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裸の王様  作者: 蛇蝎
7/8

井の中の蛙大海を知らず

 さて、蛇蝎がこの裸の王様を書いている理由をご説明致しましょう。


 しかしその前に、注意喚起致します。



 このエピソードはそれ相当に尖っています。

 自ら猛毒滴る毒針へ指を近付けていると自覚して読み進めてください。





 良いですか?





















 良いですね。では進めて行きましょう。


 

 小生は日々、多くの作品を読ませていただいている。

 ハイファンタジー、SF、恋愛、ミステリー。

 無論、ホラーなども楽しみながら読み進めている。


 その中で、感想を書こうと思う作品には、ある共通点がある。

 それは、これまで述べてきた「裸の王様」の状態にある作者の作品だ。


 Xでも『#RTした人の作品を読みにいく』というタグを用いて、さまざまな作品を読むことが多い。


 まだ駆け出しの、初々しい作家。

 中堅となり、一次選考を突破した経験を持つ作家。

 すでに書籍化作品を世に出した作家。


 三者三様、それぞれが確かな輝きを放っている。


 だが同時に、

 その輝きの奥に、曇りを抱えた作品も少なくない。


 磨けば、もっと光る。

 一皮剥ければ、確実に化ける。

 勿体ない。


 そう思いながら感想欄を覗くと、そこに並んでいるのは、手放しの称賛ばかりだ。


 ここで、誤解のないように断っておく。


 小生は、褒めること自体を否定しない。

 また、気に入らないからといって全否定するような真似もしない。


 よく見かける、

 勝手に批評を名乗り、罵詈雑言を吐いて去っていく「自称批評家」。

 あれは批評ではない。

 ただの暴言であり、相手取る価値もない。


 小生は、あの側には立たぬよう努めている。


 しかし――だ。


 しっかりと作品を読み込んだ上での批評。

 読者視点から生まれる感想という名の疑問や質問。


 それに向き合うことは、

 作家として、作者としての義務ではないだろうか。


 以前述べた通り、

 書店に並ぶ文庫本に対し、どれほど疑問や違和感を抱いても、

 それを作者本人へ届けるには、ファンレターという遠回りな手段しかない。

 しかも編集部を経由し、多くは途中で握り潰される。


 だが、なろうやカクヨムといったWeb小説の世界では違う。

 読者は、感想という形で直接作者へ言葉を届けられる。


 この距離の近さこそが、

 Web小説最大の強みであるはずだ。


 ――にもかかわらず。


 称賛だけが積み重なり、

 疑問は黙殺され、

 理解できないのは異端者だと切り捨てられる。


 その結果、何が起きるのか。


 作者は、自分の立っている場所を見失う。


 小さな井戸の中で酔いしれ、

 限られた反響だけを「世界」だと錯覚し、

 外の海を知らぬまま、王様になる。


 それが、「井の中の蛙」だ。


 本人に悪意はない。

 むしろ努力しているのだろう。

 評価もされている。

 

 だが、その評価のどれぐらいが純粋に得られた評価なのだろうか?


 RT企画で得られた、営業の末に手に入れた『馴れ合い』『義務』のお星様ではないのか?

 


 この点については、前作『#RTした人の作品を読みに行く』でも詳しく述べているため、

 未読の方には、ぜひそちらも併せて読んでいただきたい。




 閑話休題(話を戻そう)




