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◇いざなぎの姫◇  作者: 振木岳人
高槻徹平編
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高槻徹平




春、新緑の季節。


若く、力強く草花が芽吹き、その命の鼓動が風に乗って人々の嗅覚に心地よい刺激を与える躍動の季節。

360度山に囲まれた盆地…長野市、その長野市の北側。


長野市を北から一望出来る山の中腹、市街地からしばし離れ、

森林に囲まれた中腹をまっすぐ上に昇っていく、石階段のなだらかな傾斜の途中に、一人の少年がいた。


未だに雪の残る山から吹き下ろされる冷たい風。

その冷たい風に乗った草花の香りが、鼻腔を心地よく刺激する冬と春の境界線。


少年は風に髪を揺らしながら、石階段をのんびりと上がって行く。



石階段が少年をいざなう先には神社、そして石階段の入口に看板が出ていたのだが、「永田流薙刀道場」がある。

しかし、少年は「それら」にはまるで興味が無いのか、石階段を昇りきり、神社の広場に辿り着くやいなや、

眼下に長野市が一望出来るベンチに腰をかけ、左手に持っていた茶色の紙袋を開き、ごそごそと中身を探り始めた。


少年が紙袋から取り出したのは、カップに入ったコーヒーと肉厚のチキンサンド、そして乱切りポテトフライ。


どうやら、少年は見晴らしの良いこの場所で、遅い昼食を取ろうとしていたのだ。


身長は180cmほど、あどけない少年の顔つきとは似合わない長身だが、

緩やかなくせ毛が風になびく横顔を見れば、精悍な若者とも思える程に大人びて見える。


大人にも見えそして少年にも見える。

そんな妖しくも若々しい魅力を放つ少年だった。




すり切れたデニム…

処理を施した「すり切れデニム」ではなく、本当に日々の生活ですり切れてしまった様な、味のあるボロボロのデニムを履き、

第二次世界大戦で活躍したアメリカ空挺部隊のジャンプコートを羽織る謎の少年。

自分が周囲からどんな風に見られているかなどお構い無しに、ぼんやりと市街地を見下ろしながら、

左手に持ったチキンサンドにかぶり付き、右手のコーヒーでそれを胃に流し込んでいる。


そんな時だ


誰もいない…


少年しかいない神社の広場、少年の座ったベンチの背後から声が聞こえる。




(…おい…)




少年の背後から少年を呼ぶ声。


しかし少年はそれを無視する様に、背もたれにどっかりと背中を預け、

足を組みながら、午後の太陽に照らされた長野の街並みを眺めつつ、

チキンサンドとコーヒーにありついている。




(おい)




(おい!)




少年を背後から呼ぶ声はイライラを増す。




(お~~いっ!そこの小僧!

聞こえてんだろ!)




さすがに無視出来なくなったのか、少年は面倒くさそうに振り向く。

神社の広場、もちろん人影など全く無い。


少年「…ふむ…」


そこに【何か】がある事は分かっているのだが、少年は非常に面倒くさそうにギコチナク、

わざと背後の地面を無視する様にくるりと見回し、


少年「気のせいか」


と、わざとらしい一言を背後に投げつつ、再び遅い昼食にありつき始めたのだ。




(おのれぇぇぇ…!)




声の主は意を決したのか、


テケテケテケッ!


少年の背後から少年の真正面に回り込む軽快な足音。




少年「おっ!?」




少年の目の前に現れたのは柴犬。


ちょっと年老いた毛並みの弱々しい柴犬ではあるが、瞳をキラキラと輝かせ尻尾を元気に振っている。

口に何か…布の様な物をくわえてはいるのだが、少年に対してその柴犬は猛烈に抗議の声を上げる。




(こんのクソガキ!下手に出てりゃ調子に乗りやがって!)





少年「お手っ!」





少年はすかさず右手のコーヒーカップをベンチに置き、人の言葉を喋る柴犬に右手を差し出した。


ワン!


すると柴犬は条件反射からなのか、ハッハッハと鼻息荒く、

尻尾を振りながら少年の右手の手の平にお手をする。




(…………)



少年「……………」




(クソガキめえぇぇ…)




イライラの頂点に達している老いた柴犬、その柴犬の怒りの矛をのらりくらりとかわしながら、

少年は柴犬に初めて能動的に話し掛ける。




少年「良い土地神だな、狛犬のあんた見てりゃ判る。

良くここまでこの土地護って来たな、鎮守の神さんも、じいさん…あんたも」




(生意気な小僧め、やっと喋りおったか。陰陽の気を持っていたから、何か妖しいガキだとは思っていたが)




