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記憶の旅人  作者: 昼の月
19/30

火守の山小屋

井戸を後にして、カイは南へと向かった。

木々が再び増え始め、やがて山道となった。

道の両脇には、古びた祠や崩れかけた石垣が点在している。


このあたりは、かつて“火の神”を祀る民が住んでいたという。

だが今はもう、その信仰も祈りも、森に埋もれて久しい。


その中に、ひとつだけ煙を上げる小屋があった。


──火守ひもりの山小屋。



小屋は、意外にも整っていた。

屋根には新しい藁が葺かれ、薪棚は丁寧に積まれている。


カイが近づくと、扉が少しだけ開いた。


現れたのは、壮年の女だった。

肩幅の広い、山のように無口な女性。

だが、その目にはずっと絶やしてこなかった“火”のようなものが灯っていた。


名はヤナ。

この山の最後の「火守ひもり」だという。



「火は、絶やすな」

それが、彼女の口癖だった。


ヤナは多くを語らない。

けれどカイに、火のそばで過ごすことを許した。


夜、囲炉裏に薪がくべられ、火がごうと燃えた。


「この火……何年灯ってる?」


カイの問いに、ヤナはぽつりと答える。


「二十七年。……ひとつの過ちの、始まりから」


「過ち?」


「火を神として扱う者たちは、あるときそれを“力”に変えようとした。

そして、火は暴れた。村を焼いた」


ヤナは、その炎から生き残ったひとりだった。

だから、火に背を向けることも、崇めることもせず、ただ“守る”ことを選んだ。


「火に意味を与えるのは、人間の方だ。

だから私は、意味を与えず、ただ灯す」



カイは火を見つめながら、自分の中にあった“火の記憶”を思い出していた。


──仲間を守れなかった夜、

──自分の魔法を恐れて逃げた日、

──それでも、火をくれた人々の声。


「俺も、火から逃げた。

けれど今は……火を“使う”のではなく、“託される”と思ってる」


ヤナは、かすかにうなずいた。


「なら、託してみろ。

その火がどんな色をしてるのか、見せてみな」



カイは手をかざし、指先に小さな火を灯した。

昔のように燃え上がる力ではない。

だがそれは、いくつもの出会いを通ってきた火だった。


穏やかで、けれど芯に熱を持ち、どこか人に似ている。


ヤナはその火を見て、久しぶりに言葉を多く口にした。


「それはもう、“守るべき火”じゃないな。

“渡すべき火”だ。……次の誰かへ、つなげていけ」



翌朝、カイが小屋を出るとき、ヤナは布包みを渡した。


中には、小さな火打石と、灰色の魔石が入っていた。


「もし、おまえの火が消えかけたら、それで思い出せ。

火は怒りでも後悔でもない。

“誰かに引き継がれた、生きた証”だ」


カイは深く頭を下げ、小屋を後にした。



火は、燃やすためでなく、受け継ぐためにある。

それは、誰かの意志を運ぶもの。


そして今、カイはその火を灯したまま、次の旅路をゆく。


第二十話へ続く。

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