21.反省会(2)
繰り返すけれど大逃げは本当に難しい。そして一般的に大逃げは奇襲とされている。実際これまで大逃げが決まったレースの動画を見ればその希少さがわかるだろう。
大逃げはレースのペースを支配できなければ勝てない。主導権を握って他の馬のペースを乱し、他の騎手の思惑を壊し、ただ一頭で先頭に立ち続けることで自分だけが己のリズムを守る。それができて初めて勝てる。
だから使われることがあったとしてもそれは奇襲、一回限りのことも多い。
だから最初の1勝はできるかもしれない。でも2回目以降、他の陣営は絶対に対策をしてくる。マークされたり、レース全体のペースが上がったり、大逃げ馬を潰す方法はいくつもあって苦しくなってしまう。
そもそも他に逃げ馬がいたら苦しい。素直に先に行かせてくれたらいいけれど、先頭争いにてこずるようだとその後が苦しくなる。
だが大逃げが、たった一度しか使えない切り札なのだとしても、それを使うのは次のレースだ。とにかくこのホッカイドウ競馬で勝たないと何も始まらない。
「紗季、できるか?」
意外なことに高梨調教師は前向きのようだ。少なくとも次走では試してみようと思ってくれている。やはり考えたことがあるってことだ。
「もちろんできるわよ。でも少し時間が必要ね。私にもあの子にも」
大逃げする馬は少ない。だから当たり前だけど練習と調教が必要になる。
騎手も後方との距離感が大切だし、馬だってこれまでと違うやり方に慣れないといけない。そもそも大逃げ自体のリスクが高いわけで、できる限りそれを減らしたい。
「忙しい競馬になるだろうから、フローラルカップは回避した方がいいかもしれないね」
悠馬はグランフェリスの次のレースを9月のフローラルカップを考えていた。1600mと今回より距離は100m短くなってしまうけれど、牝馬限定の重賞なので普通に考えると勝ち目があるのではないかと思う。
「そうすると次はサンライズカップですか?」
サンライズカップは1800m。距離は伸びるのは嬉しいけれど、フローラルカップより200m、今日のブリーダーズゴールドジュニアカップ に比べたらたった100mしか長くならない。そしてフローラルカップと違って当然牡馬も出て来る。
もうひとつ違うのはフローラルカップはH3で優勝賞金は400万円なのに比べ、サンライズカップはH1、ホッカイドウ競馬で最高峰に位置付けられたレースで賞金も1000万円。他の地域からの参戦も……遠征するには早すぎる時期だけれど、無いとは言えない。
「マイルは随分短く思えますけど、千八 でもそんなに長く感じないですね」
「でも違うよ。100m違うと競馬は別物だよ。それに今日のレースだって捕まってから足が鈍らなかったから3着に入れた。逃げて粘れるんだからまだ強くなれると思う」
いつも慎重な高梨先生から、随分前向きな言葉が聞けるのはとても嬉しい。負けた直後だけど、今後の伸びしろがまだあると考えてくれているのがわかる。
「まだ2か月ぐらいあるから、一度放牧に出してリラックスさせてから調教しよう。入厩してからはまだ牧場に戻ってないしね。その方が馬体の成長も見込めるしね。戻ってきたら坂路で脚を作り直そう」
2歳のこの時期に放牧される馬なんてほとんどいないだろう。でも門別は他の競馬場と比べると、牧場が段違いに近いからそれができる。
悠馬は夜中の縦貫道を札幌に戻りながらグランフェリスの事を考えた。
ポジティブに考えると、「特別」から急に切り替えた「重賞」でも3着に入れた。元の予定どおりだったら勝てたんじゃない? もちろんそんなことは誰にもわからないのだけど。
2か月後のサンライズカップ。H1だから今日よりもレースのレベルが上がるのは当たり前。明日の新馬戦で彗星のようにデビューする有力馬だっているかもしれない。
だが、だからこそ、勝ちたい。勝たせたい。勝っておきたい。大逃げというバクチを打ってでも勝たなければならない。
でも悠馬の本心は少し違う。次のサンライズカップだけグランフェリスを大逃げさせたいわけでは無い。今後グランフェリスは常に馬群をちぎって先頭を走り続けるような馬になれるのではないか、実はそう思っている。他に有力な逃げ馬がいた場合でも、相手をねじ伏せて先頭を走り続けることができるのではないだろうか。
これはまだ悠馬だけがそう思っているのだと思う。高梨兄妹はそこまでグランフェリスを信じていないだろう。今はまだそれでいいと思う。
大逃げしたら対策される?
もちろんそうだ。でもマークされたらされたで、敢えて先頭を譲って先頭にこだわらないようなレース運びや、隊列を組ませた上でペースを上げ下げするような戦術もある。今のグランフェリスには到底無理だろうけど、今後の成長を期待するのは悠馬の勝手だ。
馬主って本来はもっと気楽な趣味なのだとおもうのだけれど、悠馬はグランフェリス一頭に大きく依存している。彼女が勝たないと悠馬にも次はない。
悠馬は高速道路の緩いカーブに合わせてハンドルを切った。




