00.プロローグ
まだ雪があちこちに積み上げれている4月半ばの北海道。国内有数の規模を誇る競走馬の牧場、雪島ファームにいくつかある肌馬(繁殖牝馬)の馬房で、また一匹の当歳馬(0歳馬)が産まれた。
雪島ファームには100頭もの肌馬がいるが、今年の出産ラッシュはもう終盤なのでやや余裕ができていた。もちろん産まれたら産まれたで大変なのは人間と同じなのだけど、やはり多くの出産が重なる時期がスタッフにとって一番目が離せない時期になる。
母親も一応は競馬馬……になるはずだったが、結局競馬場で走らないまま繁殖へと上がった。不受胎が2年あったので彼女、つまりこの幼駒が7子目になるが、兄姉は今の所まだ勝ち上がれてはいない。また父親は現役時代に天皇賞(春)を2度制したが、主な実績はそれぐらい。種牡馬としての成績はさっぱり良くない。母も父も良血とは言えず、この掛け合わせは実験的なものだった。
「ちょうど1時間半か、悪くないね」
彼女が母馬から40分程で立ち上がろうとして、1時間半で歩き出すと母親のもとへと向かい、その母乳を飲み始めた。
「まあ、売りものになるかはわからないですけどね」
「この血統じゃね。でも女の子だからそのまま繁殖に上げてもいいね」
競り市に出しても高値はつかないだろう。牧場スタッフたちは彼女が早く売れれば良いと考えていた。だが彼らが将来の彼女を知っていたら決してそんなことは思わなかっただろう。彼女は将来最高峰のレースで優勝する産駒を6頭も産むのだから。