encounter~出会い~
turn1.アルト
転校生が使神学園にきてから数日。
学園は一つの話題で持ちきりだった。
なんでも、夜に学園から音が聞こえるらしい。
「皐月様!!怖いですよねっ」
「・・・・・」
「ちょっと!!あんた何皐月様に引っ付いてるのよ!!抜け駆けは禁止っていったじゃない!!」
俺にひっついてきたやつはその剣幕におされて俺から手を離す。
「ごめんなさい、皐月様。迷惑ですよねぇ?」
「・・・・・」
あぁ、鬱陶しい。
引っ付くのが迷惑?違う。まず、話し掛けてくるのが迷惑だ。
いつだったか、それを言ったことがあった。
でも、あいつらは
「皐月様が話してくれた!」
とか訳のわからないような事を言って喜び出す始末。
もう、無視する他はないと、気付いてしまった。
休み時間にはもっと大勢集まってくるし、ほんと。
どうして俺に関わりたいのだろうか。
確かに俺はヴァンパイア王国の王子だが、それがなんなんだ。
あぁ、イライラする。
そういえば…転校生は他の奴らに連れてこられた時以外は寄ってこないな。
まぁ、一人集まる人数が増えるなんてことにはならなさそうだから安心だ。
一人じゃなにも変わんないけどな…。
―――キーンコーン…
放課後だ。
女子が集まってこない内に急いで教室をでる。
「アルト!!帰ろうぜ~」
緑色の髪を一つに束ねた少年が手をふりながら近づいてくる。
隣のクラス…つまり、1年4組の黒陰ハル(こくいんはる)だ。
ちなみに俺は1年3組である。
ハルは唯一俺が気を許す相手だ。
本当に、唯一。
「おー」
そーいやこいつも結構モテてたっけ。
俺と違って愛想はいいし、
可愛い、優しい系男子!!
とかってレッテル張られてたような。
「あ、ハル君と皐月様だぁ!!」
「まったね~!!」
「・・・・・」
ハル、笑顔で返答。
俺、無表情無言。
「ところでさ、3組って転校生来たんだろ?やっぱお前んとこ来るわけ?」
「いや、来ないな。」
「へぇ~、やっぱり…って、は!?なにその子!!見てみたい!!」
いや、俺的には来なくて嬉しいんだが…
「あ…あーーー!!」
いきなりハルが立ち止まる。
「?どうした?」
「そうだ、今日の夜一緒に学校行こうぜ!!」
???
いきなり何言い出すんだこいつ…。
「はぁ?めんどくせえな、一人で行けよ!!」
「無理無理!!ね、ちょっとだけだからお願い!!」
あ、そうか。こいつ心霊ものダメなんだっけ。
「っつかなんで行きたいんだよ!!」
「噂あるだろ!!音が聞こえるってやつ!!」
そういえばハルは色んな情報網があって、色々知ってる。
だから、知らない噂なんかがあると調べたくなるらしい。
と、前言ってた気がする。
「この通り!!頼む!」
顔の前でパンッと手を合わせる。
「はぁ…わーったよ!!いきゃーいいんだろ?」
「やった!じゃあ12時に俺の部屋の前に集合だからな!!」
「へーへー」
ったく…まぁ、こんな感じで夜の学校に行くことになった訳だが…
音の正体がわからなかったら何回も行くつもりなのかなあいつ…
もしそうだったら今度は全身全霊をあげてお断りさせていただこう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ついに、来てしまった。
夜の、学校…。
「それじゃ、入るか!!」
はい???
入れんの?どうやって?
「鍵掛かってんじゃねーの?」
「ふっふっふー!!
一階の窓を一つあけておいたのさ!!」
ハルは得意気に一つの窓に駆け寄ると、
「ほらね?」
窓をガラリと開けて見せる。
マジかよ。
まさか夜の学校内に入るとは思わなかった。
鍵が掛かってて
「残念でしたー!!」
ってオチだと思ってた。
「・・・あれ?」
ふと周りを見渡すと、誰もいない。
あいつ、先に行ったのか?
怖いのに?
「おい?ハル?」
校内に呼び掛けてみるも、返事はない。
はぁ、とため息をついてから、校内に入る。
「おーい、返事しないなら先に帰るぞー」
怖いのならこう言えば出てくるかと思ったが、やはり返事はない。
・・・コツン
「え?」
今、音がしたような…?
