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記憶の旅人  作者: 昼の月
22/30

見えない花の庭

名のない手紙の郵便小屋を出てから、カイは西へと進んでいた。

季節は少しずつ春へ向かい、風がやわらかくなっていた。


その先にあると聞いたのは、「花の庭」。

だがその庭は、どんな地図にも記されていない。

しかも人によって、見えるものが違うという――


「ある者には花畑に見え、ある者にはただの野原。

だが、そのどちらでもない人間には、“何も見えない”」


そんな話を聞いて、カイは心を静かにした。


“何が見えるのか”は、たぶん今の自分が“何を持っているのか”と、関わっている。



森を抜けると、丘の上に開けた一画があった。


そこには――何もなかった。


風に揺れる草も、花の色も、香りさえも感じない。


だが、足を踏み入れた瞬間、カイはふと立ち止まった。


足元の感触が違う。


土の下に、何かが確かに“植わっている”。

それは目に見えない。けれど、生きている気配があった。



「見えてるの?」


声がした。


振り向くと、ひとりの少女がいた。

年齢は十を少し越えたくらい。

だがその目は、はるかに遠くを見てきた人のようだった。


名をルゥナという。


「ここは、“植えられた想い”が咲く場所。

でもね、咲くのは“目じゃなくて、記憶”なんだよ」


カイは少女に問うた。


「記憶で見る花……?」


「うん。誰かのことを、ちゃんと“思ってる”人にだけ見える。

それが祈りでも後悔でも、愛でも憎しみでもいい。

ただ、ちゃんと“残してきたもの”がある人だけが、ここで花を見るの」



カイはそっと目を閉じた。


思い出す。

癒し手のリュエル。詩人の声。沈黙の灯台。

誰にも届かなかった言葉。積まれた石。

名のない手紙。


そして、歩き続けてきた自分自身。


すると、香りが流れた。


目を開けると、そこには淡い光を放つ花々が広がっていた。

形はさまざま、色も不揃い。だが、それぞれが“想い”のかたちをしている。


カイは、ある花の前にひざをついた。


それは、小さな青い花。

初めて旅に出た日、鍛冶屋のロクがくれた布の色に似ていた。


「……やっぱり、咲いてたんだな。俺の中にも」



ルゥナは言った。


「この庭はね、“終わった想い”を咲かせる場所じゃないの。

“これから咲く想い”を見つける場所なんだよ」


「……つまり、“これからどうしたいか”を、見せる場所」


ルゥナは微笑んでうなずいた。


「花は、咲いてしまったら枯れるだけ。

でも、“咲く前の気配”は、ずっと生きてる。

それを、誰かが見つけてくれるだけで、歩ける人もいる」



帰り際、カイは振り返った。


見えないと思っていた庭は、今もそこにあった。

見えないまま、確かに咲き続けていた。


まだ咲いていない想いのために、人は進める。


カイは風に背中を押されるようにして、また一歩を踏み出す。


想いはまだ咲いていない。

けれど――咲かせる旅は、これからも続いていく。


第二十三話へ続く。

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