20.反省会(1)
「興奮している様子でした?」
「そうねえ……かかっていると思うけど、確かに興奮しているのとは違うような気がするのよ。普段の気性もおとなしいし」
気性の荒い馬の場合、レースで興奮して前に行きたがることがある。首を上げハミを引っ張り、騎手の制御を振り切って暴走してしまう。この業界では「かかる」と表現される。
「調教師はどうですか」
「そうだね。レース前後の様子を見ても、紗季の言うように興奮しているってわけでもないね」
気性難の牡馬の場合、去勢して騙馬にすれば落ち着くことがあるけれど、当然牝馬ではそれはできない。
「つまり冷静な状況で前に行きたがるってことですね」
むしろその方が困るかもしれない。
「次のレースなんですが、フローラルカップを考えています。それまでに何とかしないといけなんですけど」
「そうだね。思い切ってヤネを変えるのもありかもしれないね」
悠馬ははっとした。
「それはかなりの劇薬ですね」
ヤネとは騎手のこと。そもそも騎手の数が少ないホッカイドウ競馬だけれど、他の厩舎の騎手に依頼することが無いわけではない。でもそれは所属する騎手にとっては屈辱的なことだと思う。実際これまでそんなことを高梨調教師の口から聞いたことが無い。
そう思っておそるおそる紗季さんを見たが、顔色も変わっていなかった。悠馬が思っていた以上にある話なのかもしれない。そう言えば紗季さんが他の厩舎の馬に結構よく乗っていることに気が付いた。
そしてやはり兄妹という信頼感もあるのかもしれないと思う。
「それよりは作戦を変えた方がいいかもしれません」
悠馬としてはなんとしてもグランフェリスを芝の長距離に行かせたい。JRA、つまり中央競馬に遠征したい。条件があうレースを地方で唯一芝コースのある盛岡だけで探すのはまず無理。
そのためには高梨兄妹を説得する必要がある。この兄妹もグランフェリスの強さを認めてくれているけれど、悠馬ほど入れ込んではいない。それはアマチュアの悠馬とプロであるこの兄妹の考え方の違いかもしれないし、わずか数頭の馬しか所有しないサラリーマンの弱小馬主と、日々を馬を育てる事ばかり考え続けている調教師や、毎日馬上でラップタイムをカウントしている騎手の違いなのかもしれない。彼ら彼女らのようにこの世界で飯を食べてるプロとの違いなのかもしれない。
やはり実績が必要だ。重賞を獲る。できれば圧倒的な差を見せつけて。
「作戦? この馬で後ろからの競馬は難しいよ?」
道中は馬群の後方で力をため、最後の直線で先頭を抜き去る。それが得意な馬は「差し馬」、あるいは最後方から一気にすべての馬をごぼう抜きする「追い込み馬」と呼ばれる。
「それはそうですね。僕もグランフェリスは前で勝負する馬だと思います」
グランフェリスは馬群の前で勝負する馬だ。先頭争いをするのが「逃げ馬」、その後ろを追従するのが「先行馬」と言われる。
「だったら今と同じじゃない?」
今日のレースも先頭争いを続けながら結局は最後に捕まった。もう少し距離があれば逃げ切れた? いやもう少し距離があれば後ろの馬も
「いや、思い切って大逃げするのはどうかな、って思っているんですよ」
馬群の先頭を走る逃げ馬よりももっと前。つまり馬群を引き離すのが「大逃げ馬」 冷静なのに前に行きたがるグランフェリスにはそれが一番似合うのではないかと悠馬は考えている。
悠馬がそう言うと高梨兄妹が黙った。それは思いもよらなかったからか、検討したけど諦めたのか。
「佐藤さんはわかっていると思うけど、大逃げはリスクが大きいよ」
高梨兄の言葉に悠馬はうなずく。
「もちろんわかってます」
大逃げする馬はほとんどいない。それは単純に不利だから。馬が群れて走るのには理由がある。ほとんどの馬にとってそれが最善のベースだから。
もちろん幅はあるけど競走馬が全力で走れる距離は案外短い。結構幅があるけど2から3ハロン(400m~600m)ぐらい。全力疾走した後に疲れてバテてしまうのは人間も同じ。筋肉の中のグリコーゲンを失って乳酸が溜まる。 だから競走馬はレースの最後に全力で駆け、その後はクールダウンする。
グランフェリスの強さはその全力疾走時の最高速度では無い。抜群のスタートダッシュと、そのままスピードに乗ってリードを保つスタミナ、そして常に自分が先頭を走り続けなければという強い意志がある。
だから途中までは好きに走らせたい。
「それって私にただ跨ってろ、ってことかな?」
紗季さん? こんなところですねないでほしいです。
「そんなわけないですよ。後ろのレース展開を読まないといけないから大変ですよ。馬にも途中で息を入れさせたりしないといけないですし」
グランフェリスはイーブンペースに近い走りだと言われるけれど、あくまで他の馬と比べての話であって、生き物が本当に同じ速度で競走し続けられるれるはずがない。普通のレース以上に紗季さんの役割は大きくなるはずだ。
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
で、いつものように他の作品を宣伝します。
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宰相の失脚 全17話 282pt
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どうやら本当に旧作を巡って頂いた方々がいらっしゃるようですね。
こんなところでなんですが、本当にありがとうございます。
リージア顛末記 全14話 180pt
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ナーロッパ世界で国王が4人の王女のうち、最も王配として優れた婚約者を連れてきた娘を後継者にしようとするが……
桜の下の彼女 全12話 140pt
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毎晩、幼馴染の女の子に酷いことをしてしまう夢を見る男の話。
個人的にはお気に入りですがポイントが低いです
以上です。本年も、本作ともども他作品もよろしくお願いいたします。




