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(2)

「これからどうするの?」


「この後大雪と用事があるけど、まず一回うち戻って、その間に夕飯の買い置きしとこうかと。あー、ちょっと遅くなるけど、そんなに遅くなんないから、あまり気にしないで」


「秋葉原的な用事?」


「どどどどどどうしてそれを!」


「あはははは、そんなにびっくりしなくてもいいじゃない。楽しいことしてるんだから、大雪君と」


「……てーことは、何買うか、ってのも……」


「えっちなげーむ」


Oh…


理解があって頭の回転の速い彼女は、今が今月末の金曜日で、僕が妙に浮かれる日だということを、その後の数日PCに向かいっぱなしであることを、よーく知っていらっしゃるのだ。姉に……僕の心のよりどころである人に……


いや、それはとりもなおさず、僕がそういった面をしーちゃんに隠さなかったことによるのだけど。


僕はしーちゃんに対して、あるがままを出した。オタクであること、嫌な奴であること、そして……子供のころから、大して変ってないということ。すべて、正直に出した。


しーちゃんは、やはり、それを受け入れてくれた。本当に、子供のときのように。


しっかし、それにしても、幼馴染がエロゲを日常的にすることに対する忌避感みたいなもんはないのかね?


そのあたりを聞いて見る。


「どうなの?そこらへん」


「んー、とは言っても、面白いものあったからね。ゆー君に貸してもらったものの中で。いい話もあったし。泣ける話、人生の悲哀を描く話。それから、えろい話。思ってたより、映画に近いよね、エロゲ」


そこに蔑視の色は皆無だった。ただエロゲというものを、そこにあるものとして、美点も欠点も、冷静に腑わけしてくれる。


パブリックイメージとしてのエロゲは、やはりポルノメディアであることは否定しない。曰く、オタがやってる気持ち悪いものとか。


いくら批評界隈でエロゲ(ノベルゲーム)の重要性が喧伝されたとこで、結局はそうである。エロ媒体じゃん、とか。


それは僕が終生戦っていくものだろう。


ともかく、しーちゃんは僕がエロゲを、オタク趣味をしていることを、弾劾しなかった。しーちゃんはいつもそうだ。僕のありのままを受け入れてくれる。本当に、子供のころから変らない。


僕はしーちゃんと隣り合わせで歩く。


それはあるいは、恋人のそれに見えるかもしれない。けど、僕としーちゃんは、不幸なるかな、未だ恋人の領域には至っていない。


唯一無二の、お互いを理解している、親友……幼馴染であることは、言うまでもない。ただ、そこに恋愛が刻印されているわけではない。


僕は……僕は、しーちゃんに対して、そのような恋愛感情を抱いている。結局は、僕の初恋はしーちゃんであったわけだし、恐らくこのような感情を抱くのは、しーちゃん以外にありえない。


じゃなんでお前エロゲするんだ、って言われるかもしれんけど、これには結構紆余曲折があったのです……


ともかく、僕としーちゃんは、並んで駅へと向かっていく。


駅に連なる商店街は、学生の町らしく、本屋やレコード屋、喫茶店が点在している。よくあるパターンだ。ただ、この大学は新設であるが、商店街の方は、わりに昔からある。大学が誘致される際、商店街はにわかに活気づいたらしい。そしてその目論見……若人層の取り込みに、それなりに成功した。で、ここいら一帯は「若者の町」みたいな感覚になった。


まあ、寂れているよりは、賑わっていた方がいいだろう。


ここは東京と埼玉の境目にある、郊外都市であって、そもそもが地味な場所なのだ。そこに「定期客」が舞い込んでくるとなると、地域活性に繋がるのは、社会学を齧っている僕でも、なんとなくわかる。


そういうわけで、結構ここらは掘り出し物があったりする。しかしまだ発展途上かな……みたいな気もするけど、しかしこの大学があるのだから、いずれ充実していくことだろう。


並木道を歩く。煉瓦造りのその道は、歩いていて、気持ちのいいものだ。背の高い街路樹が、青い空に伸びていく。等間隔で。それはとても人工的な自然だけど、その整然さが、ときに人を和ませたりもする。これは都会的感覚だと思う。


奈良にいたころは、そういったものはあまりなかったからね。


懐かしい。


……懐かしい。この埼玉にいるということが。


僕は、奈良にいたころ、そこはそこでなかなか興味深い古都だったのだが、その田舎性に、「コレジャナイ感」を味わい続けてきた。


誤解を恐れずに言えば、僕は都会人だった。ああ、皆さまの嫌な顔がすごく見える。人間を都会人と田舎者に分けることの、どうしようもない差別的感覚!