・・・コツン・・・コツン
やっぱり音が聞こえる。
誰かの歩く音だ。
「はぁ…見つけた。」
誰かと言ってもここにいるのは俺と、あいつだけ。
足音のする方を振り向くと、『魔法練習室』に入って行く影が見える。
一瞬、その影が女に見えたのはきっと。
ハルが髪の毛を縛っていないからだ。
さっきまでは縛っていたけど、きっと驚かすためにほどいたのだろう。
逆に驚かせてやろうと、そっと魔法練習室をのぞきこむ。
・・・・・・・・・・。
絶句した。
そこにいたのは、ハルじゃない。
後ろ姿だけど、違う。
だって、髪の毛が緑色じゃないから。
俺はヴァンパイアだから、夜でも目がきく。
あれは、水色だ。
・・・・・思い当たる水色。
それは、転校生しか…いない。
興味のないことは一切覚えない俺だからただ知らないだけかもしれない。
でも
転校生しか、いないんだ。
turn2.氷亜
転校初日。
今日からクラスメイトとなる人達に囲まれながら笑顔をつくる。
にっこり笑って、平凡に。
ただ、日常に溶け込む。
だが、周りの観察は忘れない。
教室を一周、ぐるりと見渡す。
あ…見つけた、優秀な人材。
ハルの言う通り、魔力は人一倍強さを感じるし、体格からして、なかなか使えそう。
今後の事を考えながら観察していると、どうやら一目惚れしたと勘違いされたらしい。
学校のみんながそうだと言うのだからなんら問題はないだろう。
一通り考えをまとめてまた笑顔をつくる。
にっこりと、ナチュラルに。
クラスメイトが黄色い悲鳴をあげているのだから、ここは、苦笑い。
そうだ、今はそっちの話題で私から気がそれている。
ならば、連絡は今のうちに…ね。
スマートフォンを開き、合格、とだけ書いた文を送り付ける。
すると、すぐにスマートフォンが着信で震える。
たった今、メールを送った人物からだ。
『了解、頃合いを見て連れていく。
次の満月はいつだっけかな…。
俺以外寄せ付けないから、まあ頑張れ。
また、連絡する』
まあ頑張れ…か。
では、満月の日が来るまでは作戦でも考えているとしようか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
スマートフォンが震える。着信だ。
『今日、連れていく。12時だ。』
簡潔な文章が書かれている。
「12時、か。」
スマートフォンをマナーモードにする。
画面が、ブツッと真っ暗になる。
もう一人の仲間には、あえて伝えない。
さて、もう一眠りしよう。
窓の外は、真ん丸で綺麗な月が浮かんでいる。
満月だ。
ふかふかの布団に包まれて、目を閉じる。
次に目覚めるのは、いつだろう。
『俺がターゲットを学校に誘い出して、
隙を見て、そっと帰る。
あいつの性格からして、
必ず校内に入ってくるはずだ。
あとは、任せる。』
『任せるって…
…まぁ、いいけど。』
11時ちょっと過ぎくらいかな。
私とハルは女子寮と男子寮の中間地点…
と言っても寮は隣り合わせなのだが。
女子寮と男子寮をつなぐ中庭でひそひそと作戦会議をしていた。
作戦とは言えない気がしないでもない。
だって会議はこれで終わりなのだから。
中庭に向かったその足で、今度は学校を目指す。
さて…私の予想通りにみんなが動いてくれるといいんだけど。
「おーい、返事しないなら先に帰るぞー」
暗闇に混ざって声が聞こえる。
どうやら校内に入って来たらしい。
コツン・・・
わざと音をたてて歩く。
まずは、ハルだと思って追ってくるように。
女だと気付かれないように、闇に立つ。
魔法練習室に入る前に、少しだけ髪を見せる。
ここにいると、わかるように。
そっと、ちらりと。
後ろを向いて影を待つ。
うん、後ろでこっちを覗く気配がする。
その気配に忍び寄る新な気配も見逃さない。
よし、うまくいっている。
ちょっとだけ向きを変えて、ターゲットに顔を見せる。
学校での「ヒア」ではなく、
素の、「氷亜」で。
ヴァンパイアを、狙う。
turn3.アルト
後ろ姿だった転校生らしき人物は、少し頭を動かす。
その横顔をみた瞬間、ゾクリ。
なにか、冷たいものが背筋を駆け回る。
昼間、見たそれは。
いつも微笑んでいて。
鋭さなんてなくて。
周りにすぐ馴染んで。
でも、今見たこれは。
感情が感じられない、底知れぬ冷たさをまとった、目。
誰も寄せ付けないような、鋭い毛皮をまとった、空気。
これは、本当に。
本当に転校生なのだろうか?
