●あるべき場所としての僕らの家
そして僕らは僕らの家へ帰る。
そう、僕としーちゃんは一緒に暮らしている。
これで同棲じゃないってんだから泣けてくるね! いや、シチュエーション的にはそうなんだけど、そのこと周りに隠しているし、そもそも恋愛関係じゃないし……。
じゃなんでしーちゃんが僕の部屋に住んでいるのかというと……
「ただいまー」
しーちゃんがきちんと挨拶をして僕の部屋に入っていく。こういった礼儀正しさはしーちゃんの美徳である。もちろん僕が帰ってきたときは、しーちゃんは「おかえり」と出迎えてくれる。それがどれだけ人の心をあたためるか。
「とりあえず台所においとくから、適当な頃合いになったら食べて」
「といっても、大雪君とのお買いもの、それほど遅くはならないんでしょ?」
「まあ、そのつもり。ざっと店を流して、で、予約した店で券と引き換えしてくるだけだからね
「じゃあ待ってるよ」
「いやいや悪いって。先食べなよ。微妙に夕飯の時間とずれるから」
「んー、そう? じゃそうする」
思えばしーちゃんは、僕との会話ではごく自然である。
これがあの、世界に対して「女優魂」を見せた、あの「シーナ・ヒラサキ」とは、ちょい思えない。
それだけ、彼女は僕との間で、「しーちゃん」でありたいのだ、と、自惚れておく。僕としても、それは願っていることなのだから。そして、彼女がそうであることが、彼女にとっての自然であると思いたい。少なくとも、僕は彼女にとってそう言う存在でありたい。「シーナ・ヒラサキ」のそばにそう言う人間がいることは、大事なことだと思うのだ。
この部屋は、学生アパートのような、ワンルームマンションではない。
なんと一戸建てである。
僕が住んでいたころにはすでに十年選手だったから、すでに築二十年は越している。
……そう、この家は、僕が子供のころ住んでいた家である。
「それにしてもこの家で暮らせることになるとはねー」
まるでしーちゃんが僕の心を読んでいるかのような発言をする。ぎくり。
でもそれは当然なのだ。なんといっても、この家もまた、「あるべき場所」なのだから。
この家の大家さんは、もともとこの辺りの地主だった。彼は僕の父と仲が良かった。親友のように。
で、僕が大家さんに、挨拶もかねて、大学入学前に物件を探しにきたとき、ふらりと挨拶しに寄った。ら、そしたらものごっつい歓待を受けた。彼はほとんど目が潤んでいた。すごいダイレクトだな……と思った。嬉しかったけどさ。
で、すごいごちそうを出された。旅館でもこれはないだろってくらい。で、その日のうちに、僕は、かつて住んでいた家に住めることが決まった。
なんだそれ。
あまりのとんとん拍子っぷりにびっくりしていたら、父がある程度、大家さんに根回ししていたらしい。何か物件紹介してくれや、みたいに。そしたら、これである。
何でも、僕らがあの家を越した後、人はいちおう入ったのだが、偶然僕が入学する前の冬に出て行ったらしい。で、今は空き家だと。そして彼が言うには、あの家に僕が住むのは当然だと。あの家は平崎家のものじゃないか、と。
すごいこと言うな……と思ったけど、僕はその申し出を、ひとつの「善きこと」として受け取ることにした。
僕が大学生活を送るにあたって、父からは、意外なほどの金額援助を受けていた。ひょっとしたら高校時代よりもべらぼうに使っているのではなかろうか、と思うくらい。
で、僕はなんと学生の身分にして、一軒家に住むこととなった。しかも家賃はすごく安い。ふつうのアパートとそんなに変わらん。その上父の資金援助のおかげで、それが苦にもならない。
なぜ父がそこまで僕の「今」に金をかけてくれるのか。あるいはそこには、現在の羽振りのよさもあったろう。今父は、数年の歳月の果てに、奈良でアパレルのブランド・流通を確立し、それなりの地位にある。
だがそれだけではない。父は金を稼いでいようが稼いでいまいが、使うべきときには使って、そうでないときには全く使わない人間だったからだ。その比率は変わらない。
なんで僕の大学に限って、そうするのか。さすがに疑問に思って、聞いてみた。
父はこういった。
「見つけろ」
と。