ほどなくして、少年と柴犬の距離は急速に縮まり、

柴犬は少年の昼飯のおすそ分けを受ける事になる。


春の午後、長野市を北から一望する神社の広場。


少年と柴犬がベンチに座り、少年は景色をぼんやりと眺め、

柴犬は少年が残しておいたフライドポテトにありついている。


ハフッハフッ




(ふむ、このポテトとか言う揚げた芋…、なかなかの美味だな)




ベンチの上に乗り、少年の隣にしゃがむ柴犬。

少年からフライドポテトを貰い上機嫌だ。




少年「あんまり食べ過ぎるなよ、人の食べ物は栄養がありすぎて、

犬の健康にはキツイぞ」




(あほう、こんななりでも元寇の時代からこの地で斬った張ったやっとんじゃ。

今更健康に気を付けてどうする!)




少年「そうかい、好きにすれば良いさ(笑)」




(ああ、好きにする。全部貰うぞ)




少年「どうぞどうぞ」




そう言い捨てながら少年は思い切り背伸びをし、そのまま空を眺める。




(ふむ、イマドキのインチキ陰陽師とは何か毛色が違うな。

小僧、この地へ何しに来た?)




ポテトを食べ終わった柴犬、満足したのかぺタリとベンチに腹を付け、

最初に口にくわえていた布切れを再びくわえながら、瞳を閉じて至福のひととき。


少年は柴犬の質問に対し、のんびりと空を見詰めながら、

残雪深き山々から吹き下ろして来る、冷たくも暖かい風にその身を託しつつ、口元を緩めて返答する。




少年「大した用じゃない…【怪物ジジイ】に用事を頼まれた」




(なるほど)




柴犬は「ククッ」っと笑い出す。


少年の言うところの【怪物ジジイ】が、一体何者で、どんな「人となり」の人物なのか、

古くからこの土地に棲まう柴犬には明白だからだ




(緋後の松蔵から頼まれ事か。それはまたえらい難儀な事よ)




少年「そうだな…難儀だ、大層な難儀だ。」




(しかしな…松蔵から頼まれると言う事は、小僧…。お主もかなりの信頼と腕前を持っていると言う事。

ポテトの恩もあるし、内容によっては加勢してやらんでもないが)




少年「斬った張ったの頼まれ事じゃない、気持ちだけ貰っておくよ(笑)」




(面白くないのう…)




少年「つまらなくて結構、平和で良いじゃないか(笑)」




柴犬が口にした人物の名前、【緋後ひじりの松蔵】

この人物の依頼を少年は受けた…受けている。


これは柴犬に理解出来た。


また、陰陽などの気を放つこの少年に関し、太古からこの土地にいる柴犬が全くこの少年を知らない事。

【この世界にいて】なんらこの少年との面識が無い事で、この少年はこの土地の者では無い。


つまり、緋後松蔵の依頼を遂行する為に、別の土地からこの長野市にやって来たのだと、柴犬にも把握出来た。


悠久の時間を過ごして来た柴犬の心を、「退屈しのぎ」が燃料となり、

好奇心が着火。華々しく炎が内面にわき上がる。




(むう…、小僧を良く見れば、陰陽の者と言うよりも退魔の系統だな)




少年「するどいな(笑)」




(ならば余計解せぬ。もののけを滅ぼす事を生業とする退魔の者が、

それとは全く色の違う依頼を松蔵から受ける…か)




少年「ま、松蔵のじいさんにも、色々あるって事だ」




少年はカップに残っていたコーヒーを一口で「クイッ」っと飲み干し、

「さて…」と小声で呟きながら立ち去ろうとする。




(ちょ、ちょっと待て)




布切れをくわえたまま柴犬が抗議する




(話は終わっとらんだろ!?

松蔵からどんな依頼を受けたんだ?)




少年「詮索は無し(笑)」




(今さらそれは無かろう!小僧…食えぬやつめ)




自分が手玉に取られている事に薄々感づき始めた柴犬。

激しく抗議したい衝動に駆られるものの、ポテトをご馳走して貰った義理もある。




(ぐぬぬ…)




怒りのやり場に困りつつも、敗北を認めたくないのか、柴犬は尚も食い下がる。




(小僧、名は…名は何と申すか!?

せめてそれぐらいはよかろう!)




少年「俺…俺か?」




飄々として、掴みどころの無い少年。

柴犬に対し敵意など一切向けず、少年は口元に微かに微笑みをたたえながらこう応えた。





少年「俺の名は高槻徹平。よろしくな、じいさん」




(ふん、わしの名は…)




柴犬が自分の名を言いかけた時、




「いたぞー!!」




徹平達の背後から、複数の人間達の、ものものしい声が上がった。





高槻徹平2に続く

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