悪役冒険者の理想郷(プロローグ)
手慰みに書いた悪役主人公モノのプロローグ。
夜の森は魔物たちの領域だ。
しかし今宵の魔の森は静寂に包まれていた。
その奥深く、かつては都市があった廃墟と化した神殿の祭壇で、血と魔力の匂いが渦巻いていた。
薄暗い廃墟の中。全身に傷を負い、血を流し続けている男がそこには居た。
その男、ライアスは王国に名を轟かせるA級冒険者にして、さまざまな噂が絶えない悪党でもあった。
刈り上げられた黒髪、冷酷な目、鋭い剣、そして何よりもその残虐な性格。誰もが彼を恐れ、しかし悪のカリスマに惹かれて背後に付き従うものは少なくなかった。
「クソが」
ライアスが悪態を吐く。
突然魔の森に現れた黒竜という異変により深手を負わされた挙句、黒竜を撃退したものの手下とはぐれ、一人で廃墟の神殿に身を潜めることになるとは思いもしなかったであろう。
天然の黒竜などここ数十年は討伐はおろか、発見の報告すらされていない災害なのだからそれも当然であったが。
簡易な手当ては施したものの、血を流しすぎたライアスはよろめく。
ひび割れた祭壇にくずおれる様に背を預け、座り込んだ。
全身の傷は熱を持ち、されど流した血は体温を奪っていく。
(頭が割れる様にいてぇ)
更にガンガンと頭を金槌で殴られているかのような痛みにライアスは遂に気を失った。
そして今夜、ライアスの体内で更なる異変が起きていた。
彼の魂に、別の世界から来た「何か」が侵入しようとしていた。
『おれってライアスになってる!?』
それは、現代日本で死んだ青年・タカシの魂。
神を名乗る光によって、タカシはこの世界が自分が愛読していた小説『輝ける翼の英雄譚』の舞台であり、自分が物語の悪役ライアスに転生したと認識していた。
原作ではライアスは主人公レオンに断罪され、惨めに死ぬ運命だ。
『なんか傷だらけだし!今なら記憶喪失ってことでやり直したらなんとかならんか?いや、いけるいける!』
タカシはそれを変えるため、ライアスの体を乗っ取ろうとした。
しかし、事態は予想外の方向へ進んだ。
「ふん、虫けらのような魂が俺を乗っ取ろうだと?!」
怒りによって浮上したライアスの意識が、タカシの魂を捕らえた。
祭壇に描かれた魔法陣が赤く輝き、ライアスの目に異様な光が宿る。
「俺の魂を喰らうだと? ふざけるな!逆に喰ってやる!」
『待ってくれ、そんな、まだなにもーー』
タカシの魂はライアスの闇に飲み込まれた。
だが、その過程で、ライアスはタカシの記憶――『輝ける翼の英雄譚』の原作知識と現代の知識――を吸収した。
物語の結末、主人公レオンの弱点、隠された秘宝の場所、そしてこの世界の仕組み。すべてがライアスの手中に収まった。
「クソッタレの神々め。俺が死ぬ運命だと? ならば、その物語を書き換えてやろう!」
いつの間にか太陽が昇り日が廃墟に差していた。
(まるで夢を見たかのようだ)
しかし、あれだけ傷ついていた体には傷一つない。
そして確かに残る異界の知識。
思わずライアスは哄笑し、ひとしきり笑うと剣を手に廃墟を後にした。
誰も居なくなった薄暗い廃墟の中、祭壇に刻まれた魔法陣が淡く紅く光る。
そして、消えた。