しかし、いざ田舎に住んでみることによって、このふたつの差は、どうしようもなく「ある」ことに気づかざるを得なかった。


物質的、精神的に……。それは追々語っていくことにしよう。


ともかく僕が言いたいのは、奈良は確かに興味深く、ある種僕の感受性をその「物質的貧しさ」のおかげで、スパルタ的に鍛えてくれたものの、しかし自分にとって「あるべき場所」ではなかった、ということだ。


あるべき場所。居るべき人。その不在。


「当然」とは恐ろしいものだ。居なくなって、その大事さが、恐ろしいほど痛いほど突き刺さってくる。当時から大事なものだと認識していたが、その不在が、心に氷の槍のように突き刺さるなんて……それは、別離という言葉だけでは片づけられない。文芸批評的に言葉を弄すれば「喪失」の一言で片づけられるのだろうが、その経験がもたらす、とてもフィジカルな痛みは、それを経験しないとわからない。


もう自分はあそこには居られないという事実。


もう自分はあの人たちとは共にいられないという事実。


時間が、空間が、「あるべき」ではない、違ったところにいる。


僕は奈良という場所を、「あるべき場所」にするべきだったのだろう。それが適応ということだ。そして、時間の流れというものが味方して、僕は奈良に、それなりの居場所を見つけることが出来た。が、それでも、いつも心のどこかは埼玉にあった。埼玉の、しーちゃんと共にいたあの時間・空間のまま、幸せに凍りついた記憶の中に僕は生きていた。


それはほとんどの人の見る見地からして、歪んでいるものだと思う。


だが、異邦人エトランゼの感覚とは、結局こういうものだ――あるべき場所への、絶え間なき憧憬。それは田舎人が都会に対する盲目的な憧れとは違う。それより……タチが悪い。僕は自分の感覚が、埼玉を過剰に理想化していることを、薄々気づいていた。それは認識していた。だが……。


おっと、話が盛大にそれた。


ともかくも、僕は今、あるべき場所に、居るべき人と共にいる。そしてやりたいことをやっている。


それが僕の「ひだまり」だった。十二歳からこの時まで、待ったのだ。


「お夕飯買ってくの?」


しーちゃんは問う。


「そうそう。申し訳ないけど、今日は惣菜を中心としたものでいいかな。野菜とか肉とか買っておくけど、今日は料理出来ないや」


「えっちなゲームを買うんだからしょうがないよね」


想い人にこう言われるのも、それなりにぐさっとくるよね。僕は遠くを見つめた。午後の静かな空は澄み切っていた……とても関東的に。何か硬くて、狭くて低い空であったが、それでも。


「あはは、冗談だよ。楽しみが成就されるんだから、いいこといいこと」


「……ふと思うんだけど、しーちゃんってエロゲに対して、というかオタク趣味に対して、結構寛容だよね」


「えー、だって、現代日本が誇る文化だよ? イギリスにいたころ、『It’s so cool!』の対象だったもん。まあ、フリークスの趣味、ってのもあったよ? でも、アングラの誇り、みたいなものもあったかな。んー、例えるなら、インディーズ映画のような感じ?」


「そう言ってくれるのはとてもありがたい。オタクの嫌な部分を知っている立場からしてみたら」


「Keyの『AIR』『CLANNAD』は、本当に綺麗な精神だったよ。ニトロプラスの『鬼哭街』、TYPE-MOONの『月姫』は、伝奇、B級アクションというサブカルエンターテイメント文学の醍醐味を伝えてくれるし、Tarteの『カタハネ』は、あれだけの『映画的な感覚』を見せてくれるのは、今の映画ですら難しいし、アトリエかぐやの諸作品は、エロスの追及について飽くなき姿勢を見せてくれて、表現というものがとことんまでフィジカルである意味というものを伝えてくれるから」


「実にエロゲに対して高評価を与えてくれるのは嬉しいのだけど、最後抜きゲーかい」


抜きゲーとは、そう、男性の荒ぶるリビドーを解放し発散するため、それに特化したゲームのことである。そうだよ! とにかく自慰を促すゲームだよ!


