灯の継ぎ手たち
はじまりの岬から再び歩き出したカイの胸には、
もう“ひとつの地図”がある。
それは紙ではない。
歩いてきた道のりそのものが描かれた、記憶の地図。
ある晩、彼は谷の宿場町に立ち寄った。
そこでは年に一度の「灯の継ぎ火祭」が行われる夜だった。
祭の広場では、人々が順番に火を運んでいた。
手にした松明を、中央の大灯へ――それは、
“それぞれの火を持ち寄って、一つの光をつくる”という儀式だった。
だが、今年の灯はうまくつかなかったという。
火の芯が湿り、どんなに火を集めても、大灯は燃え上がらない。
人々の間に、静かな焦りと諦めが広がっていた。
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そのとき、町の外れから、一人の老女が現れた。
背を丸め、手には小さな布に包んだ石。
火ではない。ただの、火打ち石だった。
「これは、ある旅人がくれた火の記憶。
火種はもうないけれど……想いは、ここにある」
老女は、かつてカイが火守の山小屋で譲り受け、
それをまた別の村へと渡していた“火の石”を掲げたのだった。
「火が燃えないなら、せめて“歩いてきた火”を見よう」
人々が黙りこくる中、
カイは一歩、前に出た。
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「……火は、灯らないときもある。
でも、それでも**“受け取ってきた灯”は、消えない**」
カイは静かに語りはじめた。
過去の旅路で出会った人々のこと。
癒しの森で出会った少女、
沈黙の港町、
火を怖れていた自分。
忘れたふりをしていた痛み。
届かない手紙に込められた祈り。
「この火は、“ただ燃える”ためにあるんじゃない。
継がれて、届いて、残っていくためにあるんだ」
彼の言葉に、ひとり、またひとりと、
人々が灯を囲みはじめた。
火は燃えていなかった。
けれどその場に集まった人々の中に、
“灯したい”という意思が確かに生まれていた。
それこそが――火だった。
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やがて、大灯が小さく、一筋の火花を生んだ。
それは誰かの手から生まれたのではない。
“共にいた人たちの心の奥から”生まれたものだった。
火はやがて、確かに灯った。
カイはその様子を見届けながら、
静かに火打石を地に置き、背を向けた。
「誰かが灯す火を、
誰かが見ていたなら、
それはもう“継がれた火”だ」
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その夜、町のあちこちに、小さな灯がともった。
そして翌朝――
少年がカイに走り寄って言った。
「おじさん! 昨夜の話……絵に描いたんだ。
ぼく、旅人になりたいと思ったから!」
彼は、カイの旅路を聞いて、
まだ知らない“誰かのために”火を運びたいと思ったのだった。
カイは、笑った。
「その絵の中の火が、君の歩く先で、誰かの道しるべになるといい」
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旅は終わらない。
灯を受け取り、灯を渡してきた旅のなかで、
カイは確かに、“誰かの中”に残っている。
それは魔法ではなく、ただの人の営み。
けれど――世界でいちばん確かな、魔法のようなものでもあった。
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そして彼は、また歩き出す。
次の誰かへ、まだ見ぬ“灯”を運ぶために。
第二十六話へ続く。




