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未定

推理の矛盾

作者: ゆい
掲載日:2025/06/22

趣味で推理小説を書いています。

初投稿なので大目に見てくださると嬉しいです。

 

 四月八日、午前七時三十分。

 ○○中学校(未定)の三分の一の学生は高揚と懸念に、三分の二の学生は憂鬱と危惧に襲われていることだろう。そのどの感情にも囚われずに、萩尾京介(はぎお きょうすけ)は着慣れた学ランに袖を通した。

 

 

 

「よお。クラスはまた別だったな。」

 志摩(しま)は乾いた傘を傘に立てに立てた。

「ああ、小学校でのお前との六年間は単なる偶然であったことが、ようやく証明されて清々している。」

「いや、僕はまだあれが必然であった信じているよ。」

 志摩とは中学に上がってからクラスは別れたが、それまでは幼稚園からずっと一緒でいわゆる、腐れ縁である。

「いやあ、どんな個性的な新入生が入部してくるか、今から待ちきれないね。」

 志摩は確か吹奏楽部だ。

「何か準備をしているのか。」

「もちろんだよ。吹奏楽は人数(ひとかず)がないと始まらないからね。」

 志摩はこういったイベント事を大事にする主義で、文化祭でも実行委員を担ったりしている。

 志摩にじゃあなと告げ三年A組の教室の敷居をまたいだ。


 始業式が終わり生徒たちが席に帰ると、三浦(みうら)先生が教室に入ってきた。よく通った声で自己紹介をし、礼をして締めた。

 三浦先生には今まで教科を受け持ってもらったことはなかったが、去年の委員会で話しをしているのを見たとき、なんて物腰の柔らかい人間か、と思った。生徒にも敬語を使うその人間性に敬意を払い、心の中でも「先生」を付けて呼んでいる。

 それだけ聞くと生徒にナメられそうなものだが、三浦先生はメガネを掛けても隠せないほど端正な顔立ちをしており、女子からの人気が高い。つまりこの学校において三浦先生を侮辱することは、この学校の女子全員を敵に回すことを意味するのだ。そんな危険を犯してまで、三浦先生に突っかかる勇者などこの学校にはいない。

 学校社会のヒエラルキーとは実に無情なものである。

 まあ当の本人は、多くの女子生徒から好感を得ていることすら気づいていなようだが、女子たち曰く「そこがいい」らしい。

 そんなことを思いながら、リュックサックから春休みの宿題であった数学のワークを取り出し、前の席に回そうとーー

「あ」




 放課後になっても何人かの生徒が残っており、楽しげに談笑を交わしていた。それを尻目に、数学のワークの最後の問題にバツをつけ横に正しい答えを書き終えたところで、ふうと息をつき、荷物をまとめ職員室へ向かった。

 午後から降り出した雨は、今も校舎に激しく打ちつけていた。

 

 職員室には意外にも多くの教師たちがおり、何やら慌ただしい雰囲気があった。職員室の窓を挟むと駐車場がある。豪雨だからなのか、生徒を迎えに来たであろう軽車が駐車場から出ていくのが見えた。

 三浦先生のデスクに目をやると、ちょうどよく目が合ったので軽く会釈した。先生はデスクに手を付き腰を上げてくださった。

「遅れてすみませんでした。」

 よれよれのワークを手渡す。

「いえ今日中にもらえたので、成績には響きませんよ。」

 そこまで成績を意識的にとっているつもりはないが、今は真面目に丸つけを終わらせた自分を素直に称えよう。

「あと、もし良かったらなんですが、一つ頼まれてくれますか。」

 その言葉に、はいと軽快に返事をした。

 これから受験までの一年間の面倒をみてもらう上で、その頼み事を引き受けることは、もはや義務のようにさえ感じられた。

「この封筒を相沢(あいざわ)さんに届けください。まだ校内にいらっしゃるとは思うのですが、もしいらっしゃらないようでしたら、お手数ですが私のところまで返しに来てください。」

 どこまでも丁寧な人だなと、心の中で敬礼した。

 

 

 

