02 身勝手な涙
春歌、夏希、秋乃、冬美。4人全員が幸太郎のヒロインとなり得なかった事を知ったあと。4人は中庭からカラオケボックスへと移動していた。
4人の内誰も幸太郎に選ばれなかったという事実、その衝撃と困惑は彼女達の失恋の傷を覆い隠した。悲しみは困惑と動揺に塗り替えられ、涙は引っ込んだ。そんな状態でどうにか落ち着いて話せる場所へ移動しようとやって来たのがカラオケボックスだった。
部屋に入ってまず口を開いたのは冬美だった。
「一度整理しましょう。まず、アタシは今日、幸太郎に告白したけど...振られたわ。〝他に好きな人がいる〟って」
「...ウチも同じく」「私も」「私、も」
「「「「.........」」」」
沈黙が流れる。丁度ソフトドリンクを届けに来た店員が気まずそうにドリンクを置いて去っていく。春歌は無意識のうちにドリンクを配り分けた。幸太郎も含めた5人でカラオケに来た時、大体いつもドリンクや食べ物を配るのは春歌だった。いつもの癖がこんな時でも身体を動かす。
「幸太郎、好きな人が居るって言ってたけど...みんな振られたって事は、その人ってウチら以外の誰かって事だよね?」
「うん...。幸太郎はそんな嘘はつかないし」
体良く告白を断る為に〝好きな人がいる〟なんて彼が言わない事はこの場の全員が分かっていた。つまり、本当に好きな人がいるんだろう。自分達以外の誰か、他に。
それが誰なのかは分からない。知らない。幸太郎とはこの高校3年間、いや、春歌からすれば物心ついた時からずっと一緒にいたのにも関わらず、彼の好きな人すら見当がつかない。
__私、幸太郎の事誰よりも分かってるつもりで、本当は何も分かってなかった。彼に好きな人がいた事すら気付かなかった。ずっと見ていたくせに。
じわり、と視界が歪んだ。抑える間もなくポロポロと春歌は涙を零す。
情けなかった。彼が好きで、彼の事をずっと見ていたようで全然見ていなかった事が。悔しかった。自分でも、自分がよく知る他の3人でもなく、見ず知らずの人に幸太郎の心が奪われていた事が。悲しかった。ずっと想っていた初恋の人と結ばれなかった事が。
身勝手だって事は百も承知だけど、それでも自分か、彼女達3人の中の誰かを選んで欲しかった。だって、だって、ずっと想ってきた。私も、夏希ちゃんも、秋乃ちゃんも、冬美ちゃんも。彼に好きになって貰えるよう努力した。恋のライバルとして彼を巡って競い合った。だからこそ、この中の誰が幸太郎と結ばれても、受け入れられると思ったのに。
「幸太郎の馬鹿っ…!」
春歌はとうとう顔覆って盛大に泣き始めた。振られた直後だって散々泣いたのに涙は枯れる事なく溢れてくる。子供みたいにわんわん泣く春歌に触発されるように、3人の目にも涙が浮かぶ。そして直ぐに泣き声の大合唱が巻き起こる。
「ホントバカよあの男!こ、こんなに想ってるアタシ達を差し置いてっ!うぅーー……」
「……幸太郎くんは幸せの青い鳥の話、知らないのかな。身近に4羽もいるのに」
「もぉーー!幸太郎なんて、幸太郎なんて……大好きだよ!だからこんなに、苦しい、のに……」
身勝手だって分かっている。本当に彼の事を心から思っているのなら、相手が誰であろうと彼の恋を応援すべきだって事も。
けれど、彼女達はお互いに恋の火花を散らしながら高校生活を、青春の日々を過ごした。体育祭も文化祭も修学旅行も。夏休みもハロウィンもクリスマスもバレンタインだって。牽制し合って、抜け駆けを狙ったりもして、時には幸太郎の為にお互い手を取り合ったりして。そんな日々を思い出すとますます幸太郎への苛立ちやら悔しさが募った。
「もーこうなったらとことん泣いて、飲んで、食べて、叫んで歌ってやるしかない!!そうしないとこの気持ちは収まらない!!」
そう叫んだ夏希は荒い仕草で曲を入れていく。彼女の言葉に同調するように秋乃はフードメニューを頼む。春歌と冬美も続いて曲を入れ、メニューを頼む。
4人は全ての感情を吐き出すように、時間が許す限り騒ぎ続けた。それは最後の青春。____高校生活最後の1ページを彩る、苦くて、切なくて、それでいて輝かしい、忘れられない思い出だ。