25.サンライズカップ(4)
「やはり次戦はJBC2歳優駿でしょうか?」
サンライズカップの勝利馬はJBC2歳に普通は出場できる。自動的に優先出走権が与えられるわけではないけれど、指定競走の成績として重視されるという仕組みだ。JBC2歳の開催競馬場は本来持ち回りだけど、前身のレースが北海道2歳優駿だから、当面は門別で行われることになっている。
距離も1800mだからサンライズカップと同じ。グレードはJpnⅢで優勝賞金が3500万円もある。走り慣れたいわばホーム競馬場でグレードも賞金も高いレース。だから普通はここを狙う。
「いや次戦は中央に遠征して、東京スポーツ杯2歳を狙います」
通称「東スポ2歳」東京競馬場、芝1800m、グレードは近年GIIに上がった。悠馬がそう言うと小さな部屋にどよめきが起きた。他の人たちも会話を止めてこちらを注目している。この話を知っているはずの高梨兄妹もこちらを見ている。
グランフェリスはフレッシュチャレンジを勝っているので中央で走るために必要なJRAの認定馬の資格がある。そしてサンライズカップを勝ったから、2つある地方枠に潜り込める可能性は高い。このレースには例年あまり地方所属馬が出ていないというのもある。このレースに限らず、地方馬が中央に遠征すること自体が少ない。そして勝った馬になると数える程しかいない。
地方所属のまま中央競馬のGⅠを勝ったのはこれまでの歴史で「水沢の英雄」ただ1頭しかいない。GⅡでもわずか3頭。そのうち1頭はホッカイドウ競馬所属のまま海外GⅠを獲り、今なお「道営史上最強馬 」と呼ばれている。そしてこれらの4頭はすべて牡馬だ。
東スポ2歳はGⅡ、グランフェリスがもし勝てばそれは伝説的な4頭に次ぐということであり、しかも牝馬としては初めてということになる。
さすがにGⅢになると勝利数も増える。ダート馬が多いけれどクラッシック戦線で走った馬もいるが、やはり少ないと言わざるを得ないだろう。
昔は今よりも地方所属馬が中央で走るためのハードルが高かったことが理由のひとつとして挙げられる。先述の「道営のエース」もクラッシックに出るにはいずれかのトライアル競走で勝つ、あるいは許される場合は2位に入って、優先出走権を獲得する必要があった。そのトライアル競走に出走するためにも条件を満たす必要があった。
もっと前の時代だと「葦毛の怪物」 は笠松から中央に転厩してその後暴れまわったけれど、クラッシック競走に出ることが許されなかった。それを考えると時代とともに緩くなってはいる。それなのになぜ今日、地方馬は中央に遠征しないのか?
当たり前だけど、強い馬が地方所属のままだと勿体ないからだ。
他の業態と同じく競馬も高度情報化の波を受け、素質馬は早期にスカウトされ中央の馬主に売却されることが多くなった。牧場だって素質馬は高値で、つまり中央の馬主に売りたいのは当たり前。
そして馬主の多様化も挙げられる。昔のような金持ちの道楽という側面はもちろんあるけれど、馬主クラブの運営会社などもいる。彼らは一口馬主に出資してもらい、そして満足してもらわないといけない。だからクラブは回収率を重視するプロフェッショナルな馬主だと言える。
彼らは顧客にロマンを口にするけれど、彼ら自身がやっていることはビジネス。もちろん悠馬に彼らを批判する気はないし、その資格もない。
グランフェリスがこのまま大成功を収めたとしても、本業の収入の少ない悠馬はピンフッカー以外の立場で競馬に携わることは今後もほぼないだろう。将来含めてグランフェリスが唯一の例外になるのではないだろうか。そしてピンフッカーの悠馬は値段が折り合えば、喜んで彼らに自分が見つけた馬を売るだろう。
……もしかしたら、グランフェリスの活躍次第で悠馬自身がその方面の会社からスカウトされるかもしれない? そのことに今気が付いたけれど、もし本当にスカウトされたらそれはそれで面白い気もする。でも今の段階で、そんなことを考えても仕方がないだろう。
地方馬の件に話を戻す。グランフェリスの故郷、雪島ファームを例に挙げる。あそこは自前のクラブがあって、有望馬を囲い込んでいる。もし悠馬が生後2週間のグランフェリスを買わなかったらどうなったかを考えれば良い。悠馬のように血統書でなく、馬体や歩様を見て判断する人間は稀だ。
とは言え、生後半年もすれば気性や賢さ、骨格のバランスがはっきりするだろう。馴致が始まれば調教動画の分析もするだろうし、スタッフがその気になればX線や内視鏡で体を確認することもできる。遅かれ早かれどこかのタイミングでグランフェリスの素質に気が付くはずだ。
そうなれば有力者に売るか自前のクラブの馬にするだろう。今から振り返ってみれば、あのタイミングを逃せば、悠馬がこれだけの能力を持つグランフェリスを買うことはできなかった……かもしれない。長距離に強い牝馬なんて競走馬としても繫殖牝馬としても需要がないから、案外1歳、2歳になっても売れ残っていたかもしれない。
そして昔よりも地方から中央への転厩が「昔に比べて」容易になったことも挙げられる。
今は地方競馬にJRA認定競争もあり、地方で活躍した馬は中央に転厩しやすくなった。他ならぬ悠馬自身がピンフッカーとしてそういう馬を中央競馬に転売している。回収率重視の馬主は、地方馬を中央に転厩させ、また地方に戻すことだってよくある。
整理しよう。
注目度が高い馬、特に血統の良い馬は産まれる前から馬主が目を付けている。それは極端だとしても、素質のある馬を早期選別しやすくなったのは間違いない。そして地方でデビューしても強ければ中央に転厩するのが合理的だし、逆に中央から地方に転厩することも当たり前。昔のように「都落ち」などと揶揄されることもあまりない。
特殊な理由が無い限り、地方所属のままである理由が減った。ハードルが低くなったと言っても地方馬が中央で走る出走枠は限定されている。だからより合理的な考え方をする時代だ。
その特殊な例、それが零細馬主の悠馬に買われてしまったグランフェリスだった。




