食欲
彼を見た瞬間に食べてみたいと思った。
その食べたいという気持ちはテレビで美味しそうな料理が映し出されていた時の同じものだ。
私の目に映る彼は美味しそうなのだ。
それから私の心に満たされない飢えがもたらされた。
彼をどうするのが一番美味しいのだろう。
そんなことを考えながら夜眠りに落ちる日々が続いた。
私にとっての彼は鮮魚店の水槽を泳ぐ魚と同じだ。
彼は私をどのような目で見ているのだろう。
私の本心に気付いた時彼はどのように思うのだろう。
気付いた時には彼は――。
獲物を狙う肉食獣の目。
それは比喩ではなく、まさにその通りなのだと思う。
彼を食べることが出来たら、この飢えは消え去るのだろうか。
それとも――しばらくすればまた飢えが訪れるのだろうか。
彼はそんな私に狙われていることを知らない。
世の中には知らないことが良いことがあるのだと思う。
私が彼を思う感情もきっとそうだ。
今日も私は彼で食欲を満たす日を想像している。
(了)