しーちゃんが言ったそれ以外のゲームはシナリオ重視型だった。


ここでエロゲについて若干の説明を加えておくと、エロゲはポルノメディアであるが、それと同時に、従来の本やアニメ、映画といったジャンルの、複合型とも言うべき特質を秘めたメディアである。


まあ単純に、パソコンで見る紙芝居なんだけどさ。しかしその紙芝居も、各々のメーカーがしのぎを削り、キャラを磨き、ストーリーを高め、音楽に拘り、声優が魅力的な演技をする。


だいたいにおいてエロゲなんてものは、フォーマット(形式)だけでいったら、もうこの十年近く変わっていない。紙芝居で、女の子と恋愛して、セックスする。で、ものによってはいい話があったりする。かと思えば、抜きゲーのように、エロスを追及するものもある。


つまり、わりと「何でもあり」なメディアなのだ。そこには純文学以上に文学的精神を希求するものもあれば、意固地なまでに、ミステリみたいな「ジャンル小説」の美学を追及するものもある。抜きゲーにしたって、製作者の飽くなきエロスを、職人的に追及するものも。


だから、そういう意味において、エロゲは批評の対象成り得るのだ。


これは、単にオタクの慰みものにしておくには、もったいないと僕は思っている。「ものによっては」という留保を付けなくてはならないが、それでも、エロゲという新しい分野に、才能ある、才気あふれる若い才能が九十年代から、世紀をまたいで、続々と集結し、ひとつの花を咲かせた事実は、恐らく誰にも否定出来ないだろう――熱を熱と感じられるだけの感受性があるのならば。


まあ、現在において、その物語の紡ぎ手や、絵の描き手は、キャリアを積むとともに、エロゲを離れる傾向にあるのも事実だけど……どのゲーム制作環境もそうだけど、とくにエロゲ制作は、しーちゃんが言ったように、自主制作映画の環境と似通っているので、厳しいことは厳しい。自転車操業が当たり前な会社って何?


……と、エロゲについては大体こんな説明でいいかな、って思う。「僕は」可能性がある分野だと思う。大雪もそう思っている。確かに、旧態依然というか、そこにあるものは、ディレッタント的な、過去の遺産食いつぶしというか、すでに出来上がった偉大なるフォーマットを順守しているだけではないか、という批判は、ごくまっとうだ。


しかし、それでもまだ、エロゲには何かがあると思うのだ……


「お姉ちゃん、びっくりだよ。あのゆー君が、こういうえろてぃっく魔人になっているなんて」


「すごいいい方するね」


「んー、私の印象では、ゆー君はそういったものから遠いイメージがあったから……といっても、私たちが別れたときは、第二次性徴もはじまってなかったけど」


実ははじまっていて、しーちゃんに対する恋情を抱いておりました……とは言えない。


「嫌かい?」


僕はしーちゃんに聞いてみる。


「ゆー君が『嫌なオタク』になってたら嫌だったかな。でも、話してみて、ものがエロゲでも、本でも、ゆー君はまったく変わらない捉え方をしてたから、ああ、なるほど、って思って」


「嫌なオタク」というのは大体見当がつく。それは僕が嫌う人種でもある。

自分の愛を金で解決するような奴。自分の萌えを人様が聞いてもいないのに押し付ける奴。オタク文化の救済を、といいながら、結局は他文化の蔑視に繋がっている奴、もろもろ。あ、これオタクだけじゃないな……他の「マニア」全般に言えることだな……まあ、オタクのそれが、もっともみっともないってのは言えるけど。


それは嫌なオタクというより、下品な人間だ。ただまあ……


「僕は僕であることを崩さなかっただけだよ」


そう素直に言う。結局はそれだけの話なのだから。


ところがしーちゃんは、


「それが出来ない人がほとんどなんだよ。えらいえらい」


そう言って、僕の頭を撫でてくれる。子供のときと同じように。


「ねえしーちゃん、僕は未だに『弟』なんだなぁ」


払いのけることこそしないが、ちょっと憮然とした声色でしーちゃんに言う。


「んー、だって、さ」


しーちゃんは、にっこり笑っていう。


「ずっと、こうしたかったんだもん」


……うん。


僕だって、ずっとこうされたかった。

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