低身長女子の秘密事項
第一、背が低いっていうのは損だ。
友達の良いからかいの種になるし、可愛いな、って思った服もサイズが合わなくて着られないし。童顔の私には不幸すぎることに、サイズを一つ落とそうものなら女の子の服って、ずいぶん子供っぽくなってしまうんだもの。
この顔に、子供っぽい服なんて着られたものじゃない。明後日のデートに着ていく服のことを考えて、溜息をつきたくなった。今は制服だからいいけれど、私服姿で並ぶと、私たちの差はとても顕著に表れる。
ただでさえ、背の高い叶先輩とは釣り合っていないっていうのに、これ以上その差が広がったらって考えると……。
「ユキちゃん?」
無意識のうちにうつむいていた由紀は、上から降ってきた叶先輩の声に顔をあげた。
「先輩……」
「どうかした? なんか、元気ないみたいだ」
軽く載せられていた手が、ゆっくりと由紀の頭を撫でた。むずかる子供をあやすような、優しい手つき。由紀としては子供扱いをされているようであまり好きではなかった。何度もやめてほしいと言っているけれど、今のところ直される気配はない。
「………なんでも、ないです」
由紀は、呟いた自分の声が恨みがましいことに驚いた。学年の異なる先輩と二人きりでいられるのなんて、お昼休みの間くらいなのだ。その間くらい忘れたふりをしておけると思っていたのに。案外、一昨日言われてしまったことは響いているようだった。
あわててにっと口角をあげ、はしゃいだ風に歩き出す。
「ごめんなさい、ボーっとしちゃって。本当になんでもないですよ? えと、そろそろお昼ご飯、食べましょうか?歩きながらおしゃべりするの、楽しいですけどそろそろ時間無くなってしまいますし。そうだ、今日は久しぶりにちゃんとしたお弁当なんですよ! 朝早起きして作ったんです、味を見てもらえませんか? 結構、自信あるんですよ」
元気ですよ、いつも通りの私です、とアピールするために矢継ぎ早に紡いだ言葉は、受け取られることなく宙に浮かんでしまった。先輩がさっき立ち止ったその場所から動いていなかったからだ。
実際に置いて行ったのは由紀の方だが、なんだか置いて行かれてしまった気分がした。駆けて戻るのはしゃくだったので、わざと、時間をかけて元の場所まで戻った。
「から元気なのがばればれだよ、ユキちゃん。 妹みたいって言われたの、気にしてる?」
苦笑とため息を半分ずつ含んだ声が核心をつく。
何のことですか、とごまかそうとしたけれど、すっかり見破られているらしい。
「……ちょっとだけですけど」
観念して白状するものの、それも真実ではない。本当は、すっごく、すっごく気にしてる。
だけど、こればっかりは伝えて所でどうにもならない。だから、胸の内は明かさない。
「嘘。どう見えるかが気になって、手をつないでくれなくなるくらいには引っかかってるくせに」
「ばれちゃいましたか」
先輩との身長差はだいたい頭二つ分。手なんかつないじゃったら、傍目には仲のいい兄妹のように見えるんじゃないだろうか。
というか、せっかく隠してることを当てないでくださいよ、先輩。
先輩にかかっては、由紀のポーカーフェイスも形無しだ。
たまに、先輩の鋭さが嫌になる。やきもちとか、独占欲とか、そう言う、後ろ暗い気持ちは先輩には知られたくないのに。
というか、そろそろ首が疲れてきた。近い距離で話すときは完全に由紀が見上げる形になるので、結構つらい。ぐるぐると首を回していると、先輩が視線を合わせてきた。
「実は、それを解決できる案があるんだけど、どうかな」
そう言った先輩の瞳が、いたずらっ子のように輝く。
あれ、こういう顔をすると、意外と先輩も子供っぽい……なんて思っているうちに、どんな案なんですか、と聞く機会を逃してしまった。右腕を取られてぐっと引き寄せられる。あっという間に腕が組まれていた。
「あの、えっと、先輩、これは?」
「これならどこから見ても恋人同士。問題解決でしょ」
「いえ、そういうことじゃなくて、あのっ!」
「なーに?」
また、頭を撫でられた。しかも、絡んだ腕はそのままだ。ほとんど抱き合っているような状態になる。好きだよ、と伝えてくるような優しさのこもる触れ方が、すごく、くすぐったい。
また、子供扱いして。そういうことをするから妹みたい、といわれることが堪えるんだっていうのに、こんなときばかり鈍感な先輩が恨めしい。
「先輩の、バカ」
………恨めしいのだけど、今日に限ってはなんだかこれも悪くないような気がして、撫でられながら、頬が緩むのをこらえきれなかった。
突然、頭を撫でる手が止まって、ぴっちりとくっついていた体が離れた。あれ、と上を見上げると同時に、額にキスが落とされる。
先輩曰く、「安心しきったユキちゃんが可愛かったから」だそうで。
温かくて柔らかい感触が、唇が離れた後も刻印されたように離れない。
照れくさくて、火を噴きそうに顔が熱くて、でも、すごく嬉しい。
こんなふうに、大切に、大切に想ってくれるのなら、妹だろうがなんだろうが、どうだっていいか、と思えた。
この秘密は絶対に口でなんて言えないけれど、少しだけでいいから伝わってほしい。
そんな思いを込めながら、由紀は先輩の腕を抱きしめる力をそっと強めた。
まずはここまで読んで頂き、ありがとうございます。
たっぷりと甘さを堪能していただけたのではと思います!
また、この作品はそうじ たかひろ様、霧友 隆様主催の企画『もしかして:かわいい』参加作品です。
ドラスティックによろしく!