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記憶の旅人  作者: 昼の月
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硝子(ガラス)の街、レナス

森を抜けて数日、カイは西へ向かい、レナスという街へたどり着いた。

山と谷に囲まれたその街は、「硝子の街」と呼ばれていた。建物の多くが色付きの硝子で装飾され、日差しを受けて町全体が虹色にきらめく。


だが、街の美しさとは裏腹に、そこにはどこか息苦しい空気があった。

人々は笑顔を作りながらも、誰も目を合わせようとしない。店の窓は磨き上げられているが、扉は内側からかたく閉じられていた。


「……ここには、“言えない何か”があるな」


そう感じたのは、宿を探して歩き始めてすぐのことだった。



カイが宿屋「ガラスの灯」に腰を落ち着けたのは、夕方だった。

そこには年老いた宿主と、ひとりの若者がいた。名をノアという。


「この街の人間は、見栄と沈黙でできてるんだよ」

ノアは苦笑しながら言った。


「見栄?」


「誰も“壊れた自分”を見せたくない。だから毎日、笑顔の仮面を磨くのさ」


「……鏡みたいだな。割れたら、誰にも見せられなくなる」


ノアはその言葉に反応し、小さく目を伏せた。


「……実は俺、あんたみたいな旅人が来るの、待ってたんだ」


「なぜ?」


「この街で、“硝子を割った”やつがいてな。……それで皆、震えてる。そいつは今、教会に閉じ込められてる。“癒されるまで出すな”って、長たちが言ってる」


カイは眉をひそめた。


「誰かが苦しんでるのを、“癒し”の名で閉じ込めるのか」


「俺の姉なんだ、そいつは」


ノアの声が震えていた。



その夜、カイはノアと共に、街外れの教会へ向かった。

外見は静かで美しい白い礼拝堂。その地下に、カイは“叫び”を感じた。


封印魔法――それも、かなり強力な。


「ここを越えるには……魔術が要る」


そう呟いたとき、カイは自分が震えていないことに気づいた。

昔なら恐れて避けていた力を、今の彼は恐れていなかった。


「……ジル。俺は、お前を越えていく」


カイは両手を組み、静かに詠唱を始めた。

封印が振動し、青白い光が崩れ始める――


やがて、重い扉が音を立てて開いた。



そこにいたのは、薄く震える一人の女性だった。

ノアが駆け寄り、「姉さん!」と叫ぶ。


だが、彼女――エリアはうつろな目で天井を見つめたまま、口元をかすかに動かした。


「わたし……笑えなくなったの。

誰かの期待が、硝子みたいに刺さって……もう、笑えないの」


カイは静かに、彼女の前に膝をつく。


「……それでいいさ。笑えなくても、生きてればいい。

誰かの期待を全部背負わなくていい。

“壊れた”と思うなら、それを、誰かに見せてもいい」


その言葉に、エリアの目からぽろぽろと涙が落ちた。


「……見せても、いいの?」


「ここにいるノアは、お前の“ひび”を見ても、抱きしめに来た」


エリアは、ようやく弟の顔を見て、小さく嗚咽した。



それから数日。街には小さな変化が起きた。

人々の目が、ほんの少しだけ、隣の人を見つめるようになった。


笑顔が、無理に作られたものではなくなっていくのを、カイは遠くから見届けた。



「次はどこへ行くんだ?」とノアが聞くと、カイは肩をすくめた。


「また“痛んだ場所”を探すよ。俺はただ……“見失った誰か”の光になれたらいいと思ってる」


硝子の街を後にし、カイは再び旅路へ。

彼の灯は、誰かの心に小さな“ひび”を入れていく。


それは壊すためではなく、風を通すためのひびだった。


第五話へ続く。

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