13.新馬戦(1)
7月いよいよグランフェリスのデビュー戦が決まった。フレッシュチャレンジ、ダート1700m。ホッカイドウ競馬の新馬戦は短距離が多く、最長の1700は月に2回程度しかない。フルゲート(16頭)を超えて抽選になることなどないとは思っていたけれど、発走が確定して良かった。
逆に言うと人気が無いから1700は月2回しかないとも言える。実際フルゲートは16頭だけど、このレースに出るのはグランフェリスを含めて9頭。門別ではメインレースでも出走馬が6頭なんてこともあるので別におかしな数字ではない。
フレッシュチャレンジというのは普通の新馬戦より賞金が高いのと、勝馬は後々中央との交流競走に出る資格が貰える。そして中央に転厩した際にも便宜を図ってもらえる。悠馬はこの制度を使って何頭かの馬を中央の馬主に転売してきたけど、グランフェリスは持ち馬のままなので転厩時の特典は使えない。
というかホッカイドウ競馬の新馬戦のほとんどがフレッシュチャレンジだ。
グランフェリスの調教は順調、賢い馬だからゲートにもすぐに慣れてくれた。もっとも不安はある。明らかに芝向けだし、2歳夏でも1700は短すぎる。気性は大人しいのにあわせ馬でもかかり気味、つまり前に行こうとするので抑えがきかない。
実の所、競走馬のデビュー戦て不安が無い陣営なんていないと思う。100頭単位で持つ大馬主であれば、期待していない馬のことを覚えていないかもしれないけれど、その馬に乗る騎手や担当厩務員は大変だと思う。
そしてレース当日、木曜日なので悠馬はフレックスで早朝から働き、時間単位休暇を使ってお昼には仕事を終えた。これは大企業に買収されたメリットのひとつだけど、いつまでこの会社にいられるのだろう、という不安も感じる。
一度家に戻る途中、ATMでお金を下ろし、コンビニで弁当と競馬新聞を買う。悠馬はいつもお昼は会社の周辺で食べるから悠馬のお昼ご飯が用意されているとは思えない。実際家に帰ると、母から怪訝そうに見られた。
今日はお昼に帰って競馬場に行くって言ったじゃん。
そうだっけ?
そんなやりとりをしてからお弁当を食べながら競馬新聞を見る。第4レース、グランフェリスには△が少しついていた。△は通称「連下」、これは1着にはならないけど馬券には絡んできそうという印。
新聞によって違いがあるけどだいたいこんな感じ。
◎:本命
○:対抗
▲:穴馬:場合によっては優勝するかも
△:連下
という感じ
穴馬には☆とか×、あるいは「注」などが付く。
時計(調教の時に出たタイム)は一番良いのに評価が低いのは血統欄が真っ白で、兄姉成績もゼロだから。調教では走っても本番ではダメでしょ、ってことだ。
弁当の空箱をゴミ箱に捨て、車で門別に向かう。そして道央自動車道からひだが自動車道を使い、3時前には競馬場に着いた。グランフェリスが出るこの日の第4レースの出走時刻は15:45なので発走まで1時間を切っている。
駐車場に車を停め、ドアを開けた瞬間、厳しい陽射しと、むっとする熱気が悠馬を包む。悠馬が子どもの頃、北海道の夏は涼しいと言えたけれど、近年は明らかに暑い。冬は相変わらず寒いから不公平だと思う。
場内に足を踏み入れたけれど、タンドにはまばらにしか人影がない。第2レースが終わったばかりで、パドック前も人がまばら。売店の前に数人の常連が缶ビール片手に互いの馬券を冷やかしているがその声もどこか控えめ。場内放送の音だけがやけに響いている。
コースの向こう側の日高の山並みが霞んで見える。時折吹く海風だけが、ほんの少しだけ汗ばんだ額を冷ましてくれる。
「平日の昼間だしこんなものだよな」
悠馬にとっては特別な日だけれど、これが門別競馬場の通常運転。常連や関係者、馬主仲間がちらほらいるだけで、観光客や家族連れの姿はほとんど見当たらない。一角では、新聞を広げた年配の男性が、静かに次のレースの予想をしている。
もうすぐ学生は夏休みに入るから、ツーリングする大学生が立ち寄ったりするかもしれない。
実際、馬主が早くきたところでできることは無い。パドックや返し馬で応援するぐらい? 実際人気はどうだろう? 画面で確認するとグランフェリスは現時点では4番人気で単勝では11倍。結構健闘している気がする。
中央競馬の新馬戦だと血統が重視されるけど、地方、特に門別だとこの倍率は妥当なところ。中央競馬で血統の良い馬が人気なのは、その馬の父や母、あるいは兄姉のファンが応援するからだ。もちろん地方でもそうなんだけど、血統が良い馬は当然高くなるので中央の馬主に買われることが多い。
悠馬は普段馬券はネットで買っているけれど、今日は競馬場で現金で買うつもりでお金を下ろしてきた。10万円と100円を3枠4番、グランフェリス単勝につぎ込む。100円の方は勝っても負けても記念馬券として保存するつもり。
悠馬はこれまで競馬場で応援できた持ち馬の100円馬券はすべて保管している。これはつまらないジンクスかもしれない。




