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記憶の旅人  作者: 昼の月
12/30

灯台の少年

風を編む塔を後にしたカイは、東へと歩き、やがて海に出た。


そこは、断崖の上にぽつりと建つ灯台が目印の小さな漁村だった。

潮の匂いと、打ち寄せる波の音が、空の青とともに村を包み込んでいる。

だが、どこか――少しだけ、色の薄い場所だった。


人の気配はある。漁の音も、子どもたちの笑い声もかすかに聞こえる。

けれどこの村の“真ん中”にあるはずの灯台だけが、静かに沈黙していた。


そしてそこには、一人の少年がいた。



白い髪、日焼けした肌。

まるで灯そのもののような瞳の少年。名はエル。


灯台の入り口に座り込み、波を見ていた彼は、カイに気づくとすっと立ち上がった。


「……おじさん、旅の人?」


「そうだ。お前は、灯台の番人か?」


「昔はね。今はもう、火は灯さないんだ」


そう言って、エルはどこか無理に笑った。

笑顔の奥にある、消しきれない後悔のようなものに、カイは気づいた。



夜、村の小さな宿で話を聞いた。


灯台は十年前まで、嵐の日も休まず光を掲げていた。

だがある夜、嵐の中で船が一隻、岩礁にぶつかって沈んだ。

そのとき灯台は――火を失っていた。


灯を見失った船には、村の者の家族が乗っていた。

以来、灯台は「祟られた場所」となり、誰も近づかなくなった。


「あの時、火があれば、助かったかもしれない――」

それが、村中の誰かの胸の奥に、静かに沈んでいる。


そしてその火を消してしまったのが、当時灯台の見習いだった少年――エルだった。



翌日、カイは灯台を訪れた。


中は埃と塩で朽ちていた。

階段を登ると、最上部のランタン室には割れたガラスと、崩れた火床だけが残っていた。


そこに、エルが現れた。


「……この場所には、誰も来ない。

火を点けたら、また誰かを傷つける気がして」


「火は、お前が消したのか?」


「……わからない。

嵐の日、僕は……怖くて、扉を開けられなかった。

誰かを照らすことが、どんな意味を持つのか、わかってなかった」


カイは懐から、あの“風の布”の風車を取り出して、手渡した。


「これを、つけてみろ」


エルがそれを胸元につけたとたん、塔に風が入り込み、破れた窓から、遠くで誰かの声が響いたように思えた。


「光がなければ、俺たちは帰れなかった。

でも、最後に見えた気がしたんだ。

小さな光が、一瞬だけ」


それは――沈んだ船の誰かが、最後に見た光景だったのかもしれない。


エルの手が震える。


「僕の……火、届いてたの?」


「届いたんだろう。だからこそ、今もお前はここに立ってる。

光を怖れる必要はない。

灯は、誰かを救うと同時に、お前自身をも照らすんだ」



その夜、十年ぶりに灯台に火が灯った。


小さく、静かに。

だがその光は、海の向こうに向けて、しっかりと放たれていた。


村の者たちは誰も近づこうとしなかったが、家の窓から灯を見ていた。

そして――少しずつ、扉が開き、声が聞こえ始めた。


「……ありがとう」

「まだ、海を見ても涙が出るけど」

「それでも、あの光は見たいと思った」


灯台は再び、村の風景の一部になった。

過去を消すことはできない。

けれど、“火を消したまま”にすることはない。



旅立ちの朝、エルはカイに言った。


「僕もいつか、旅に出たい。

灯を持って、誰かの夜を照らせるようになりたい」


カイは頷いた。


「お前の灯は、もう始まってる。

それを信じて、進めばいい」



誰かを照らすということは、自分を赦すことでもある。

光は怖れではなく、記憶と希望の交差点だ。


カイの歩みは、次なる出会いへ。

火をともす者として――


第十三話へ続く。

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