やはり、別人ではないのか。
いつもは2つに縛られた髪がほどかれ、表情、空気、全てが違う。
人は、ここまで変わるものなのだろうか。
そう思わせる、何かがある。
なんだ、これは。
なんだ、この気持ちは。
――――――恐怖?
「―――つッ!?」
何が起こったのか、わからなかった。
背中に感じるのは…痛み?
魔法練習室のドアを反射的に開き、逃げ込むように、転げ入る。
振り返ると、一人の少年。
黄色い髪、頬の傷、血が滴る、爪。
全てが、俺の心に感情を生み出す。
これは――――――恐怖、なのか?
少年が、手を振りかざす。
感じる魔力は、どのくらいなのか。
わからないけど、俺より強いのは…わかる。
目を、瞑る。
覚悟をしていたせいか?
いつまでたっても、痛みが襲ってこない。
恐る恐る、目を開ける。
「――――――え?」
俺が、受け止められないと判断した腕を。
転校生が、片手で。
制していた。
「レオ。こいつは、敵じゃない。」
静かな声が、響く。
「・・・そう。」
レオと呼ばれた少年は、手をおろす。
「・・・・・・・・・・・」
声が、出ない。
出すべき声が、見つからない。
転校生が、ゆっくりと振り返る。
俺に向かって、「…たてる?」と手を差しのべる。
パンッという、転校生の手をはたく音。
これが、静かな教室を一瞬だけ、支配する。
「自分で…たてる。」
絞り出した声はあまりにも頼りなくて。
俺はここまで弱かったのか、と。
初めて、思った。
恐怖を感じすぎたのか、足に力が入らない。
感じるのは、どこからともなく湧き出続ける恐怖と、背中の痛み。
「!…うわっ!!」
はぁ、とため息が聞こえた次の瞬間。
俺の腕に、転校生の手が触れる。
触れた手は、冷たい。
雪女を連想させる、手。
その手に、力がこもっていく。
瞬間―――俺の腕ごと、手を上に振り上げた。
「ッ!!」
体が引っ張られて、浮遊感を覚える。
凄い力だ。
男の俺を、軽々と引き上げるほどの力。
一体小さい体のどこからそんな力が湧き出るのだろうか。
手が、離れる。
気付いたら、俺は自分で立っていた。
「ほら、立てたんだから。
・・・・・早く帰れば?」
冷たい言葉が、紡がれる。
これは。間違いなく、転校生の声。
転校生は、俺に背を向けて。
そのまま教室を出ていこうとする。
女には関わりたくない。
めんどくさいし…鬱陶しいだけだ。
本能が告げる。
だが、知りたいという気持ちが。
わずかに―――勝った。
「お前…何者だ。」
無意識に呟いた言葉は、宙に浮かんではそっと消えていく。
転校生は、立ち止まる。
振り向きもせず、独り言のように、ただ、呟く。
「私に…もう、関わらないで。」
そして、振り向く。
その顔は。
昼間の、真ん丸な笑みだ。
「じゃあね!!」
心底楽しそうに、心底愉しそうに。
笑顔を残して去っていく。
少年も、ついていく。
教室に残ったのは、俺一人。
たった独り、取り残される。
俺の心に渦巻く、この。
どす黒い気持ちは、なんなんだろう。
転校生が教室を出ていった後、俺は暫く立ち尽くした。
ただ、呆然と。
ぴちゃん…という音で、神経が思い出したように背中の痛みを伝えてくる。
血が、服を汚す。
とりあえず、帰らなければ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふう…」
帰ってくると、背中の傷はたいぶ治っていた。
自然治癒力が普通のヴァンパイアより高いから、こういうときだけはヴァンパイア王子で良かったと思う。
軽くシャワーをして血を落とす。
来ていた服は破れているし、血で真っ赤に染まっている。
捨てるしかないか。
服をごみ箱に入れて、他の服を着る。
ベッドに身体を沈めると、頭の中で先ほどまでの光景が鮮明にリピートされる。
怖い。こわい。コワイ。
何が、怖い?
