逆転しているのか。


本来なら、常識的展開ならば、涙を流し、鼻水を垂らし、土下座しながら許しを乞うのは徹平である。

その徹平を指差しながら、非難ごうごうの言葉をぶつけるのが空手部員達である。


それが、何故だろう…今のこの環境。


麗香は徹平の、のらりくらりとした冷ややかな態度に烈火の如く怒りながらも、

違和感が胃の中でうごめくこの不思議な感覚に戸惑っている。


しかし、犯罪者を警察に通報するのは至極当たり前の市民の勤めであり、

リンチ事件を起こしたなどと噂になれば、部の存続にも影響する。


麗香は横を向き、部員達に指示を出す。




麗香「警察に通報しなさい」




麗香の指示に従い、別室に置いてある私物、携帯電話を取りに行く部員達数名。


その光景を見ながら、徹平は穏やかな顔付きでチャラ男から渡された、格闘技用グローブをはめた。




チャラ男「ヒヒッ!やっとやる気になったな!おいっ!フェイスガード貸してやれ」




チャラ男が部員に対し、徹平にフェイスガード(顔面を保護する防具)を渡してやれと指示を出す。


しかし徹平は苦笑しながら「いらねえよ」と言いつつ、

腰を少しだけ沈め、右足を軸に、左足を少しだけ前に。

身体はやや斜め…チャラ男に向かって左側を向ける。


両手を少しだけヘソの上に持ち上げて、流派は何なのか全くの不明だが、

ごく【自然な】流れる様な穏やかな動きで、ファイティングポーズをとった。




静まりかえる道場。


畳ではなく、様々な武道や運動に対応した、床張りの多目的道場は、

未だに初春の冷たく鋭い空気にさらされ、足の裏の血流が止まり、麻痺した感覚にも襲われる程の冷たさだ。


道場の中心には対峙する二人の男


それを遠くから取り囲む様に、道場のふちに正座しながらずらりと並ぶ空手部員達。


上座の正面には、やはり「凛」とした空気を漂わせながら、正座して二人を見詰める空手部部長の鳳麗香。


さらにさらに、上座に居る麗香の背後、神棚の下で傍観者よろしく、ずっとこの成り行きを見詰めるのは、

白道着に紺色の袴姿の老婆と少女。


何故か、南側の全て開け放ったふすまの外。庭に生える年代物の松の木の後ろから、

「申し訳なさそうな」表情をした、柴犬が道場の中を見守っている。


柴犬すまぬ…すまぬ…


道場の中央、両手の拳を自分のアゴの辺りまで上げ、ギラギラと瞳を輝かせる川崎。


自分よりも弱い存在を、どうやって痛めつけ、どうやってイジメ抜こうかと、

その表情からにじみ出す残酷な笑みを、隠そうともしていない。


そんな獰猛な【獣】と対峙する一方の徹平は、あくまでも涼しげな表情で受け流す。

肩の力も抜けたまま、ファイティングポーズにも力みが一切見られない。


審判役をかって出た副部長が、頃合いを見計らって「はじめっ!」と、

両者の間に、道場に響き渡る大きな声を出した。




川崎「ヒヒヒッ!今さら泣き声言っても遅え!その生意気な態度…後悔させてやる!」




徹平「やれやれ…(笑)」





余裕綽々の徹平の姿を見つつ、麗香は何かしらの違和感に襲われる。




麗香(下着泥棒だと責められても、誰かを庇うかの様に、否定も肯定もしない。

組手を拒む訳でもなく、更に警察を呼べと言う。)




麗香はほんのちょっと振り返り、背後の老婆と少女に視線を移す。




麗香やはり…




麗香の思った通り、老婆も少女も、あの徹平に対して、

これ以上無い程に【好奇心】の眼差しを向けている。




麗香(なるほど、我らは彼を試し、彼も我らを試している。

互いにこの状況を楽しんでいると言う事か。

ならば、存分に見させてもらうか)




川崎「何かその余裕、気に入らねえ。空手か何かやってんのか?何やってんだよ」




徹平「武道なんかやってないよ」




川崎「この野郎…テメェのそのすました態度がとことん気に入らねえんだよ!

殺るよ、殺っちまうよ」




徹平「もうそう言うのいいから、早く来いよ(笑)」




ブチンッ!


徹平の挑発を受けた瞬間、その場にいる全ての者達が、川崎の血液が瞬間的に沸騰し、

脳みその血管が破裂したかの様な感覚に襲われる。


顔面は白黒赤青にめまぐるしく変わり、怒りに身を震わせた川崎は、猛然と徹平にダッシュ。


しかし、次の瞬間、川崎はひどく混乱してしまう。


川崎「!?」


コテン


川崎「ん?…あれ?」




何故か、川崎は床に大の字に寝転び天井を見詰めている。





麗香(なっ…!)





当の本人である川崎は呆気に取られたまま、全くこの状況を理解していないのだが、

それ以外の、麗香を含む空手部員達、そして神棚の下で見詰める老婆と少女は、

襲いかかる川崎に対して、徹平がとったこの電撃的な迎撃に、度肝を抜かれていた。




麗香(足払いで…ただ一発の足払いで、川崎を回転させただと!?)




麗香は振り返る。


神棚の下に鎮座する老婆と少女が、しっかりと【この光景】を目に

焼き付けているのかどうか確認したのだ。




老婆「…」




老婆と少女の瞳は、麗香の予想通り爛々と瞳を輝いており、

徹平が今何をしたのかはっきりと目に焼き付けたようだ。




麗香(合気道…いや違う!あんな合気がある訳が無い!)




少女「お婆様、あれは…?」





徹平の技を垣間見た周囲の人々。

彼らが驚愕するのも無理も無い。


頭に血が昇り、勢い良く飛び込んで行った川崎。

その川崎に徹平は逃げる事無く、逆に川崎の右側に回り込みながら、


ダッシュしてきた川崎の右足…


その右足が地面に着くよりも早く、

思い切り川崎の右の太ももを後方に向かって、

徹平はつま先を伸ばした前蹴りで「トン」と蹴り上げたのだ。


地面を目指し半分以上の体重が乗った川崎の右足、

【地面を蹴り上げようとする】川崎のその足を徹平が払った瞬間。


川崎の右足は思い切り地面を「スカ」り、

腰を中心に綺麗な弧を描き、さながら空中前転よろしく背中から床に激突したのだ。







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