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Stay Here  作者: 多手ててと
交渉

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07.資金繰り

牧場には大きな夢と希望があるけれど、そればかり見てられないのがバックボーンがない零細馬主の辛いところだ。


やはり昨年産まれたばかりの仔馬、グランフェリスを購入したのは無謀だったかもしれない。昨年、悠馬の資金繰りは急速に悪化した。だってグランフェリスがどんなに早く競馬場デビューしても購入してから丸2年かかることがわかっていた。


競走馬がレースに出るまでには段階がある。


まずは産まれてから、牧場で健やかに育つ。この期間が1年強ある。牧場によって違いがあるけど、最初の半年から10カ月頃まで母馬と一緒に育つ。そして0歳の秋になれば母親とは別れて、同じ年代の仔馬たちと一緒に育てられる。


どちらの期間も、基本的には食べて、放牧地を駆けまわって、夜になったら寝るを繰り返す。仔馬の群れの中で、ヒエラルキーができたりするけれどグランフェリスは一頭でいることが多いらしい。人と直接接するのは最低限で、健康管理や削蹄(蹄の手入れ)、ワクチン接種などに限られる。


馬房の掃除やエサの用意は、放牧中に牧場スタッフが行う。離乳後の仔馬は牧場で草を食べるだけではなくて、馬房で飼い葉も食べる。乾草かんそう やえん麦、豆類など配合飼料などでカロリーや栄養素を補う。


この食べて遊んで寝る生活が大切なのだと、人間だったら大人になった時に気が付くけれど、競争馬も案外同じではないだろうか?


そして馬によって成長の早い遅いがあるから一概には言えないけど、およそ1歳の夏頃から馴致じゅんち が始まる。馬が人間の指示を受け入れ、管理され扱えるようにするための基礎教育のことで。まさに今グランフェリスが牧場で受けているものだ。


牧場で馬具を付けたり、引き馬(人が馬を引いて歩かせる)をしたり、運動をして基礎体力を養ったりする。


さて問題です。この期間に発生する費用は誰が負担するでしょうか? ごく当たり前の答えで申し訳ないのだけど、すべてその馬の持ち主が負担します。まだ売れていなければ牧場だけど、売却済であれば馬主の負担。


牧場への預託料、獣医の診察費、装蹄・削蹄費、保険料などが必要になる。 もっともこれはこの時期だけではなくて、引退後も亡くなるまでずっと費用が必要になる。


功労馬であれば競走馬や種牡馬、繁殖牝馬としての役割を終えた後でも、馬主や牧場が亡くなるまで大切に保護してくれる。だがそうでない馬にはあまり明るい未来はない。


ごく一部の幸運な馬は「引退馬支援NPO」や「乗馬クラブ」、あるいは「セラピーホース」などのセカンドキャリアを得ることができるがそれはごく一部。 そうなれない場合、つまり薬殺されたり馬肉にされたりする方が多いのが悲しい現実だ。


さらに言えば競馬場で走ることすらできずに短い生涯を終える馬もいるし、将来を嘱望しょくぼうされる有力馬でも、ちょっとしたケガから競走馬生命を絶たれることがある。そして最悪の場合はケガや病気で生命そのものを喪うことだってあり得る。


その儚さが競馬の魅力のひとつでもある、そう言える人が羨ましい。悠馬はそこまで割り切れない。


悠馬がピンフッカーの地位に甘んじているのは、競走馬の最期という悲しい現実に触れたくないから。そういう側面もあるかもしれないと思った。ピンフッカーなら売り渡した後は口の出しようがないから仕方がないと割り切ることができる。


そしてだいたい2歳の春あたりに調教師に預けられ、本格的にレースに出るためのトレーニングを受ける。調教師に預けられることを入厩にゅうきゅうと呼ぶ。これは馴致よりも早い遅いの幅が大きい。


中央競馬だと早期特定登録で、2歳になる前に入厩する馬もいる。ホッカイドウ競馬も2歳の新馬戦が他よりも早く始まるけれど、それでもまあ2歳の春ぐらいが普通。もちろん成長の遅い馬は3歳にデビューするので入厩も遅れることがある。


そして当然ながら入厩してからもお金がかかる。まず入厩するだけで50万円。地方競馬だとだいたいどこでもこれくらい。中央だともっと高いと思うかもしれないが、実は中央の方が登録料は無い。


入厩してからは今度は厩舎への預託費用が毎月必要になる。診察や装蹄などは引き続きもちろん必要。レースに出るなら登録料も必要。あとは輸送費用も必要になる。


ホッカイドウ競馬なら競馬場と厩舎やトレセンは隣接しているので馬運車すら不要。休養などで放牧する場合でも門別競馬場は馬産地にある。牧場によって距離は違うけれど、基本的には馬運車を使ってでそう遠くない移動で済む。当然のことだけど、牧場に預けた場合は牧場への預託費用が発生する。


でもこれが地方で唯一芝コースがある盛岡へ、あるいは賞金額の大きな南関東へ、さらには芝のレースが多い中央へと遠征するとなると当然フェリー代も必要になってくる。


そしてまさかレース前日に馬を長距離輸送するわけには行かないので、可能であれば1週間前には送り届けたい。そうするとそこで滞在費が発生する。


そして当然ながら移動する必要があるのは馬だけではない。


遠征する場合、騎手や調教師にも来てもらわないと競走馬は走ることができない。だからこれらの関係者の遠征費用も馬主負担になる。


遠征できるような馬を所有できるのは素晴らしいことなので、ある意味嬉しい悲鳴ではある。本当ならばまだ入厩すらしていない1歳馬の段階で皮算用を弾いている場合ではないのだけれど、それはお金に余裕のある馬主ができること。


もしあの時遠征するためのお金が手元にあれば良かったのにね。後から振り返ったらあのタイミングが分岐点だったよね。そういう事態にならないようにあらかじめ予備費を用意しておかなければならないのが零細馬主、悠馬のシビアな現実だ。


遠征を考えるもう一つの理由はホッカイドウ競馬ならではの問題もある。他の競馬場と違ってホッカイドウ競馬の年間の最終レースは11月半ばにある。そこから4月の半ばに開催されるまで、つまり冬期は積雪のためホッカイドウ競馬は閉鎖される。


この期間、競走馬は遠征するか放牧するかのどちらか。グランフェリスが悠馬の期待するように成長した場合、この期間に遊ばせておくのは余りにももったいない。そうするとどこかに遠征しなければ走るところが無い。


でも馬主はまだ気楽だよね。持ち馬が全部放牧されてしまうと調教師にはお金が入ってこない。騎手の場合は他地区へと出稼ぎに行かないと収入がない。


これはホッカイドウ競馬独特の制約だ。盛岡競馬場も開催がない期間があるけど、その期間は水沢で開催される。


自然には勝てないので仕方がないことだけど。

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