変態の下着泥棒、犯人は高槻徹平?
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神社の広場から東側、ベンチから立ち上がり、振り向いた徹平の右側。
住宅地から石階段を昇る際に、看板が設置してあった事を徹平は思い出す。
「永田流薙刀道場」
林の中に見え隠れする道場らしき建物から、複数の男女が血相を変えて、
徹平達の方向に猛然駆けて来るではないか。
徹平「…?」
全く状況の掴めない徹平。
当たり前の話だが、昼前に長野市に到着し、一つ「仕事」を終わらせ、
遅い昼食をたまたまこの場所で取っていただけの徹平。
何故、自分の方向に向かって、複数の男女が血相を変えて走って来るのか、
皆目見当がつかない。
もし…もしこの場に心当たりがある人物がいるとすれば…
「はた」と気付いた徹平は、視線を柴犬に向ける。
すると、
(おっと!こりゃまずい。高槻徹平、また会おうぞ)
そう言って、くわえていた布切れをベンチに置いたまま、一目散に駆け出し、走り去ってしまった。
徹平「あらら(笑)」
まるで人事の様なリアクションの徹平。
確かに人事…犬事なのだからしょうがない。
しかし、道場から出て来た男女は、徹平の元に辿り着き、徹平を「ぐるり」と囲んだ。
その数8名
ほとんどが徹平と似た年頃の男女で、男性は空手の道着、女性も空手の道着を着ている。
男性「君に尋ねたい事がある」
徹平「?」
徹平を取り囲む男女達の表情は、怒りにうち震えており、
冗談が通じそうな状況では無いと、徹平はあえて多くを語らず、
相手の出方を見極める事に専念する。
すると、
男性「君に聞きたい事があると言っている!」
圧力を感じる怒鳴り声で、道場から来た男性はまくし立てる。
男性「この神社に隣接する薙刀道場で、二週間前から我々青嵐学園の空手部が合宿している!
我々の合宿が始まって早々に…!」
男性が喧嘩腰で徹平にまくし立てていた時だ。
徹平の横にたたずんでいた女性がいきなり、ベンチの上に置いてある、
柴犬が残していった布切れを、指差しながらいきなり叫んだ。
女性「ギャーッ!!あった、ここにあった!こいつ…変態の下着泥棒よ!!」
徹平「えっ!?」
あれよあれよと完全に取り囲まれた徹平。
徹平(あんの…エロ犬…)
憮然とした表情で、姿を消した柴犬を苦々しく思いながら、徹平はとぼとぼと道場に向かって歩く。
もちろん、徹平の周囲は鉄壁のガード。血相を変えて、怒り混じりで鼻息の荒い男女が取り囲んでいる。
逃げ出す事は出来ない。
この状況からして逃げ出せば、完全な【下着泥棒】として、大騒ぎになる。
徹平(…めんどくせえ事になっちまったな…)
だらだらと歩く徹平。打開策を…と、考えるのだが妙案さえ浮かんで来ない。
徹平(青嵐学園の空手部…って言ってたな。松蔵じいさんの学園か)
と、徹平がのんびり考えながら歩いている時、そんな時だ。
だらだらと歩く徹平に対していきなり、
ガスッ!!!
徹平「くっ!」
徹平の左の太ももに電撃的に激痛が走る。
瞬間的に左側を振り向く徹平。
膝蹴り…
徹平の左背後で歩いていた空手着の男性。
茶髪で髪の毛を肩まで垂らした俗に言う…【チャラい】男が、
ニヤニヤした顔つきで立っている。
チャラ男「サクサク歩けよクズ野郎、手前ぇのせいでどれだけ迷惑被ってると思ってんだよ」
明らかに周囲にいる男女と違う。
徹平を下着泥棒の犯人と勘違いして、正義感を原動力として動き、
徹平を道場に連れて行き糾弾しようとしている、周囲の男女とは違う空気。
チャラ男「この変態野郎、ただで帰れると思ってんじゃねえだろうな。
殺すよん♪マジ殺すよん」
高圧的な態度、下卑た笑み。
それはまるで、ワナにかかった熊を、どうやって痛めつけ、どうやって屠殺しようかと言う、
安全な立場からその状況を見下ろす、残酷な悦楽の笑み。
徹平「…」
徹平はこのチャラ男と一線を引きながら、安っぽい挑発に乗らない様に沈黙を保ち、
痛みをこらえながら、冷めた目でチャラ男をただ見詰めるだけ。
チャラ男「ん?…何か気に入らねえな。何だぁ?その挑戦的な目は、
もしかしてあれか?…ハハッ!
