26.道央自動車道:苫小牧中央~札幌南(1)
「とても有意義な祝勝会だったわ」
「それは良かったです」
マリコはハンドルを握っていても、答えはいつものようにシンプルだ。私はそれを気に入っている。でも疑問はある。
マリコは本当にアメリカ人なのだろうか? 元警官だというのは知っているが、それにしても感情の起伏が少ないような気がする。やはり日本にもルーツがあるから? どちらにしてもこんなステレオタイプな考え方は良くないだろう。
課題は残るけれど、今日はいろいろとうまくできたと思う。
サキへのプレゼントも喜んでもらえた。私が贈ったのは幸運のシンボル蹄鉄。もちろん騎手に普通の蹄鉄は贈らない。グランフェリスの曽祖父、母母父が実際にレースで付けていた物だ。"The Fortune Stream" 、セントレジャーとキングジョージ6世&クイーンエリザベス(KGVI & QES )を制し、凱旋門賞でも2着に入った。
私がそれを持っているのはフォーチュンストリームの所有者が祖父だったからだ。我が家の牧場で産まれ育った。
その話をするとサキはもちろん、他の参加者たちも喜んでくれた。残念ながらフォーチュンは種牡馬としては活躍することができず日本に売られ、その日本でも産駒の成績が芳しくなかったのであまり子孫がおらず、父系は途絶えたと聞く。だがこうやってグランフェリスに繋がっている。グランフェリスが欧州の芝向けのステイヤーなのは、フォーチュンの血なのかもしれない。
ところで日本だと馬の名前にカタカナ9文字までしか使えないのは厳しすぎると思う。世界標準だとスペースなども含めて18文字使える。
「次のレースでグランフェリスは勝てるかしら?」
「さあ? それがわかったら私は、ここで車を運転していないと思います」
私は少し笑った。
「そうよね」
サキもお兄さんも、以前に中央の芝のレースに遠征したことはあるが惨敗したという。その時の反省がどこまで活かせるか? また逆に委縮しないかがポイントだと思う。
それにしても私は彼を少し見直した。彼は私が想定していた以上に物事を計画的に考えている。祝勝会、報道陣が去った後の歓談中、彼が雪島ファームのスタッフにこう尋ねたのだ。
『和田さん、東スポ2歳の後のローテーションについてご相談があるんです』
『えっ、私にですか?』
『はい、もしグランフェリスが東スポ2歳で惨敗した場合、中央遠征は諦めないといけないと思います』
スタッフは黙っていた。グランフェリスがダートで走り続けるのは勿体ない。私はそう思うけれど、私が割り込むべきところではない。なお私はすべてを聞き取れたわけではないので、後でマリコに補足してもらった。
『そして、幸運に恵まれて2着までに入れた場合、ホープフルステークスに出れるので、そのまま本州に留まりたいです』
東スポ2歳Sは、2歳GⅠのひとつ、ホープフルステークスのステップレースに位置付けられており、2着以内の競走馬は出走権を得る。私は彼が遠征するというレースを、メールを確認する振りをして調べた。
『そして、3着から7着ぐらいまでだった場合、次は年明けの京成杯にチャレンジしてそこでもう一度判断するつもりです。この場合も本州に残るつもりです』
サキもそのお兄さんも口を挟まなかったので、あらかじめ3人で決めていたのだろう。
『妥当なお考えだと思います』
冬期、ホッカイドウ競馬のシーズンが終わると門別のトレセンも休業する。頻繁に長距離輸送するのは馬の負担になるし、そもそも戻っても調教できないのであれば意味が無い。
『その時のために、雪島さんの系列の牧場や外厩を使わせて頂けませんか? もちろん費用はお支払いします』
外厩とは中央競馬や地方競馬と独立した民間の調教施設のことで、私も見学させてもらったから知っている。普通は中央競馬に所属する競走馬が、トレセンでは行えない、細やかな調教、場合によっては休養や育成も可能になっている。だが端的に言うと、有力馬主と有力調教師が有力馬に恵まれた時にここぞという時に使う、短期的な調整に特化した施設だと認識している。
だが、私にはむしろ日本の中央競馬の内厩 制度がむしろ異様に思える。中央競馬の場合、美浦と栗東の2か所のトレセンでまとまって管理・調教されている。トレセンに入厩した馬の中のごく一部が、何等かの理由で設備の充実した外厩で特訓を受ける。そして地方競馬もそれぞれにトレセンがあってそこで調教される。
祝勝会にいる日本人は全員が競馬の専門家で、全員がそれを当たり前だと思っている。例外は私ただひとり。マリコは私のために働いてくれていて、普段は顔にも口にも出さないけれど、夫のギャンブルが原因で離婚しているからギャンブル自体が嫌いなはず。
イングランドを始め欧州では、牧場でそのまま調教することが多い。私の家の牧場には、日本のトレセンにあるようなコースや坂路、プールなどの施設が揃っている。競走馬は牧場から直接レースに出かけ、レースを終えると牧場に帰って来る。
アメリカの場合、調教は主に競馬場の周辺で行うので日本の地方競馬と近い。
『なるほど、でも私はあくまで生産(牧場)部門の担当者なので……話はしてみますが』
雪島ファームは北海道に広大な牧場を持っているが、短期放牧用の牧場と外厩を関東関西に持っている。だが大きな組織なので権限も別れているのだろう。これはちょっといい機会かもしれない。




