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記憶の旅人  作者: 昼の月
13/30

鏡のない部屋

灯台の村を後にしたカイは、山沿いの静かな道を進んでいた。


風は落ち着き、森の緑が濃くなっていく。

やがて現れたのは、一面に霧がたちこめる、深い森の中の屋敷だった。


それはまるで誰かの記憶そのもののような建物――古く、息をひそめ、時間だけを抱いていた。


門の前に立つと、鍵はかかっていなかった。

だが入るには、なぜか**「決意」**が必要な気がした。


カイはゆっくり扉を開ける。


その屋敷には、鏡が一枚もなかった。



床は埃をかぶり、窓には布がかかっていた。

だが家具はきちんと並び、誰かがつい昨日まで暮らしていたような温もりがあった。


そしてカイは、屋敷の奥のサロンで、一人の男に出会う。


黒衣の壮年――名をグラズという。

沈んだ声と、深いまなざしを持つその男は、来客を咎めるでもなく、淡々と言った。


「ここは、“自分の顔を見たくない者”が最後にたどり着く場所だ」


「……なぜ、鏡をなくした?」


「見れば、自分が“何をしてきたか”が映るからだ」


カイはしばらく黙って、部屋の空気を味わうように言った。


「それを受け止めるのが怖くて、ずっと目を逸らしてきた……そういう日々を、俺も知ってる」


グラズは小さく目を細めた。


「お前も、“何かを壊した”のか?」


「……ああ。仲間の命も、自分の魔法も、自分への信頼も。全部」


静寂が、部屋を満たした。



夜。屋敷の奥にある書斎で、グラズはひとつの物語を語った。


彼はかつて、王家付きの魔導建築士だった。

魔法で動く都市を設計し、多くの人に感謝されていた。

だが、ある崩落事故で人命が失われた。

その原因が、自身の設計にあったと知った彼は、表舞台を去り、この屋敷にこもった。


「責められはしなかった。ただ……許されることも、なかった。

いちばん許せなかったのは、自分自身だった」


それ以来、彼はすべての鏡を取り払い、姿のない自分とだけ、向き合ってきた。


「だが今日……お前を見て、少しだけ思った。

“姿を失っても、人は前に進めるのかもしれない”と」



翌朝。カイは鞄から、布に包まれたひとつの“手鏡”を取り出した。

それは旅のはじまりに、鍛冶屋のロクからもらったものだった。


「これを、あんたに渡したい。

もし“今の顔”が、誰かに見せられると思えた時に、開いてくれ」


グラズはしばらくそれを見つめ、そっと受け取った。


「お前は、今の自分を見られるのか?」


カイは、少しだけ笑った。


「毎日、揺れながら……でも、前よりは目をそらしてない。

それで十分だと、最近は思えるようになってきた」


グラズは頷いた。静かに、深く。



旅立ちの際、玄関先に立ったカイを、グラズは見送った。


「……次に会う時は、この屋敷にも、鏡を戻せているといい」


「きっと、戻る。

だって、誰かに“顔を見せたい”って思う瞬間は、どんな人にも来るから」



森を抜けると、霧は少し晴れていた。

足元に差し込む光が、どこかあたたかい。


自分の顔を見つめること。

それは過去を赦すことではなく、ただ**“今を受け入れる”**という行為だった。


カイの足は、また一歩前へ。

鏡のない部屋に、小さな“まなざし”を残して。


第十四話へ続く。

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