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04 卒業兼失恋旅行

 クラスで催された卒業パーティーでは、冬美に会うやいなや彼女に捕まり、殆ど彼女と話をしていた。どうやら冬美も幸太郎から彼の恋の顛末を聞いたらしく、複雑な気持ちを抱いていた。それを全て春歌にぶつけるが如く会って早々「アイツ本っ当腹立つ!」と憤っていた。春歌はそんな彼女に苦笑しつつも、気持ちは十分理解出来るので時間が許す限り彼女の話に付き合った。

 幸太郎、そして何より大好きな彼の幸せを祝福出来ない自分に腹が立つ、と言わんばかりに荒れる冬美を見ていると、何だか春歌の思いも全部彼女が吐き出してくれてるように思えて、春歌の胸の内に燻る黒いモヤが晴れていく気がした。




 夏希や秋乃も同じく幸太郎から話を聞いたようで、スマホにも2人からのメッセージが大量に来た。幸太郎へのサプライズパーティーの為に作られた4人だけのグループ。4人は暫く幸太郎の話で盛り上がった。今までこのグループでは本当に必要最低限な事、例えば誰と誰がいつ買い出しに行くとか、パーティーの準備中どうやって幸太郎の意識を逸らすかだとか、そういった事しか話していなかったので、こんな風に盛り上がるのは初めてだった。



 皆、最早幸太郎への思いを包み隠さず吐き出している。今まではお互いに幸太郎への恋心を察しつつも、5人での関係が壊れる事が嫌だというのもあってそういった話は避けてきたのに。だからこそ必要最低限の会話だけに留めていたのに。何だかおかしくて、そして嬉しくて思わず笑ってしまう。




 話を始めてどれ位経っただろうか。もうすっかり夜中になって、流石にそろそろ寝ようかと春歌が考えていると、夏希が新しいメッセージを送ってきた。その内容を見て、春歌目を見開く。



『もし、みんなの予定が合うなら、春休み中のどっかで卒業兼失恋旅行とか行かない?旅行は無理でも、どっかテーマパークに出掛けたりさ。また皆で集まって騒いで色々発散させようよ』



 卒業、兼失恋旅行...。確かに仲の良い子同士の卒業旅行は鉄板である。けれど幸太郎への恋心を通じて出会った彼女達は、高校3年間殆ど一緒に過ごしたけれど、そういった計画は一切立てていなかった。卒業後は4人の中の誰かが幸太郎と付き合ってるとばかり思っていたし、そもそもそこまでする程の仲ではなかった。今までだって皆で旅行はした事あったけれどそれは幸太郎も一緒だったから、彼と旅行がしたかったからだった。




 そんな彼女達の、4人だけの旅行。



 春歌はスマホのカレンダーで予定を確認する。空いている日を抜粋して、メッセージに打ち込んでいく。文字を打ち終わって、少しの緊張を抱きながら送信。少しして、3人からも空いている日が送られてきた。全員が空いている日があった。2日間。




『1泊2日でどこか行こうか?』

『近場がいいよね。それでいて観光地ってなると鎌倉とか?箱根もいいかも』

『今から予約できるホテルあるのかな?』

『本郷家の伝手を使えば泊まる所は大丈夫よ。宿泊費も気にしなくていいわ』

『え、でもそれは申し訳ない気が...』

『良いのよ。卒業兼失恋旅行何だしパーッとやりましょ』

『せめて少しくらいは宿泊費払うよ。半額とか』

『本郷家御用達だと半額でも結構な値段になりそう』

『気にしなくていいってば』

『そうはいかない。せめて全員2万円払うとか』




 なんてやり取りをした結果、1週間後に卒業兼失恋旅行が決行される事になった。場所は鎌倉で、宿泊場所は本郷家の伝手を有難く使わせてもらう。宿泊代は半額でも高校生には厳しい額だったので、お言葉に甘えて各々2万円ずつ支払う、という事にした。

 両親に旅行の事を伝えるといきなりの事に驚きつつも、「楽しんできなさい」と快く了承を貰った。



 ___ちょっと緊張するけど、楽しみだな。


 *****


 旅行当日。春歌達は駅で待ち合わせをして、始発の電車に乗り、鎌倉へ向かい始める。冬美が車を出そうかとも提案してくれたが、流石にそこまで甘える訳にはいかないと断った。


 始発だけあって電車内は4人が座れる席が空いており、そこに座って他愛ない話をしながら旅路を楽しむ。幸太郎の話は自然と皆避けていた。メッセージ上なら兎も角、こうして直に会って話をするとまた泣いてしまいそうだったから。