 まずは昇降口に向う。A組の出席番号一番の下駄箱を確認すると、そこには真新しいローファーが置いてあった。少し面倒だと思ってしまった。人情はない。

 次に教室に向かった。教室にはさっきまで何人かいたが、その中に相沢はいなかった。だが職員室に行っている間に教室に戻ってきている可能性は十分にある。

 

 教室にはもう誰もいなかった。最前列の右端の机の上に、今日受け取った教科書やらワークやらがパンパンに詰まったリュックサックが置いてあるだけだった。

 その教材とともに、折りたたみ傘がリュックサックに押し込まれている。そして、そのリュックサックにはそれが相沢のものであると、はっきり分かるものが確かに付いていた。

 

 さて、教室にもいないとなると捜索の難易度が一段階上がってしまう。教室で待ち伏せていればやがて来るだろうが、いつ帰って来るか分からない人間を待つのは、性にあわない。かと言って封筒を机に置いて帰ってしまうと、相沢は気づかないかもしれなし、何よりこの封筒の重要度が不明な今それは危険である。

 昇降口から教室までに手洗い場の前を通って来たが、トイレに明かりは着いていなかった。別の階のトイレを使っている可能性もあるが、荷物を置いて別の階のトイレまで行くのは、非道理である。

 特別教室は基本的に鍵がかかっており、体育館も今頃は、体験入部中の新入生と運動部員で溢れかえっていることだろう。相沢がそんな所に行くとはとても考えにくい。

 体験入部と言えば、志摩は吹奏楽部も新入生を迎えるため色々と準備している、と言っていたな。今も第一音楽室から、金管楽器の音が途切れ途切れに校舎に響いている。

 そういえば前に志摩が、音楽の川俣はズボラな面があり日中は基本的に第一音楽室も第二音楽室も鍵が開いているから楽器の運搬が楽なんだ、と言っていた。

 ――それなら行ってみる価値はあるかもしれない。

 

 

 

 第二音楽室の鍵はやはりかかっていなかったが、開けようとすると僅かな硬さを感じた。力を込め扉を引くと、風が頬を掠めた。

 

 少しの間だけその後ろ姿を見つめていた。純白のセーラー服を身にまとった長い黒髪の少女は、左手に携帯電話を握りしめ、食い入るように窓の外を見下ろしている。

 変な意味ではないのだが、俺はこの学校のセーラー服をとても気に入っている。制服という概念さえ消えつつある現代において、白色のセーラー服は古典的でどこか懐かしさを感じるのだ。

 やがて我に返り、

「相沢――さん」

 とその後ろ姿に声を投げた。

 

 スカートをヒラリと返し、彼女はこちらを見た。その顔は今朝の自己紹介の一番初めに見て覚えた顔だったが、その時とは明らかに異なる点があった。

 彼女は不思議そうな目でこちらを見ていた。

「ああ、俺は同じクラスの萩尾で、三浦先生から封筒を預かってるんだけど――」

「そこじゃない。」

 そこじゃないだと。

「どうしてここが分かったの。」

 どうしてと訊かれても、大して話すことでは無い。単にここにいる可能性が最も高かっただけに過ぎない話だ。まあ、黙っていても仕方がないので、口を割るとしよう。

「――という訳だ。相沢さんが校内を歩き回っている可能性もあったけど、相沢さんがそんなことをする理由に心当たりがなかった。」

 ふうんと言い相沢は長い横髪を右手で梳かした。

「じゃあ、これも当ててよ名探偵くん。」

 めんどくさいと内心思いつつ、顔にはだすまいと唾を飲んだ。

「私がここにいた理由はなんだと思う。」

 

 

 

 なんだそんなことかと思ったが口にはださなかった。けれど実際第二音楽室に来た理由は、鍵が開いているだろうという理由より、もっと合点の行く理由があり、それこそが質問の答えなのだ。

