22.サンライズカップ(1)
2か月という時間は長いようで、仕事がちょっと忙しくなるとあっという間に通り過ぎていってしまう。
悠馬は持ち馬を売ってグランフェリスの遠征のための準備をした。これで2歳馬はグランフェリスだけになった。仕事の合間にそんなことをしていると、牧場巡りをするどころか、里帰り中のグランフェリスに会いに雪島ファームに行くことすらできなかった。
フローラルカップのタイムが例年より遅いのをネットで知り、このレースに出たら勝てたかもしれない、いやそんな甘いもんじゃない、などと意味のないことを考えるぐらいだった。
そして気が付いたらサンライズカップの当日になってしまった。サンライズカップは重賞、それもH1、当然ながらメインレースで発走は20時半。定時で上がっても間に合う時刻だ。
だがその日、悠馬は会社を早退して門別に向かった。なぜかというと紗季さんのお母さんと息子さんを競馬場に連れて行くお役を仰せつかっているからだ。北海道日高町では保育園は18時で終了する。町役場が閉庁するのは17時15分、その後すぐに帰れるわけがない。だからどちらかのお婆ちゃんが迎えに行き、その後旦那さんが母親か義母の家に迎えに行くのが沢井家のルーチンだと聞いている。
紗季さんと旦那さんは中学の同級生なので、そういうことができる。
でも今日は旦那さんの仕事が遅くなるので、悠馬がお婆ちゃんとお孫さんをピックアップして門別競馬場へと連れて行くことになった。お母さんのカッコイイところを見てもらおうというわけだ。
何度も言うがH1はホッカイドウ競馬の頂点。悠馬だけでなく、紗季さんもまだ勝ったことが無い。信義さんは、もしかしたらお父さんの助手だった頃に勝ったことがあるかもしれないが多分ない。
そもそもホッカイドウ競馬には重賞が1年間に22レースしかない。H1が5つ、H2が5つ、H3が8つ。それに加えて地方交流のJpnⅢが4つ。本当なら出れるだけでものすごいことだ。
なぜグランフェリスがこんなに簡単に18レースしかない重賞に連続に、しかもたった5つしかないH1に出れるのか? それはホッカイドウ競馬は2歳の重賞に力を入れているからだ。
5つのH1の内容を見たらわかるだろう。
2歳短距離:ネクストスター門別
2歳中距離:サンライズカップ
3歳中距離:北海優駿
3歳以上短距離:道営スプリント
3歳以上中距離:道営記念
これを見れば強い古馬は移籍するか遠征するかはともかく、北海道から出る必要があるのがわかってもらえるだろう。
悠馬がグランフェリスを手放すことはないので、彼女は他地域に移籍することができない。そうなると遠征するしかない。このサンライズカップで勝って、堂々と道外に遠征するのが王道ルートとなっている。
だから今日勝たないと、彼女が本来走るべき芝の長距離レースに出ることは少なくとも半年、長ければ2年遅れてしまう。競走馬にとってそれは致命的だ。今日はそんなグランフェリスと、彼女に一点賭けしている悠馬の運命がかかった日だ。
悠馬が紗季さんのお母さんと息子さんを連れて門別競馬場に着いたのは発走の40分前、もうパドックが始まるはず。もっと早く着くこともできたのだけれど、高齢者と幼子を早くに競馬場に連れて行くのは躊躇われたので、高梨兄妹の実家(?)で時間調整したからだ。
今日はH1だから観客だって普段よりも多い。先ほどまで後部座席で祖母と孫がのぞき込んでいたタブレットにも、地元タレントが予想対決している公式動画が流れていた。そのお祭りの主役の一頭が悠馬の持ち馬のグランフェリス。これは素晴らしいことだ。
なお兄妹の「実家(?)」なのは、調教師の代替わりをした時に、ご両親の方がトレセン内の住居を出たから。兄妹がご両親の家を実家だと思っているのか? その感覚は今も親元で暮らしている悠馬にはわからない。
高齢者と幼児の足に合わせてゆっくり歩いたから、悠馬たちがパドックに着くともうぐるぐるしていた。グランフェリスのゼッケン番号は2。大逃げするにはとても良いところ。前走、ブリーダーズゴールドジュニアカップは外枠だったから、今回は出走前からついてる。
よしよしいい感じ。欲目が入っているとは思うけれど、グランフェリスは落ち着いているし、短期放牧がよかったのか少し体つきも大きくなっている気がする。逆に言えばこれで負けたらしばらく芝に行くルートが見当たらない。
「競馬場にはよく来られるんですか?」
しばらくパドックを無言で眺めていたことに気が付いたので、悠馬は高梨祖母(兄妹の母)に話しかけた
「いや、私はあまり来ないです。主人も子どもたちも競馬に取られてしまいましたから」
たしかにこの老婦人の夫も息子も娘もホッカイドウ競馬にどっぷりつかっている、あるいはいた。
調教師としてどっぷりつかっていた旦那さんが競馬場に来たがらないのは、恥ずかしいからだと聞いた。まだ現役時代の知り合いも多いし、何よりも息子が調教し娘が騎乗していることがとても恥ずかしいのだという。その感覚も悠馬には理解できない。素直に応援すればいいのに。
「あのね」
その時悠馬の足元から声がしてズボンを引かれた。今はおばあちゃんと手を繋いでいる紗季さんの息子さんだ。悠馬はしゃがんでもうすぐ5歳になる少年の応対をする。
「どうかしたの?」
「ねむくなった」
ああ、確かに保育園児にはそれが当たり前かもしれない。これからレースだけど、どうしようか。