「取り敢えず、今日は旅館に荷物置いたら寺巡りって事で良いんだよね?」

「うん。私、今日行く予定のお寺について改めて図書館で予習してきた。少しなら案内出来ると思う」

「じゃあ今日は秋乃ガイドの寺巡りツアーね!」



 何時もより皆の声が明るいのは、口数が多いのは、緊張からか、それともこれが失恋旅行でもあるからか。兎に角彼女達は普段より3割増しで明るく振る舞っていた。


 *****


 鎌倉に着き、バスに乗って冬美が手配した旅館へ。「ここよ」と冬美に紹介された旅館は到底高校生__もう卒業済みとはいえ__が泊まる事を想定していない様な、テレビで高級旅館として紹介されていてもおかしくないくらい立派で厳かな旅館だった。思わず気後れする春歌、夏希、秋乃の3人とは違い、冬美は流石に慣れた様子で歩を進める。春歌達は恐る恐る彼女の後ろを付いて行った。



「冬美様、御学友の皆様、ようこそお越しくださいました」



 旅館の女将と思しき年配の女性が深々と頭を下げて出迎える。緊張がMAXに達した春歌。

「い、いえ」と震えた声を絞り出すのが精一杯だった。




 旅館の従業員に荷物を持って貰いつつ、4人は宿泊部屋へ案内された。4人で泊まるには到底広すぎる部屋には備え付けの小さな露天風呂まで付いている。あまりの高級っぷりに目眩がする。



「……とりあえず、荷物置いて、早く観光に行こう」



 夏希の言葉に春歌と秋乃は赤べこの様に繰り返し頷いた。冬美だけは「少し休憩しなくていいの?」と不思議そうに首を傾げていた。





「いやー、本郷家御用達の旅館だからある程度覚悟してたけど…想像以上に豪華だったわ…」

「うん、気後れしちゃった」

「そんなにかしら?」

「一般人にとっては一生に一度泊まれるかどうか位の高級旅館」

「…もう少しランク落とした方が良かったかしら。折角ならって思ったんだけど…」

「うーん…確かに気後れしちゃうけど、でもあんな旅館今後泊まれる機会ないと思うから、いい経験になったよ」

「そうそう。ま、気を取り直して寺巡りに出発しよう!」



 4人は鎌倉の有名なお寺を巡っていく。予習してきたという秋乃の解説は、ガイドに負けず劣らず丁寧で分かりやすく、面白かった。休憩がてら良い雰囲気のカフェでスイーツを楽しんだり、昼食には生しらす丼を堪能した。





 旅館に戻ってからは贅沢な露天風呂を4人で楽しみ、夕食の懐石料理に舌鼓をうち、もう一度温泉を堪能し、部屋に戻る。



「いやー、最っ高!」

「温泉も気持ちよかったし、料理も美味しかったね」

「…今後どんな旅館泊まっても今日の満足度には敵わない気がする」

「楽しんで貰えたなら良かったわ」



 4人で布団を敷いて、眠るまでの談笑タイム。昨日見たテレビが面白かった、最近読んだこの本がオススメ、大学生活が待ち遠しい、バイトを始めようかと思っていて…などなど。高校生が休み時間にする様な何でもない話がとめどなく続いていく。今まで4人で集まってこんな話をする事が無かったから、新鮮に感じられた。

 その内、旅行の最初にあった緊張感も解けゆき、4人はリラックスしながら夜中まで話し続けていた。


 *****


 2日目は夏希の提案でハイキングに。陸上部だった夏希は言わずもがな、意外と運動が得意な冬美も余裕そうだったが、体力に自信が無い春歌と秋乃はハイキングが終わる頃には完全に息が上がっていた。初級コースなのにこのザマ…もう少し体力つけよう、と春歌は密かに決意した。

 しかし、キツい以上に楽しかった。夏希は皆を元気よく励ましてくれていたし、冬美も春歌と秋乃にペース合わせつつ時には手を引いてくれた。



 そんな2日目のハイキングを経て、彼女達の1泊2日の卒業兼失恋旅行は終わりを告げる。帰りの電車を待つ中、夏希がおもむろに口を開いた。


「今回の旅行、すっごく楽しかった!またみんなで出掛けたりしたいな」




 春歌も同じ気持ちだった。性格も趣味嗜好も違う、唯一の共通点と言えば同じ人を好きになった事。恋のライバルであったこの子達とこんなに仲良くなるだなんて、出会った当初は全く想像もしていなかった。4人は顔を見合わせて笑い合う。失恋旅行でもあったのに、そんな事考える間もないくらい楽しい旅行だった。





 結局、前日の寝不足とハイキングの疲れもあって帰りの電車では全員で寝過ごしてしまい、慌てて冬美が車を呼ぶ事になったけれど、それも良い思い出だ。

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