「雨宿り――と言いたいところだが、教室にあった相沢さんのリュックの中には折りたたみ傘があったから多分違う。」

 相沢はこちらの目をじっと見つめた。

「職員室で先生から封筒をもらった時、先生は相沢さんはまだ校内にいるとは思う、と言った。」

 相沢はへえと言って机に腰掛けた。

「職員室の上はここ、第二音楽室だ。」

「だから?」

「相沢さんは迎えの車を待っているんだ。」

 相沢は読んで字のごとく目を丸くした。

「三浦先生はそのことを知っていて、まだ迎えが来てないことが分かっていたから、あんなことが言えたんだ。」

 だが、相沢が携帯電話を所持している以上、ただ保護者が生徒を迎えに来るだけのことを、三浦先生が知る由はない。

「ここからは俺の推測だけど、相沢さんはこれから病院に行く用事があるんじゃないか。定期検診かなんかの。」

 教室にあったリュックサックには赤いヘルプマークが付いていた。噂には聞いていたが、相沢は去年の終わり頃から入退院をくり返している。言葉を選ばずに言うと恐らく彼女は難病なのだろう。

 そして今日がその定期検診なら、担任教師が一生徒のお迎え事情を知っていたとて違和感は無い。なんなら三浦先生は相沢の親に軽く挨拶をするつもりなのかもしれない。いや、それなら封筒を届けてほしいなんて頼みはしないか。

「わあ、驚いた。君は本物の名探偵だね。定期検診ってとこまで当たってる。」

 その部分は当てずっぽうだが、褒められるのは気分が良い。

 しかしそれもつかの間に、相沢はひょいと手のひらを返した。

「でもね、君の推理には一つ矛盾があるよ。」

 その言葉についえ、と声を漏らしたが、気付いた時にはもう彼女は教室を飛び出して行ってしまった。手に持っていたはずの封筒はいつの間にか消えている。

 古びた木窓が雨風に吹かれ、ガタガタと音を鳴らしていた。

 

 

 

 自宅、午後六時二十分。

 豪雨の中、大荷物を運んだためか体はどっと疲れを感じていた。

 机に向かい、リュックサックの中から教材たちを取り出し机の上に積み重ねてみる。教科書は毎年使っていたシリーズ物の中三版だったが、ワーク類はそれらに加え、受験を意識した総復習用のものや応用的なものまで取り揃えられていた。それらによって出来上がった巨塔は、お前は受験生なんだと言わんばかりの威圧を放っていた。

 しかし、今そんなものに怯えていも仕方ないため、大人しく筆箱からマッキーを取り出した。

 教科書の裏に萩尾京介と書き連ねながら、今日起こった事象について考えを巡らせていた。

 彼女はあの推理に対して矛盾があると言い残した。

 恐らくその矛盾とは「なぜ迎えが来ることが分かっていながら、折りたたみ傘を持って来たのか」である。

 この矛盾は今回の推理において無視しても構わないほど些細なものであったが、相沢にとっては()()()()()()()だったのではないだろうか。

 つまるところ相沢は「もし迎えが来れなくても大丈夫なように傘を持ってきた」のではなく、「そもそも徒歩で帰ることを望んでいた」ということなのだろうか。

 この考証があたっているのなら、あの場で披露した推理は間違っていたことになる。またこの事実を察知してしまうことは、この先相沢と関わっていく上で大きな意味を持ち、捉えようによってはある種の共犯者にさえなりうるのだ。


 相沢は、あの時あの場で待っていた。それは雨上がりでも迎車でもなく、九割九分来ることの無いイレギュラーなもの。

 それでも相沢は待っていた。そしてそれが来た暁には、ローファーを濡らし傘を広げ他の生徒と同様に下校することだろう。

 

 「ごめん、今日は仕事を抜けられそうにないから定期検診は延期にしてもらった。お友達の傘に入れてもらって帰ってね。」

 

 といった内容の、キャンセルメールを相沢は携帯電話を握りしめ待っていた。

 それは、病院への嫌悪以外の何物でもない。

 病院へ行くことを喜々とする人間は多くないだろう。しかしそれは彼女が抱える忌みとは似て非なるもので、また平凡な男子中学生には、あまりにも度し難いものであることは、明明白白である。

 

 美術の教科書の裏に萩尾京介と書ききったところで、マッキーにフタをした。


 今朝の自己紹介で彼女が相沢怜子(あいざわ れいこ)と名乗ったことを、ふと思い出した。

 彼女が病院に行きたがらない理由が少し分かったような気がした。

シリーズで書こうと思っています。

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