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記憶の旅人  作者: 昼の月
11/30

風を編む塔

川を離れ、北東へ。

草木の香りが増し、やがてカイは風の強い高地へとたどり着いた。


そこに立っていたのは、ひとつの古い石塔。

年老いた風見鶏がきぃきぃと音を立て、草の波が塔の足元をぐるりと包んでいた。


塔の扉は開いていた。

中に入ると、薄暗い空間に風の音だけが響いていた。だが、塔は生きていた。

壁に吊るされた無数の風車、小さな鐘、糸車。

そのすべてが、風に応じてささやかに動いていた。


そして――塔の最上階に、彼女はいた。



背の低い、白髪の女性。

腰には糸巻き、膝の上には編みかけの布。

彼女はカイを見て、言った。


「風に導かれて来たのね。……あなた、ずいぶん“重たい風”を背負っている」


「俺の歩いた先に、残っていった風、だろうな」


彼女は笑った。やさしく、古い風の音のように。


「私はミレイユ。この塔で、“風を編む”魔法を織ってる。

風の記憶を、糸にして織り込む。……そうすることで、消えかけた誰かの声を、残すの」


カイは思わず問い返した。


「声を、風から? 過去の?」


「ええ。風は覚えてるのよ。悲鳴も、祈りも、ささやきも。

あとはそれを“聴こう”とする人が、どれだけいるか」



ミレイユは塔の奥から、一枚の布を取り出した。

それは、白地にかすかに模様の浮かんだ長い布。


耳を澄ますと、そこからほんのかすかな“声”が聞こえてくる。


「ここにいたよ。忘れないで」

「ありがとう。あなたのおかげで、まだ歩ける」

「――ごめんね」


風が刻んだ声。


それはまるで、亡くなった人々が、あるいは道を外れた誰かが、

世界の片隅に残した“余白”のようだった。


カイはそっとその布に手を当てた。


「……これは、俺が出会ってきた誰かたちの声にも、似てる」


ミレイユは言った。


「あなたはきっと、気づかぬうちに“風を集めてる”のね。

だからこそ、重たい風にも包まれる。

だけどそれは、悲しみじゃない。“責任”でもない。

ただ……あなたが、ちゃんと誰かを見てきたという証」


カイは少しだけ目を伏せ、静かに息を吐いた。


「……風は通り過ぎる。でも、残るものがある。

それを“模様”にできたら、きっと、誰かがまた歩き出せる」



ミレイユはカイの手をとり、彼の肩にひとつの小さな風車をつけた。

魔力の編み込まれた、銀と藍の布製の風車。


「これは“忘れない風”よ。

あなたが進む先で、何かが消えそうになったとき、

風が、あなたに声を届けてくれる」


カイはそれを受け取り、胸元につけた。


「ありがとう。……俺はまだ、“風の途中”だ。

けれど、歩きながらでも誰かを見つけられる気がする」


ミレイユは笑って、最後に言った。


「風の旅人へ。

――歩いて、感じて、編んでゆきなさい。あなた自身の“風の布”を」



塔を離れると、風が背中を押してくるようだった。

振り返ると、風見鶏が東を指していた。


次の旅路へ。

風と共に、記憶と共に、声の余白を編みながら。


第十二話へ続く。

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