変態の下着泥棒のクセに、逆ギレで喧嘩売ってんですかぁ?」
いよいよチャラ男の挑発は勢いを増す。
まるでそれは徹平が逆ギレして、それを口実に徹平をボコボコにしたいと言う欲求を、露骨に押し付けているかの様だ。
チャラ男の肉食的な視線を浴びながら、木漏れ日が差し込む石畳を歩く。
神社の広場の東側にある林をぬって歩くとそこには、
木彫りの立派な看板「永田流薙刀道場」が設置された、
大きな門…そして敷地を囲む大きな土壁が見えて来る。
「グズグズしないで歩け!」
「もう警察には通報したんだよね?」
慌ただしくまくし立てる男女に取り囲まれながら、徹平は道場へ向かって歩いて行く。
時おり
ガスッ!!
徹平「ぐっ!」
チャラ男の繰り出す、徹平の脇腹へのパンチ攻撃や、足元への下段蹴り攻撃を受けつつも、
徹平は一切抵抗せずに、沈黙を保つ。
もしかすると、チャラ男は、「いじめっ子」と「いじめられっ子」
そう言う関係を、徹平との間に勝手に構築したのかも知れない。
何故ならば
チャラ男「変態さんよう、警察につき出されるのと、ここで袋叩きでボコられるのと、
クククッ…どっちが良い?どっちも地獄だよなあ…クククッ」
立場の弱い相手…反撃して来ない相手を「安全な場所」上から見下ろし、
その相手の狼狽する様を見て快感を覚えているのだ。
【誰もが敵だと認識している相手なら、暴行をはたらいても誰も咎めないだろう】
実際、チャラ男が徹平に対して暴行をはたらく光景を、他の男女達は目撃しつつも咎めたりはしない。
【この若者(徹平)は下着泥棒=犯罪者=悪】だと完全に認識し、固定観念として脳裏に焼き付けているからなのだ。
永田流薙刀道場
明治初期にこの地で開かれ、その洗練された技を今の近代に脈々と受け継がせる、
地元では有名な道場である。
この道場は女性の護身の為の薙刀術継承を柱としつつも、薙刀術以外にも男女隔て無く武を志す者の為に、
道場などの施設を解放し、今も学生や地域の武芸サークルの発展に寄与している。
地域住民の武道のメッカと表現して過言ではない道場である。
今、道場の門をくぐり、徹平は中庭を通じて道場に「連行」された。
ふすまや納戸を解放し、未だに冷たさの残る春風が差し込む、
広々とした道場の真ん中…。
冷たい床に強引に座らされ、合宿に来ていた空手部の男女約40名ほどに、
徹平は完全に取り囲まれた。
取り囲んだ空手部の男女は沈黙。
まさに変態を見下す様な、冷めた瞳で徹平を視殺している。
すると、
「来た」「みえられた」
空手部員がざわざわと言葉を交わし始める。
部員達の視線は道場の奥、通路からこの道場に入って来た、三人の人物に焦点が合っている。
先頭に立って入って来たのは、空手着を着た若い女性。
腰まで下がるストレートのロングヘアー、漆黒の黒髪が薄暗い道場の中でも上品に映える、気品高く凛々しい女性だ。
その後に続くのは老婆。
空手着では無く、白い道着の上着に、紺色の袴を履いているので、
どうやら、この道場の道場主かも知れない。
最後尾も女性。
白い道着に紺色の袴を履いている事から、前をあるく老婆…道場主らしき人物のお付きの者、
あるいは次代を担う道場主の継承者ではないかと予想される。
(大騒ぎになりそうだな…)
この状況の中、完全に囲まれ絶体絶命ピンチであるはずなのに、
他人事の様に【ひんやり】と、この状況を分析する徹平。
しかし、そんな徹平に対してまたしても、
パチーーーンッ!!!!
徹平「ぐっ!」
徹平の背後、ふとももの裏に、焼けた鉄板を打ち付ける様な強烈な痛みが走る。
振り返り見れば、案の定チャラ男の姿。残酷な笑みを浮かべ、強烈な右回し蹴りで徹平を強襲。
そして、ひるんだ徹平の髪の毛をわしづかみにし、
チャラ男「ククッ…ひざまづけよクズ野郎。我ら空手部の主将で全日本チャンピオン。
青嵐学園の四天王、鳳麗香様の登場なんだよ」
徹平「四天王…?」
チャラ男「ひひひっ、絶対零度の女王様…お前なんか瞬殺されるぞ」
チャラ男になど全くと言って良い程、興味など無い。
「犬が尻尾を振りながら吠えてる」程度にしか徹平は感じていない。
確かに神社の広場からここまで、チャラ男から数々の暴行を受けてはいる。
痛い思いはしているのだが、【大した事無い】と徹平は至極簡単に結論を出しており、
我慢でどうにでもなる程度でしかない。
徹平は反撃する為にここに来た訳では無い。
【穏便】に済ませようと思案してはいるのだが、実は今…徹平の中である気持がふつふつと湧いて来ている。
暇つぶしと言う名の「好奇心」が…