別に、殺人宣言された訳でもない。
背中はひっかかれたが、いつもならこんな傷ができたところで何も感じない。
どうせすぐ治るのだから。
今まで、恐怖なんてもの、知らなかった。
どんなに大きな傷ができても、どんなに嫌なことがあっても。
なのに、なんで。
なんで転校生の姿を見た瞬間に恐怖を感じた?
なんで転校生の言葉を聞くたびに恐怖は募った?
答えが、わからない。
「くそっ…」
悔しくて、呟いた。
何が悔しいか?
女子に恐怖を感じてしまった事よりも、興味がわいてしまった自分がいることに、だ。
turn4.ハル
「―――で、昨日は上手くいったのか?」
「うーん、まぁ、いいんじゃないかな。
ターゲットの気持ちはわかんないから、わかんないけど。」
スマホを通して、氷亜と会話する。
と、学校用のガラケーにメールが届く。
アルトからだ。
『昨日どこに行ってたんだよ。
それと、レオって知ってるか?』
「くっあははははは!!」
つい、笑ってしまう。
「?何、どうしたの?」
「あぁ、いや?
アルト、興味持ったみたいだからさ♪
レオって知ってるか?だってさ★」
「へぇ…それは、なにより。」
スマホの向こうで怪しげに笑う氷亜の顔が想像できる。
「ところでお前さ、どんな手使ったんだよ?
あのアルトに興味持たせるなんてな。」
「別に?ちょっと突き放してみただけだけど。」
ちょ、仲間に入れようと誘導してるのに、突き放すとは・・・
まあ、興味を持ってくれたなら結果オーライだが。
氷亜と引き続き話をしながらアルトに返信する。
『レオ?あぁ、それなら俺のクラスにいるぞ。
頬に2本の傷があって、いつもヘッドフォンを身に付けてる。
一匹狼って雰囲気のやつだ。
それにしてもお前が誰かに興味を持つなんて珍しいな。
何かあったのか?』
何があったか、なんて知ってる。
俺らが仕組んだのだから。
それでもあえて聞いてみたくなるのは、悪戯心からなのだろう。
女子から突き放されたなんて、あいつが素直に白状するわけないから。
聞きたくなるのは、尚更だ。
アルトからの返信が、届く。
『いや、なにもねぇよ。
さんきゅ。』
「何もないって!!
あったでしょ!!知ってるよ!!
あはははははっ!!」
「うん…何に対して笑ってるのかは知らないけど。
ほんと腹黒いよねハル…。」
あれ、俺って腹黒いっけ。
・・・うん、腹黒いかもしれない。
「じゃあ氷亜。
引き続きガンバ☆」
「うん、言われなくても。」
通話を切る。
んー。暇だな。
何しようかな。
turn5.アルト
転校生…と一緒にいた、レオというやつに背中をひっかかれた次の日。
傷は、跡形も残さず消えていた。
痛みもないし、完治したらしい。
反対に、心の闇は消えない。
もやもやするような、ごわごわするような。
なんとも不思議な気持ちが渦巻く。
ハルとメールをして紛らわそうとしても、ついついレオについて聞いてしまった。
「・・・はぁ」
今日が休日じゃなければ、女子達のうるさい声で少しは忘れられたかもしれないのに。
今日に限って学校がないなんて、運が悪い。
・・・・・学校がない日に限ってこんなことが起こるのが、運が悪いのか。
少し、出掛けよう。
散歩でもしよう。
少しは気が晴れるように、お気に入りの服を着て、外に出る。
・・・それにしても、暑い。
冷たい飲み物を買おうと、公園にある自販機に近づく。
「――――――ハル?」
公園に入った瞬間、見知った影が目にはいる。
なにやらスマホをいじっていて、こちらには気付いていないようだ。
あることを思いいたり、冷たい缶ジュースを、2本買う。
ハルの死角にたって、音をたてずにゆっくりと、自然な動作で近づき―――
「うわっ!?」
冷たい缶の表面を首に素早く当てる。
大袈裟でも何でもなく、ハルは10㎝くらい飛びすざった。
うん、いい反応だ。
「なにすんだよ!!氷―――
…って、なんだ、アルトか…」
振り向いて、俺を認識した瞬間に落胆した声を出す。
「ははっ!!悪い悪い、これやるよ。」
笑いながら、缶ジュースを差し出す。
