表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶の旅人  作者: 昼の月
14/30

石を積む女たち

森を抜けた先に、広がる谷間。

そこは静かな岩原だった。

風の音も鳥の声もない。ただ、無数の石が積まれていた。


それぞれの石は、手のひらに収まるほどの大きさ。

だが、それらが一つひとつ、丁寧に積み上げられている。

まるで祈りか、記憶か、あるいは償いか――そんな気配に満ちていた。


その中央で、三人の女たちが黙々と石を積んでいた。


老女、若い娘、そして中年の女。

三人は血縁でも、師弟でもない。ただ、同じ場所で、同じように石を重ねている。



「旅の人かい?」


老女が先に口を開いた。


「ここはツェルの谷。

積まれた石ひとつが、人ひとり分の“罪”だよ」


「罪?」


カイは問うた。


「忘れたいと思ったこと。

忘れられなかったこと。

それらを、ひとつずつ石にして積んでいくのさ」


若い娘が小さく笑った。


「積んでも、なくなるわけじゃないよ?

でも、手の中に重さが残るぶんだけ、ちゃんと“持った”って思えるから」


カイは、三人の作業を静かに眺めながら言った。


「……じゃあ俺にも、積ませてくれるか」



石は、冷たく、ざらついていた。

カイはそれを手に取り、そっと積む。


その重さは、たしかに思い出の重さだった。


──命令に従った日。

──仲間の死を見送った夜。

──魔法を拒んだ朝。

──それでも、旅を選んだ瞬間。


すべてが、ひとつの石になった。



中年の女がふと尋ねた。


「旅人。あなたは“過去を捨てるため”に歩いてるの?」


「……違う。俺は、自分の中にあった“声”を、聞きなおすために歩いてる」


老女が笑った。


「いい答えだよ。

わしらは皆、重たくなるたびに、ここで思い出すのさ。

『これは捨てたんじゃない、持ってるんだ』ってね」


娘が、カイのために布を差し出した。


「これは“思い出し布”。

風が吹いたとき、揺れたら“まだ持ってる”証になる」


カイはその布を受け取り、懐にしまった。


「……ありがとう」


「石を積む手を止めるのは、忘れたときじゃない。

“背負わずに歩けるようになったとき”さ」



カイは谷を去る前に、ひとつの石を拾った。

表面には、小さく何かが彫られていた。


「おかえり」


それは、誰かが誰かにかけた、帰ることの許しの言葉だったのかもしれない。



石は記憶。

罪も後悔も、痛みも――消えなくていい。

ただそれを、「持った」と言えることが、生きるということなのだ。


カイは背筋を伸ばし、風の中を歩き出す。


石をひとつ積み終えた者として。


第十五話へ続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