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●発作:あるいはしーちゃんの本質としての空白(1)

ただ、僕としーちゃんが一緒にいるのは、それだけの幸せでお前ら爆発しろな理由だけではない。


僕が大雪と合流し、しっかり祖父(ソフマップのオタ界隈での通称)でエロゲを買ってきて、帰って、さあPCにソフトをインストール、今日はとりあえず午後二時までがっつりプレイして、目星をつけていたヒロインのルート(個別の話、と思ってくれたらいい)の半ばくらいまでは進めておくか……とエロゲ臨戦態勢に赴いて……


そのとき、深夜である。


しーちゃんが、僕の部屋に入ってきた。


さすがに濡れ場でなかったから僕の自尊心を崩壊せしめることはなかったが、事はそれよりもっと重大だ。


しーちゃんがこの時間に僕の部屋に来るなんて。


ノックすらなかった。たたた、と、勢いよく階段を下りて、しーちゃんの二階の部屋から、僕の部屋に一直線。


僕はすぐにでも寝落ち出来るように、布団を敷いておいて、で、書き物机の上に置いてあるノートパソコンに向かっていた。


そんな中、しーちゃんが、血相を変えて、やってきたのだ。


を、これが日本に伝統なるYOBAIなのか、と言う奴はしばらく黙っとけ。


これはしーちゃんにとって、非常にヤバい状況なのだ。


「……発作?」


僕は、あまりに明らかなことなのに、一応聞く。


しーちゃんは、がたがた震えながら、頷く。


僕は即座にPCを落として、布団をめくり、しーちゃんをそこに寝かせる。しーちゃんはそこに逃げ込むようにして、布団にもぐりこむ。何かから身を守るようにして、布団をかぶる。野党の襲撃を恐れる農民のように、あまりに惨めにすら見えるような感じで。


僕は棚の中に置いてあるしーちゃん専用の常備薬と、タオルと飲みものを用意する。携帯も放さない。


そしてしーちゃんの横に寝て、ぎゅっと手を握る。


驚くほどの力がそこにある。骨にまできしむくらいの力。でも僕は痛くない。圧迫感はあるけれど、「僕は」痛いなんて言ってられない。しーちゃんの方が遥かに辛いのだから。


しーちゃんは、苦痛に耐えかねるように、その美しい顔を、夜叉のようにしかめる。いつもの飄々とした、優しげな顔はそこにはない。ただただ痛みと苦痛に耐える顔。風雨に立ち向かい、モノを投げつけられて、通り魔に刺され、全身をボディーブローされる、そんな無茶苦茶な形容すら似合うくらい、しーちゃんはガタガタ震えている。


口が開く。しかし言葉は出ない。恐らく叫びたいのだろう。けど、前に言っていた。叫んだらすべて終わりだと。僕は叫んでも一向に構わないと言ったけど、自分が押さえられなくなるから、としーちゃんは言った。


発作。


しーちゃんは、子供のころから、このようなある種のパニック発作のようなものを、だいたい一ヶ月に一回くらい起こす。


しーちゃん曰く、それは魔王三体と悪魔十匹に身体が乗っ取られるようなものらしい。自分の思考がまとまりが全然つかなくなり、猛烈な鬱症状とパニックに襲われる。極度の焦り。死に対する恐怖。身体の痙攣。四肢の感覚が失せていく。


「といれ……」


と、しーちゃんは、細々とした声で言う。


僕はしーちゃんの肩を支え、あの狭い水回り区画に行く。こういうとき、水周り関連がまとまっていると便利だ。あるときしーちゃんはトイレに行くまでに粗相をしてしまったことがあった。便利とはそういう意味……まあ、片づけ的な。それから、嘔吐感も相当なものがあるらしい。そういう意味でも。


ほとんど立てない状況のしーちゃんを、トイレの椅子に座らせる。フツウは出ていくべきなのはわかってる。ただ、今のしーちゃんは、「自分がトイレにいる認識」すらあやふやなのだ。しーちゃん曰く、すべての現実感が失せる、という。


身体は動かない、思考は働かない。簡単な排泄行為すら、わけがわからなくなる。それほどの発作なのだ。


ちょろちょろしーしー、という、放尿の音が聞こえる。それは、とても物悲しく、孤独な音に聞こえた。


しーちゃんは、ほとんど無茶苦茶な顔をしている。今の混乱しているわけのわからない状況を把握しようとして、しかしそれが見事に失敗している。否、しーちゃんがいまを冷静に腑分けして認識することなど、出来たためしがない、と本人が言っている。


これはレイプだよ、としーちゃんは言ったことがある。なんだかわけがわからないものに、むりやり身体をどうにかされる、レイプ、だと。


僕に介護されることの気恥ずかしさと申し訳なさがそこにある、けれど自分では自分を保つことすら不可能であるゆえに、ただただこの激流に身を任せるしかないという理不尽さ。


あの「シーナ・ヒラサキ」の断言のように、しーちゃんは意志が強い人間だ。それが、このような目に会うことは、確かに自尊心的に耐えきれないだろう。僕のエロゲの比ではない。しかし、あまりの苦痛の前には、ひとというものはプライドを放棄せざるを得ないらしい。


やがてトイレが終わる。深夜の暗さに、水を流す音がやたらと大きく響く。

手なんて洗ってられない。とにかく布団に戻る。


僕は薬箱から睡眠薬を取り出す。ロヒプノール。即効性と持続性に優れた、アメリカでは麻薬扱いになっている薬だ。要するに、強い。


それを二錠ぽんとしーちゃんに飲ませる。自分でペットボトルを持って飲むことすら不可能なほど、無茶苦茶な状態なので、僕はしーちゃんが飲みやすいようにサポートする。


やがてしーちゃんは、僕に抱きついてくる。


柔らかだとか、いいにおいだとか、そんなことは言ってられない。少しでも彼女の苦痛を少なくするため、僕はしーちゃんの背中を、とん、とん、とん、と一定のリズムで柔らかく、押すようにしてタップする。


かつて母が、死んだ母が、僕が悪夢ではね起きたときのように……。


多分、それは効果があるのだと思う。というか、僕にはそれくらいしか出来ない。


これ以上続くようなら、ベゲタミンを投与する。睡眠薬の中でも、抗精神病薬の要素も複合された、激烈に意識を落とす、トップの睡眠薬。


それは人格を破壊して眠らせるようなものではないか、と言われるむきもあるかもしれない。しかし、しーちゃんにとっては、この状況をとりあえずやり過ごすことからはじめないといけないのだ。薬に対する偏見とか、人格にとってなにがまっとうなのかは、この発作が終わってから。


幸いにして、しーちゃんは、ロヒプノールの効用が効いてくれたようで、いつの間にか寝てくれた。


僕はやっと、少しほっとすることが出来る。一応は、夜をのりきったのだ、と。


これが、僕がしーちゃんとともに生活している、もうひとつの理由だ。


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