許しの灯(ともしび)
癒し手の名はエルマ。
老女はカイの顔をじっと見つめると、何も問わずに言った。
「今夜は泊まっていくといい。話は火のそばで」
石造りの小屋の中は、意外にも温かい空気に満ちていた。
壁には乾かされた薬草、棚には古い書物と、魔力の気配を宿した小瓶が並んでいる。
囲炉裏の前に座り、カイは湯気の立つ茶を受け取った。
リュエルは静かに隣に腰を下ろす。
「お前の心の傷……火にくべてごらん」
エルマのその言葉に、カイはしばらく黙っていた。
炎の揺らめきを見つめるうちに、ふいに言葉がこぼれ出た。
「俺は、仲間を死なせた。守れなかったんだ」
「どうして守れなかった?」
「無謀だった。あの作戦に疑問はあったけど……俺は、命令に逆らえなかった。怖かったんだ。……都の魔導師団での立場を失うのが」
カイの声がかすれる。リュエルが目を伏せる。
「だから、自分を許せない。魔法なんて、もう使う資格もない」
エルマはしばらく黙っていた。
やがて、静かに火に薪をくべながら言った。
「それでも、君は今、旅をしている。
答えが欲しくて、ここまで来た。
……それを、“逃げ”と呼ぶか、“進み”と呼ぶかは、自分次第だよ」
「……」
「カイ。許すというのは、過去をなかったことにすることじゃない。
過去を“抱えたまま”、それでも前に進むことだよ」
その言葉が、じわりと胸に染み込んでいく。
それは優しさではなく、事実としての真実だった。
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夜更け、カイは外に出て星を見上げた。
ミルザの森の空は広く、星々が凛とした光を放っていた。
その光の下で、彼はようやく、心の底に触れた感情を言葉にした。
「ジル……すまなかった。俺は、お前に謝りたかった。
でも……お前がいたから、俺はまた歩こうとしてる。
だから――ありがとう」
風が森を撫でる。遠くでフクロウが鳴いた。
その夜、カイは初めて、自分自身に対して静かに頷くことができた。
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翌朝、カイは再び旅立つ支度を整えていた。
「どこへ行くの?」とリュエルが尋ねた。
カイは微笑んで言った。
「わからない。でも、誰かと出会っていくよ。
……それが、俺にできる“贖い”かもしれない」
リュエルは少し目を見開いた後、そっと頷いた。
「じゃあ、いつかまた。次に会う時は、笑ってて」
カイは手を挙げて応えると、朝霧の森へと歩き出した。
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それは、小さな“許し”の灯を胸に抱えた旅人の、新たな一歩だった。
誰かと出会うたびに、その灯は、少しずつ明るくなっていく。
第四話へ続く。