「大学生活で、お前が何をすべきか。何をしたいか。何が出来るか。それを見極めてこい。いいか祐、それで一生が決まるんだ。嘘じゃない。俺の半生が語っている。嘘じゃない。そのことは二十代後半以降の二十年で、身を刻むようにしてわかるだろう。俺が今いった『お前がやること』三つ。これを見極めるためには、これくらいの出費はなんでもない。俺が言ってることはわからんだろうな。しかし、騙されたと思っておけ。いいか、見つけてくるんだ。これは甘やかしているんじゃない。逆だ。これは命令に近い。とにかく、お前はお前になるんだ。何になるんでもいい。ただし、とにかくお前になるんだ」
異様なほど真剣な目をした父にそう言われ、僕は何も口を挟めなかった。父はときたまこのような、ある種ヤクザ的な物言いをする。それが言いすぎだとしたら、「ちょっとした独断的」とでもいおうか。
ときに僕はそのような父と対立することもあったが、このときの父には、有無を言わせぬものがあった気がする。
そして父のいうことは、僕のやりたいことと一致していたため、異論はなかった。
僕は父にいった。埼玉に帰るよと。彼女に会うんだ、と。
父は反対も喜びも顔に見せなかった。代わりにこう聞いた。
「それがやりたいのか」
と。
「心から」
僕は答えた。
「そして学問をやりたい。このふたつ……失ったモノを取り返し、未知のモノを得たい。……かっこつけすぎかな」
「それがお前の人生のためになると、確信しているか?」
いうまでもない。
「心から」
芝居がかった台詞の応酬だったかもしれない。でもこれは僕と父の間の真実だった。(付け加えていうならば、僕と父はよくこのような台詞の応酬をする)
父は僕の目を見た。「目で全てがわかる。これは非科学ではない。超科学だ」よく父はそういった。その意味がはっきりした定義でもたらされることはなかったが、なんとなくはわかった。
そこに、人としての誇りなり、意義なりを、見通す、ということ。背中を見ればわかる、って言い方ありますよね、それと同じ意味合い。まじヤクザだな……。
父はいった。
「いいんじゃないのか」
そして寂しそうに、
「俺が奪ったようなもんだからな……」
僕は父を恨んではいない。ただ、「状況」に関しては、いささかの憤りがあった。それを父と直結させた場合もあったかもしれない。今となっては、あのときの父もやむを得なかったのだと認識できるけど……。
そんなわけで、僕は意外に、普通の大学生に比べて、経済面において楽な生活をしている。もっとも、そこに甘えてばかりいられない(というか、甘えてばかりというのもマジ恥ずかしい……父にそこまで言わせた以上)ので、バイトもしてるが。
とは言うものの、僕は父の申し出に甘えた形となった。だったら大学生活の中で、やりたいことすべてやりきろう、そう決意した。それが父が望んでいることだろう。
しかし、大家さんにしても、父にしても、「この家」を僕に渡すかね……。あるいは、それほどまでに、僕に望郷の念……あるべき場所に対する、一種異様なまでの執念が見え隠れしていたか。
そういうわけで僕はこの家に住んでいる。
前に住んでいた人はこの家を丁寧に使っていたようで、多少の経年ぶりを除けば、僕が子供のときと、本当に変わらない。
えんじ色の屋根に、くすんだ白壁……西洋の絵にあるような、厚ぼったい白を塗りたくったような、重い感じのする白壁。小さな庭。ちょっとした庭木なんかあり、鉢のいくらかが置かれてあり。バラックの倉庫もある。手入れのしようによっては、なかなかいい感じにもなる。幸い、前の住居者は、その辺の手入れを、それなりにしてくれている人のようで、前からあった草花が、そのまま健やかに育っていた。ひとつ見慣れないのは、黄色と紫のパンジーだった。それが、わりに落ち着いた庭の中に、輝く瞳のように咲いていた。けど、それは悪い感じじゃなかった。
台所ひとつ、小さい風呂と小さい洗面所と小さい洗濯場と小さいトイレがいっしょくたになったスペース(ザ・水周り!)。大人の今になって思えば、よっぽどこの家狭かったんだな……。
居間があり、大抵僕らはそこで過ごしている。大き目のこたつテーブルに、四方に座布団や座椅子。その隣の部屋には和室があり、僕はそこに布団を敷いて寝ている。
贅沢な話だが、二階の左の部屋、そして右の部屋に続く通路には、とことん本棚を置き、僕の蔵書をこれでもかと詰め込んである。ようするに書庫である。あ、間違い。階段の昇ったとこにも、さらにメタル式の棚を付けてある。そこにも入れてある。そこまで本あるかい。
で……もともと父の部屋で、死んだ母もそこに住んでいた、部屋。そこを、今、しーちゃんの部屋としている。
さあ、ここらで最大の疑問に回答することにしようか。
なぜしーちゃんがこの家に住んでいるか。




