私の春と秋
私の春と秋
「春が来ましたね!」ちょっとからかう様に言ったその人に、私は曖昧に返事をした。
私は生徒会長。今日も遅くまで学校に居残り、二週間後に迫る文化祭の運営準備をしていた。
「真田先輩!こんな感じでいいですか?」
「うん、いいと思うよ」
後輩が可愛く思えてきたのは最近で、大人になったな、と我ながら思う。準備は順調に進んでいた。
「真田先輩って、好きな人とか居るんですか?」
興味津々に聞いてきた美人な後輩に私はきっぱりと「いないよ」と答えた。彼氏とかいないんですか?と聞いてこないのは、絶対彼氏なんて居るはずないと思い込んでいるからで一瞬ムッとする。実際彼氏は居ないが、私にも好きな人ぐらい居る。
文武両道で学校一イケメンの副会長だ。同級生だが同じクラスにはなった事はなくて、話せる機会はゼロだった。生徒会で顔を合わせるようになる度、意識してしまって仕方がない。けど、決して自分からは話しかけない。だって私は真面目ちゃんだから。「悠馬っち〜〜」などと気安くあだ名で呼び集る女子達ではない。常に事務的に、何事も淡々とこなす真面目キャラが私だ。
そういうキャラを言い訳にしている節もあるが、まぁそれでもいい。話しかけに行くようなそんな勇気は無い。
準備が一区切りついたところで解散となった。薄暗くなった帰路を辿っていると、
「真田先輩!」
男子の声だったので一瞬期待してしまったが、違う。この声は、、一個下の生徒会書記、小田秋久。
「どうしたの?」
一瞬の動揺を悟られないよう素っ気なく聞く。
「一緒に帰ってもらえませんか?、、暗くて怖いから、、」
走って追いかけてきたのだろう。眼鏡が少し曇っている。冴えない男子の声は思いのほか明るかった。
「別にいいよ」
優しい先輩と思われるのは悪くない。
「良かった、ありがとうございます!」
一緒に帰るのはいいが、話題が何も無い。あまり喋ったことのない後輩だ。気まずいに決まっている。しばらく黙って歩いていると、気を遣ったのか「春夏秋冬、どの時期が一番好きですか?」と聞いてきた。内心「なんだその質問!!他になんかあったでしょ〜?!話題に困ったら天気!は鉄則じゃん!そうじゃなくても生徒会のこととか!」と、思ったが自分は何も出していないので、大人しく答えた。
「えー春かな〜?桜も綺麗だし、桜餅好きだし。暖かいじゃん。」
「いいですよね!桜!僕は秋です!月が綺麗にみえるから!」
「確か、月に詳しいんだっけ?」そういえば彼が周りから月ヲタと呼ばれているのを思い出した。
「はい!先輩知ってましたか?満月が一番大きく見えるのは秋なんですよ!日本ではスーパームーンと呼ばれますが、アメリカではハンターズムーンと呼ばれてて、、、」
眼をキラキラさせながら楽しそうに語る姿が可愛いくて、ちょっとキュンとするのは後輩だからだろうか。
「明治時代の英文学者であった文豪がIloveyouを月が綺麗ですね、と訳した逸話もあるんです!ロマンチックですよね〜」
「へ〜、面白いね!でも、私はやっぱり春が好きだな。秋ってなんだか寂しい気持ちになるのよね、」
「僕は、春のが寂しい感じがします。出会いと別れの季節っていうじゃないですか。僕は先輩がもうすぐで卒業しちゃうの寂しいし。」
「別れがあるから出会いがあるのよ、出会いと別れはセットなの。」
一瞬ドキッとしたのがバレないように先輩ぶってみせた。
「別れを寂しがるより、新しい出会いを期待して待っているが楽しいと思わない?
失うものもあるけど、新たに満たされる。いい出会いや、新しく始まる関係があると、春が来たなって思うのよ。」
いい出会いといえば約三年前の入学式。新入生代表挨拶で舞台に立った大里悠馬は、華やかなルックスとイケメンボイスで早々女子みんなのハートを射抜いた。もちろん私も例外ではなかった。その上性格と愛想も良くて教師にまで好かれている。やっぱり本物のイケメンは違うわぁー、と感心してしまった程だ。
「素敵な考え方ですね!」
「、、、ありがと。」
副会長のことを考えていたので返事が遅れた。
「先輩!」
しばらくの沈黙のあと後輩が言った。
「先輩は副会長のこと、好きなんですか?!」
唐突な質問に「なんで知ってるの!」と言ってしまった。これでは認めてることになってしまったじゃないか。
「だって先輩、副会長に話しかけられたら顔真っ赤にしてるし、それによく目で追っているじゃないですか。」
「はぁ!」
怒っちゃ駄目だ。バレていた恥ずかしさで思わず怒鳴ってしまった。
「すみません!!でも先輩分かりやすいから、、僕、先輩のこと好きなんです!月と同じくらい!!」
さらに「はぁ!!」だ。
「周りに流されないところとか、気遣いができるところ。すごく真面目だけど、決して堅くない。そんな優しい先輩のことがずっと好きでした。
僕は副会長みたいにイケメンじゃないし、声だって高くてダサい。でももうすぐ卒業しちゃうから、伝えるしか無いって思ったんです。でも、この恋が叶わないなら僕は先輩の恋を応援したい。お節介かもしれないけど、もうすぐ卒業しちゃうのに、先輩が好きな人に気持ちも伝えられず終わってしまうのがもどかしいんです。」
後輩はもう一度しっかりと私をみた。
「でも本当は僕のものにしたい。僕が、先輩を笑顔にしたい!だから僕と付き合ってください!」
突然の告白になんて言葉を返せばいいのか分からない。「いいよ」「ごめん」「考えさせて」経験値が足らなすぎる。そして多分、一番駄目なことをやってしまった。
「冗談言わないでよ、私そんないい奴じゃないわ、優しい先輩だからって調子乗らないでよね、」
精一杯おどけてみせたが、後輩は悲しげに笑って「はい」と言った。振られた、と受け取っただろうか。
二週間後の文化祭は多少のトラブルはあったがなんとか乗り切った。その日の夕方、副会長に連絡先を交換しないかと言われた。真田さんのことをもっと知りたくて、と。雑談を交わした後、一人になった私のところに一部始終を遠くからみていた後輩がニコニコしながら来た。告白の翌日から何事も無かったかのように接してくる小田秋久が、
「春が来ましたね!」
と、少しからかう様に言った。
いい出会いや、新しく始まる関係があると、春が来たなって思うのよ。
あの時そう言った けど、
「私はもう、秋の方が好きだよ。月が綺麗だもんね。」
後輩の顔が満月のように輝いた。