 井戸という王国に生きる王様ガエルは、

 やがて二つに分かれる。


 一つは、

 何度水面に叩き落とされようとも、

 壁をよじ登り、外を知ろうとする者。


 もう一つは、

 ぬるま湯で満たされた井戸を「世界」だと信じ、

 その居心地の良さに身を委ねる者。


 今後、伸びるのはどちらか。

 それは言うまでもない。


 だが現実は、そう単純ではない。


 外を目指した者の中にも、

 幾度目かの落下で力尽き、

 そのまま沈んでいく蛙がいる。


 筆を折り、

 小説の世界から去っていく人々だ。


 また、奇跡的に壁を越え、

 外の広大さ――

 どこまでも厳しく、果ての見えない海を前にして、

 恐怖に駆られ、再び井戸へと飛び込む蛙もいる。


 外は自由だ。

 だが同時に、冷酷でもある。


 誰も特別扱いしない。

 称賛は約束されない。

 数字は、保証してくれない。


 その現実を前にして、

 井戸の中の「王様」という立場が、

 どれほど甘く、心地よいものだったかを思い知るのだ。


 だからこそ、井戸に戻る。


 「ここには理解者がいる」

 「ここでは評価されていた」

 「外はおかしい」


 そう言い聞かせながら。


 だが、その瞬間から、

 成長は止まる。


 井戸は守ってくれるが、

 広げてはくれない。


 王様でいられる代わりに、

 泳ぐ力を失っていく。


 小生が危惧しているのは、

 この構造そのものだ。


 才能の有無ではない。

 努力の量でもない。


 「どこに身を置くか」

 「何を世界だと信じるか」


 その選択が、

 作家の未来を決定的に分けてしまう。


 井戸の中で王様として朽ちるか。

 海で名もなき一匹として、もがき続けるか。

 

 それは各々の抱く野望次第だろう。




 

 さて、小生はこの蛙達の中でも、井の中の王様ガエル。

 それも傲慢な王に出会ったので紹介する。


 

 一匹目は、小生の知り合いからのスクリーンショットからその経緯や、やり取りを拝見した物だ。


 その蛙は超ポジティブMAX元気を語る王様ガエル。

 

 「私の小説を面白くないと言う人。

 今のとこ三千人に一人の割合でいる。

 宇宙人を見ている気分だ。


 自身の感性とは真逆であり、異質。


 ポケモンの話をしている時に、いや私はプリキュアしか面白くない。って女の子が横から出てきた子供の頃を思い出す。

 とにかく、宇宙人である」



 このカエルは

 「自分の世界観が正しい」

 「否定する方がズレている」


 このような認識をお持ちのようだ。


 皆様は、これを読んで何を思うだろうか。


 「自信がある人だな」

 「前向きで素敵だ」

 「メンタルが強くて羨ましい」


 そう感じた方も、きっといるだろう。


 だが小生は、別のものを見てしまった。


 この発言の根底にあるのは、


 「自分の作品を面白くないと感じる感性は異常である」

 「少数派=間違い」

 「理解できない相手は、対話の対象ではない」


 という、極めて危険な認識だ。


 この王様ガエルは、

 否定された事実そのものを受け止めていない。


 作品が合わなかった、

 読者の嗜好と噛み合わなかった、

 期待したものと違った――


 そうしたごく自然な読書体験を、

 すべて「宇宙人」という言葉で処理している。



 これは、ただの遮断だ。


 しかも厄介なことに、

 この遮断は「ポジティブ」「前向き」「自信」という包装紙で包まれている。


 だから周囲は拍手する。


 「気にしないで!」

 「あなたの作品は面白い!」

 「分からない人がズレてるだけ!」


 こうして王様ガエルの井戸は、

 ますます温く、深く、閉じていく。


 ここで一つ、はっきりさせておきたい。


 作品がつまらない。合わないという感想は、

 攻撃でも否定でもない。


 ましてや、人格批判でもない。


 それはただの「相性」だ。


 ポケモンが好きな子供と、

 プリキュアが好きな子供が、

 同じ話題で盛り上がれないのは当たり前だ。


 だが、この王様ガエルは、

 その当たり前を受け入れない。



 「自分の話が通じない相手は異常」

 「分からない相手が間違っている」



 この思考回路は、

 批評を拒絶する以前に、

 読者という存在そのものを切り捨てている。


 読者は、理解者でなければならない。

 共感者でなければならない。

 称賛者でなければならない。


 それ以外は、宇宙人。


 ――これはもう、創作ではない。


 信仰だ。


 そして、信仰の王様は、

 自分が裸であることを、

 誰よりも強く恐れている。


 だからこそ、

 「分からない方がおかしい」という言葉にすがる。


 それは自信ではない。

 疑念を押し殺すための呪文だ。


 井戸の外に出れば、

 三千人に一人どころでは済まない。


 十人に一人。

 二人に一人。

 あるいは、全員。


 「合わない」

 「刺さらない」

 「よく分からない」


 そう言われる世界が、海だ。


 そこで初めて、

 作品は試される。


 そして作者は、

 王様ではいられなくなる。


 この王様ガエルが選んだのは、

 海ではない。


 井戸だ。


 称賛が保証された小さな世界で、

 裸のまま、王冠を被り続ける道。


 ――さて。


 これは、他人事だろうか?