ハルは、ちょっとムッとしながら缶ジュースを開けて飲み始める。
「で、こんなとこでなにやってんだよ、お前?」
「あー、いや、別に…。
あ、これサンキュー。
喉乾いてたから丁度良かった。」
「は!?もう飲み干したのかよ!?早くね!?」
早くも空になった缶を、俺に一回見せるようにしてから投げ捨てる。
自販機からは少し離れた場所なのに、自販機のすぐそばにあるごみ箱に向けて。
缶は空中を滑りながら、弧を描いて―――ガコン、と音をたてた。
ごみ箱にすっぽり収まった缶は、もう動かない。
「え…え!?ちょ、何だよ今の!」
「何って、ごみ捨て?」
魔法を使えない普通の人間がイリュージョンをしているのでも見たかのような驚きをする俺を横目に、ハルは淡々と答える。
「ごみ捨てって…まぁ、そうなんだけどさ…」
「ところで、アルトはこんなところで何してんの?」
視線はスマホに投げ掛けたままの状態で、ハルが問いかけてくる。
「んー。散歩…?」
「なんで疑問系なんだよ…」
気分転換に…なんて言えない。
言ったら、なんの気分転換だーとかなんとか言われて、昨日の事を洗いざらい吐くことになりそうだから。
それと…今気付いたんだけど。
「―――ハルって、スマホ持ってたっけ?」
「・・・・・」
ハルの動きがピタリと止まる。
スマホの画面から、視線が動く。
「これは…」
え?
なに?何?その反応。
視線が泳いでて、ハルらしくない。
携帯を替えたとか、そういうんじゃないのか?
「これは、前から持ってる。
ただ、いつもは使わないだけ。」
そう言ったっきり、黙りこんでしまう。
なんだ?触れちゃいけない話題だったのか?
なんとなく嫌な予感がしたから、それ以上は聞かないことにした。
そのかわり、そっと画面を覗く。
開かれていたのは、無料チャットアプリ。
チャット相手の名前は…
――――――『βHIA§』
・・・・・俺、これ、読めないわ。
覗いてるのがバレないように、自分もスマホを開く。
スマホの画面を見ているようにしながら、横目でハルのチャットを覗く。
『じゃあ、そういうことで。』
『あぁ。今日、魔法練習室に集合だろ?
レオも?』
『うん、連れてく。』
見えたのは、この3文だけ。
他は画面外だ。
ん?レオ?
さっきメールで聞いたときは、なんというか…他人行儀な文章だった気がするのだが、どうやら親しいらしい。
魔法練習室ってことは、学校か?
休日に?
ハルが新しい文章を打ち込む。
『じゃあまた夜にな、氷亜。』
――――――氷亜?
氷亜ってあれか?転校生の?
昨日の学校帰り、ハルは転校生の話題を持ち出してきた。
でも、知らなかったじゃないか。
俺に近付いてこないって知った時、驚いて言ったじゃないか。
『へぇ~、やっぱり…って、は!?なにその子!!見てみたい!!』
って。
なんだ?どういうことだ?
ハルが嘘をついていた?
それとも、氷亜っていう別人?
「・・・アルト?どうした?」
声にハッとして、思考を断ち切る。
気が付くと、目の前にハルの顔があった。
「なんか難しい顔してたけど、大丈夫か?
バカでも考え込む事あるんだな…。
初めて知ったよ…。」
妙に頷くハル。
それはあれか。俺がバカで、常に何も考えてないように見えるってことか。
「余計なお世話だ同レベル!!」
この前のテスト、最高13点だったって言ったら俺も13点…ちなみに教科は数学…って言ってたよな。
同レベルじゃねーか。
「同レベル…ね…。」
視線をそらしてそういわれると、なんか意味深に聞こえるだろうが。
何、同レベルじゃないの?
「あ、俺用事あるからそろそろ帰るわ。」
ハルが立ち上がって、走り出す。
「え?あ、あぁ。またな!!」
慌てて声をかけると、ハルは振り向きざまにニッと笑って。
「じゃあね!!」
走り去っていく。
なんだろう。
これ、どっかで見なかったか?
それも、つい最近。
「まあ…いいか。帰ろ。」
デシャヴ感を感じながら、歩き始める。
今日の夜、また学校に行こうと決意しながら、寮へと向かうために。