03 幸太郎の恋の行方
涙の失恋、その翌日。春歌はいつも通りの時間に起き、洗面所へ向かう。鏡の中の自分は酷い顔だった。
昨日結局、夜遅くまで4人の失恋パーティーは続いた。卒業式の日だったという事もあって、両親は遅く帰ってきた事にも、春歌の真っ赤になった目にも何も言わなかった。春歌はどうにかお風呂だけ済ませるとそのまま直ぐに寝てしまったので、何の対処もしていなかった目はすっかり腫れている。
「...本当、酷い顔だなぁ」
思わず笑ってしまう。失恋して、こんな顔になるくらい泣いたのに、それほど心に傷を負ったはずなのに、気持ちは晴れ晴れとしていた。多分、昨日の失恋パーティーのお陰だろう。恥も外聞も投げ捨てて、同じ傷を負った者同士で散々泣いて、騒いで。失恋の傷が完全に癒えたわけでは無いけど、それでも少しだけ心が軽くなった。きっとあれが無ければ今日も自分は泣いていただろう。それどころか、大学が始まるまで部屋に閉じこもっていたいたかもしれない。
___失恋は悲しかったけど、夏希ちゃん達皆と仲良くなれたから、高校3年間も、私の恋も、無駄じゃなかったのかも。
きっと幸太郎への恋心が無ければ関わる事すら無かった子達。失恋を通してより仲良くなった気がする。幸太郎と恋人にはなれなかったけど、代わりに4人の大切な友達が出来たのだから、まぁ良しとしよう。
そんな風に前向きに考えて、春歌は気持ちを切り替えるように頬を叩いた。今日はクラスでの卒業パーティーがある。最後にクラス皆で集まってご飯でも食べよう、とクラスの中心的人物が提案したものだ。卒業式直後は皆部活の送別会だったり、友達同士の集まりだったりで忙しいだろうという事で、卒業式の翌日__つまり今日、実行される事になった。
集まりは夕方からだから、それまでにこの顔を何とかしなくちゃ。春歌は軽く顔を洗うと、台所へ向かい蒸しタオルと保冷剤を用意する。そしてまた洗面所に戻って、目を冷やす→温めるを繰り返す。目の周りもマッサージして、どうにか腫れを落ち着かせる。 まだ完璧に治ったわけでは無いが、一先ず人に見せられる位の顔にはなった。
この後はどうしようかな。学校もないのにいつも通りの時間に起きてしまったので、まだまだ時間はある。家に居るか、出掛けるか。自室に戻った春歌は取り敢えずスマホをチェックする。メッセージが一件。幸太郎からだった。
『今日、少し時間貰える?報告したい事がある』
いつも通りの簡素なメッセージ。直接人と話す方が好きな彼は、メッセージ上だと必要最低限の事しか言わなくてクールな印象を受ける。そういう所もギャップがあって好きだった。
『良いよ。今から?』
『早い方が良い。クラスでの集まりもあるし。近所の公園で待ってる』
了解の意味を込めたスタンプを送って、春歌は支度を始める。ただ少し会うだけなのに、昨日振られたばかりなのに、ついオシャレして化粧もしたくなる。未だに彼と会う時は少しでも可愛い自分でいたいと思ってしまう事に呆れつつ、春歌は鏡の前で最終チェックを済ませると、少し出てくる事を家族に伝え、家を出た。
******
公園には既に幸太郎が居た。彼は春歌の姿を見つけると、いつも通り手を振ろうとしてやめた。気まずそうな顔をしている。こんな幸太郎は見たことない。春歌なんだか自然と笑ってしまった。
「昨日ぶりだね、幸太郎」
「……うん」
「それで、報告したい事って何?」
「………実は、俺、昨日好きな人に告白…して、OKもらったんだ。その………その子と、付き合う事になった」
ズキッと春歌の胸が痛む。律儀で誠実な彼の事だから、勇気を出して自分に告白してくれた私に、きちんと自分の恋がどうなったか知らせるべきだと思ったのだろう。ましてや今日はこれからクラスでの集まりがある。2人が変にぎこちなくなって折角の卒業パーティーの雰囲気を壊してしまわないように、なるべくわだかまりを無くしておきたかったのだろう。それにしたって少々デリカシーに欠けるが。これ、冬美ちゃんだったら怒るだろうなぁ。
春歌はどうにか笑顔を取り繕おうとしたが、上手く笑えていないのが自分でも分かった。それでもどうにか言葉を絞り出す。
「そっか。どんな子?同じ学校の人?」
「いや、他校の子。偶然、駅で落し物を拾った事がきっかけで...。それから、駅で会うと挨拶するようになって、その内時間があれば少し話をするようになった。
何でもない普通の話しかしてなかったけど...彼女とは趣味も合って、段々話すのが楽しみになって...メッセージでも色々やり取りして__そして、好きになった」
「.........そう」
春歌は泣きそうになるのを堪えながら、幸太郎の話を聞いていた。本当、幸太郎の馬鹿。そんな話、聞きたくなかった。デリカシー皆無なんだから。
__でも、本当にその子が大好きなんだな。
その子の事を話す幸太郎の目はとても優しくて。春歌はそんな目を__誰かを愛しく見つめる目を何度も見た事があった。夏希に、秋乃に、冬美に......鏡の中の、自分に。
悔しいし、悲しいし、切ないのに__恋をする気持ちは、止められない想いは痛いほどよく分かるから。だから、受け入れる。直ぐには無理でも、いつか、きっと___。
「ごめんね、幸太郎。私、今はおめでとうとは言えない。でも__きっといつか、心から幸太郎とその子を祝福するから...」
「...うん。分かってる。無理して笑って欲しいとも、祝福して欲しいとも思わない。そんな資格がないこと位分かってる。
でも、春歌に知って欲しかった。その、昨日の告白へのケジメって意味もあるけど__君が俺の大切な幼馴染で、友達だから知って欲しかったっていうのが一番の理由」
___本当、ズルい、そういう所。
そんな事を言われたら嬉しくなってしまう。幼馴染としてだとしても、友達としてだとしても、彼の大切なものに自分が入っている事にどうしようもなく嬉しくなる。どれだけ彼への恋心を引き摺っているのか。自分で自分に呆れてしまう。
でも、子供の時からずっと好きな、初恋の人なのだから仕方ないだろう。
「......もう、帰ろうか。卒業パーティーもあるしな」
「...うん。
でも、最後に聞かせて、幸太郎。この高校3年間、幸太郎は__楽しかった?」
5人はいつも一緒にいた。春歌からすれば、2人きりでは無いにしろ大好きな幸太郎とずっと高校生活を共に出来てとても楽しかったし、充実していた。対して、幸太郎はどうだったのか。好きな人は他校で、彼は自分達とは違い好きな人と共に高校生活を過ごす事は出来なかった。
それどころか、自分達が幸太郎とその子が過ごす時間を奪ってしまったかもしれない。どうにか幸太郎と一緒に過ごす時間を得ようと4人とも必死だったから。
そんな不安と罪悪感から出た問いに、幸太郎は何を言っているんだ、とでも言うように首を傾げ、答えた。
「___楽しかったに決まってる。春歌達のお陰で、俺の高校生活は充実してたよ。ありがとう」
「___そっか。私もだよ。ありがとう、幸太郎」
楽しかったなら、良いか。5人で過ごした高校3年間、皆が皆充実していたと、楽しかったと思えるのなら__あの日々はやっぱり無駄じゃなかった。
春歌はまた少し心が軽くなるのを感じながら、この公園に来てから初めてまともな笑顔を幸太郎に、好きな人に見せる事が出来た。