石を積む女たち
森を抜けた先に、広がる谷間。
そこは静かな岩原だった。
風の音も鳥の声もない。ただ、無数の石が積まれていた。
それぞれの石は、手のひらに収まるほどの大きさ。
だが、それらが一つひとつ、丁寧に積み上げられている。
まるで祈りか、記憶か、あるいは償いか――そんな気配に満ちていた。
その中央で、三人の女たちが黙々と石を積んでいた。
老女、若い娘、そして中年の女。
三人は血縁でも、師弟でもない。ただ、同じ場所で、同じように石を重ねている。
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「旅の人かい?」
老女が先に口を開いた。
「ここはツェルの谷。
積まれた石ひとつが、人ひとり分の“罪”だよ」
「罪?」
カイは問うた。
「忘れたいと思ったこと。
忘れられなかったこと。
それらを、ひとつずつ石にして積んでいくのさ」
若い娘が小さく笑った。
「積んでも、なくなるわけじゃないよ?
でも、手の中に重さが残るぶんだけ、ちゃんと“持った”って思えるから」
カイは、三人の作業を静かに眺めながら言った。
「……じゃあ俺にも、積ませてくれるか」
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石は、冷たく、ざらついていた。
カイはそれを手に取り、そっと積む。
その重さは、たしかに思い出の重さだった。
──命令に従った日。
──仲間の死を見送った夜。
──魔法を拒んだ朝。
──それでも、旅を選んだ瞬間。
すべてが、ひとつの石になった。
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中年の女がふと尋ねた。
「旅人。あなたは“過去を捨てるため”に歩いてるの?」
「……違う。俺は、自分の中にあった“声”を、聞きなおすために歩いてる」
老女が笑った。
「いい答えだよ。
わしらは皆、重たくなるたびに、ここで思い出すのさ。
『これは捨てたんじゃない、持ってるんだ』ってね」
娘が、カイのために布を差し出した。
「これは“思い出し布”。
風が吹いたとき、揺れたら“まだ持ってる”証になる」
カイはその布を受け取り、懐にしまった。
「……ありがとう」
「石を積む手を止めるのは、忘れたときじゃない。
“背負わずに歩けるようになったとき”さ」
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カイは谷を去る前に、ひとつの石を拾った。
表面には、小さく何かが彫られていた。
「おかえり」
それは、誰かが誰かにかけた、帰ることの許しの言葉だったのかもしれない。
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石は記憶。
罪も後悔も、痛みも――消えなくていい。
ただそれを、「持った」と言えることが、生きるということなのだ。
カイは背筋を伸ばし、風の中を歩き出す。
石をひとつ積み終えた者として。
第十五話へ続く。




