27.道央自動車道:苫小牧中央~札幌南(2)
『それは私からも是非お願いシタイデス。私もグランフェリスのファンなので、ゼンリョクの彼女が、JRAで走るところが見たいデス』
皆が私の方を見た。私の後押しに意味があるかはわからない。だが少なくともこの人は私が雪島ファームにも何度か足を運んでおり、社長とも話をしていることを知っているはずだ。買収の対象ではなくて、戦略的なパートナーとしてお話をさせて頂いた。
雪島ファームは我が家の生産馬、特に繁殖牝馬の大手顧客だし、我が家のオーストラリアにある牧場の種馬をレンタルしたりしている。彼らは日本という巨大なマーケットの巨人だし、我が家は国際的なネットワークを持っている。だから両者は20年以上前から提携していて、今回の我が家の日本進出にも協力してくれている。
『そうですか……私どもとしましても自分の生産馬が活躍するのはとても嬉しいことです。牧場に戻ったら上司に相談します』
その場の雰囲気が少し緩んだ気がした。
『和田さんもソフィアさんもありがとうございます』
『いえ、まだご期待に沿えるかはわからないので』
スタッフはそう言うが、私はただ笑顔だけを彼に返した。
なぜ私がグランフェリスに、というか彼に肩入れするのかをまだ誰も気が付いていないと思う。気が付いているとするとマリコだけど彼女は何も言わないだろう。
私自身、以前から彼に好意を持っているのではないかという疑問はあったけれど、確信したのはつい最近、他ならぬグランフェリスがサンライズカップを優勝した時だ。私もサンライズカップを見に行った。彼はなかなな馬主席に来なかったので、別の所で観戦しているのだと思っていたが、勝利の後に幼い少年を肩車していたので、やはり来ていたのがわかった。
それを見て私は絶望した。ああ、彼には子どもがいるのだ。当然結婚しているのだろう。その絶望感が私の恋心が本物だということを確信させたのはなんと悲運なのだろう。
『あれは紗季ちゃんの子だな』
だが周囲の声を聞いて私は真実を知り、ウィナーズサークルでそれを確認した。先ほどの祝勝会には旦那さんも来ていたので間違いない。
祝勝会と言えば、サキさんではなくそのお父さんが最後の挨拶をしていた。途中から子どもたちの活躍に感極まったのか泣き始め、言葉が出なくなったからだろう、最後はかなり唐突に、『グランフェリスに乾杯』、と叫んで終わらせていた。
ホースマンとして過ごした彼に私は敬意を抱く。Horsemanは英語や米語では「馬術家・馬の扱いに熟練した人」を指す。 日本語では競馬関係者全体に使うらしいのでその違いには少し違和感がある。でも英語や米語でも、少し詩的だけど「生涯を馬に捧げた人」という意味合いで使うこともある。だから彼は間違いなく"The Horseman"だ。私もそうなれるだろうか?
いずれにせよそれは一生の課題なので、私には先にするべきことがある。それはもちろん彼のことだ。これは絶対に早いうちにお母様に相談しておいた方がいいだろう。そうすればお父様にも伝わるはず。
両親は私の悩み、つまり性的な意味で誰も愛せないのではないか、ということを知っている。一方で我が家には「当主の娘の息子も爵位に継ぐ権利を持つ」という特許状まであるのに伯爵家を断絶させることも望まないだろう。
だからイングランドの貴族の子弟の次男以下を婿に迎え、義務的な結婚を私に強制させる。それが既定路線なのだろうけれど、お父様だってこの現代社会で私に結婚を無理強いするのは本意ではないはず。まだ相手は決まっていないはずなので早めに布石を打つべきだ。
そしてもうひとつ、むしろこちらの方が重要なのが彼自身へのアプローチだ。ただし名誉あるカヴェンディッシュ伯爵家の跡取り娘としての節度を逸脱するわけにはいかない。
祝勝会の中でも彼と話をしたけれど踏み込んだことは話せない。せいぜい馬の話で盛り上がることができた。
『春になれば、グランフェリスはどのレースをハしらせたいデすか?』
『これは皮算用、つまり何もかも上手く行けばの話なんですけれど、オークスに出したいと思っています』
"The Oaks Stakes"はダービーと同じく本家は我がイングランド。でも各国にその名前を冠するレースがある。もちろん日本にもあるのでそちらだろう。距離は本家よりも20mだけ短い2400mで、牝馬限定のレースとしては日本では最長。グランフェリスにはぴったりだろう。
私の言葉に彼はうなずいた。
『だから最近クラッシック登録をしたんです。事前に登録しておかないと追加登録は高額です。今月下旬締め切りの第1回登録は1万円だけですし、デビュー前の馬も、地方馬でも登録できます』
私も「グレイスフルウェイ」 を登録したから日本の制度についても知っている。だからその後、英日のクラッシック登録の違いについて話ができた。
イギリスの場合最初のクラッシック登録は1歳だから、かなり早めの見極めが必要になる。もちろん追加もできるけれど、初回登録が2歳の10月にある日本の方がまだ申し込み易いと思う。
『へえ。イギリスだとレースごとに登録が必要なんですね。日本の場合1万円ですべてのレースに登録できます。だから僕は5つ全部のレースに登録しました』
それが合理的だと思う、と私は返事をした。
一般にクラッシック競走と呼ばれる5大競走は、皐月賞、日本ダービー、菊花賞、そして牝馬限定の桜花賞とオークスのこと。秋華賞は牝馬三冠だけどクラッシック競走ではない。イングランドには秋華賞にあたるレースがなく、三冠目は牡馬と同じセントレジャーだ。
『でも例年の登録簿を見ると1レースしか登録していない馬も多いんです。例えば皐月賞だけとか。不思議ですよね』
私も同じことを思いました、適正距離の問題かもしれませんが確かに不思議です。そう返した。
ともかくマリコを含む3人で話したのはその程度。親睦は多少深まったけれど、それ以上の進展が望めない。私だってこれが初恋だし、似たような境遇の友人に相談するべきだろう。
そうだ、彼へのアプローチについてもお母様への相談事項にしよう。その方がお母様も安心するに違いない。この時間実家はまだ朝が早い。ホテルについて夜になったら、早速母に相談することにしよう。
毎年年末、年度末になると忙しくなるのですが、今年もいろいろと予定が埋まってきました。今後しばらくごたつくので……おそらく5月あたりまで更新がかなり不安定になると思います。
申し訳ありません。




