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記憶の旅人  作者: 昼の月
10/30

川辺にて、火をともす

赤い砂漠を抜けた先に、小さな川が流れていた。

それは「ノルの川」と呼ばれ、東の山々から続く長い水脈の一部だった。


水面は澄み、浅瀬には石が散らばり、川辺には野の花がそっと揺れている。


カイは荷を降ろし、久々に焚き火を起こした。

陽は落ち、星がにじみ始めている。


この川のほとりに、今夜だけは留まってもいい――

そんな気がした。



火がぱちぱちと音を立てる頃、

一人の旅人が向こう岸から姿を現した。


黒髪に浅い傷のある青年。

鋭い眼差しだが、どこか疲れたような雰囲気をまとう。


「……火を分けてくれるか」


「構わないさ」


青年は火のそばに座ると、無言で両手をかざした。


やがて彼はポツリと言った。


「……火ってのは、こええな」


「どうして?」


「燃える。壊す。焼き尽くす。

だけど……どこか、惹かれる。

忘れられねえ光なんだ」


その言葉に、カイはかすかに頷いた。


「俺は、火に助けられたことがあるよ。

けれど同時に――火を恐れて、使えなくなったこともある」


青年はちらりとカイを見た。


「お前、魔法使いだな。見りゃわかる」


「そう見えるか」


「“燃やすことを怖がってる”目だ。

それは、火を知ってる奴の目だ」



青年はランと名乗った。

元は傭兵で、かつて一つの街を守るために戦ったという。


「でも……守りきれなかった」


火を灯しながら彼は言った。


「敵の攻撃が迫っててな。

街の防衛線の奥には、民間の避難路があった。

あの時俺は、“逃げた方が生き残る”って判断した。

結果、数十人の命は守れた。……けど、“見捨てた”って言われた」


「見捨てたのか?」


「……逃げた、とは思ってる。でも、“守った”とも言いたい。

だから、ずっと……この火を見るたびに、自分に問い続けてるんだ」


カイは静かに、ポケットからあの銀糸の布を取り出した。


「人は、過去を消せない。

でも――その綻びを“模様”に変えることはできる」


「模様?」


「誰かに見せてもいいって思えたとき、傷は少しずつ意味になる」


ランは黙って火を見つめた。


やがて、ふっと笑った。


「……じゃあ、俺の傷は“逃げ”の模様だ。

だがまあ……それでもいいって思えたのは、お前が初めてだ」


カイは薪をくべながら、静かに言った。


「火は、燃やすだけじゃない。照らすこともできる。

誰かの中にある“暗い場所”を――そっと、照らすためにもある」



夜が深まった。


二人は多くを語らなかったが、沈黙が寂しさを伴わなかった。

火が、すでに言葉のかわりに温度を分け合っていたからだ。



翌朝、ランは川を渡る前に言った。


「いつか、また会おう。……今度は、“模様”を見せに来いよ」


「お互いにな」


笑い合い、別れたあと、カイは川辺に残ってひとつの石を拾った。

それは焦げ跡のついた、小さな黒い石だった。


“燃えたあとに残るもの”――それは、失った証じゃない。

そこに何があったかを、思い出すための“灯”だ。



カイはそれを懐に入れ、再び歩き出す。


今、彼の中にはひとつの火がある。

誰かの過去を、誰かの孤独を、

そっと照らすための、小さく静かな火が。


第十一話へ続く。

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