 「自分は違う」と言い切れる人が、

 果たして、どれほどいるだろうか?




* * *



 

 二匹目の王様ガエルの話。

 これは小生が最近体験した出来事だ。


 独創的で完成度が高く心に刺さる面白い小説を書いているという高いプライドを持ったカエル。

 ネトコン一次通過、カクコン中間通過。

 実績としては、胸を張って良いものだろう。


 彼の感想欄を覗けば、並ぶのは称賛、称賛、また称賛。

 まさに小生がこれまで述べてきた「裸の王様の王国」が、そこには完成していた。


 だからこそ、である。



 そこで彼の作品に対して不思議に思うところを、感想欄で問いかけてみた。

 するとどういう事でしょう、このカエルは感想を削除し、なかったことにしたのです。


 その後ももう一度、感想を送ってみました。


 ご都合が悪かったのでしょうか?

 もう一度問いかけ内容をお送りしましょうか?と。


 

 答えは、再びの削除でした。

 返答も、対話の姿勢も無し。



 その後、件の王様ガエルはXでお気持ち表明をしていた。

 grokを使用したAIによる作品評価。

 9.7/10という世界的に見ても好成績を残している。

 例の長文感想の部分も好評で、どれだけその感想が役に立たないか的外れか。

 

 

 知人がそのポストにリプライを送った。

 AIは基本的に使用者に対し、好都合の事しか言わないだろうと。

 

 彼は即座にブロックされたという。

 


 その後、更にカエルはお気持ちを長々とポストされていました。


 「また件の感想に近いタイプの感想がきてて嫌になるなしんどいわと思いながら 過去にも何回かあったそういった無知による強固な偏見に満ちた相手と対話 知を説明しようとしても無駄だと実感したからやはり例のみたいに黙って対処するのが正しいよな」


 「にしても似たような境遇のタイプですごく共感したとか応援したくなったとか言う人がいる一方 その逆の反応を示す人間はなんなんだろうな違いは まあ性格や感受性の問題なんだろうか とりあえず後者は稀だからマシなんだけど悪意に当てられるようでしんどいわ」



 お気付きでしょうか?一匹目のカエルと二匹目のカエル、同じ感性をしているのです。

 使っている言葉は違えど、

 立っている場所は、まったく同じ。


 「分からない相手が悪い」

 「理解できない感性は異常」

 「批評は悪意」

 「対話は無意味」


 そして何より致命的なのは、


 説明していないにも関わらず、

 『説明しても無駄な相手』と断定していること。


 これは論理ではない。

 防衛反応だ。


 批評に向き合えなかった作者が、

 削除という手段で言論を遮断し、

 その後に被害者の位置へと移動する。


 典型的なパターンである。


 作者の対応は返答せずに感想削除。


 「無知」「偏見」「対話は無駄」「黙って対処が正解」

  自分に向けられた指摘を人格攻撃にすり替えたお気持ち表明。

 

 これはもう「議論できない人が、議論を悪意と再定義して逃げた」

 それだけの事になってしまったのだ。

 


 「知を説明しようとしても無駄だと実感した」


 実際は、説明せず、削除し、なのに「説明しても分からない相手」扱い。


 完全にロジックが破綻している。


 感想を消すこと自体は、作者の権利だ。

 不快な言葉を排除する自由もある。


 だが、問いたい。


 都合の悪い問いを消し続けた先に、

 何が残るのだろうか。


 称賛だけが濃縮された井戸。

 異物が排除された安全圏。

 疑問の届かない王国。


 そこに立つ王様は、

 本当に強いのだろうか。


 それとも――


 裸であることを、

 誰よりも理解しているからこそ、

 必死に目を逸らしているだけなのだろうか。


 王様ガエル達は言う。


 「対話は無駄だ」

 「分からない相手が悪い」

 「黙って対処するのが正解だ」



 だが、それは本当に正解なのか。


 それは、

 作品を守っているのか。

 それとも、

 王様自身の自尊心を守っているだけなのか。


 問いは、もう投げられている。


 あとは――

 それを消すか、

 受け取るか。


 選ぶのは、王様自身だ。



 お心当たりのあるカエルの王様。

 感想でもメッセージでもお待ちしていますよ。


 あなた方と違って、小生の対話のドアは常に開かれているのですから。

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