浜辺で電灯のヒーローが戦ってたよ。(俺も戦うらしいよ)
浜辺まで最短経路で走ってきた俺とジェナは、電灯ライダーを物陰から観察していた。
結果的に、ドラさん(ドライヤー)が言ってた通り、浜辺で彼は戦っていた。
案外早く見つかった。
それはよかった。
だが新たに問題が二つ発覚した。
まず電灯ライダーの周囲の状況についてだ。
どういうことかというと──。
「がんばれー!! 電灯ライダー!!」
「そんな化け物に負けるなー!!」
「街を守ってー!!」
……と、子供やその親御さんが声援を送っていた。
思ったより大所帯なんすけど。
俺たち、あんな所に飛び込むん?
気まずいんだけど。
つーか電灯ライダー、そんなに街に溶け込んでるの?
毎度言うけど、俺の家電の適応力すごくない?
何か自分が情けなくなっちゃったよ。
……まぁ俺の自尊心とか、今はどうでもいいわけで。
最後の問題点だ。
電灯ライダーが戦っている相手が問題なのだ。
その相手が正真正銘の化け物なのだ。
クロワッサンなんて比じゃない。
そんな大きさじゃない。
とにかくでかい。
車よりでかい。
見た目もやばい。
「……あれ、俺の目が一時的におかしくなってるとかじゃないよな」
思わずそうぼやいてしまうほど、化け物の見た目や大きさが現実離れしてるのだ。
簡単にいうと、クモをめちゃくちゃデカくしたような見た目だ。
元々パンとは思えないほど。
……ドラさんにもう少し、敵の情報を教えてもらうべきだった。
「マスター。信じがたいことですが、現実です。加勢しましょう」
「ジェナはともかく、俺が出る幕あるかな……」
「当機はマスターの言葉がなければ、生成が使えません。来てください」
それもそうだ。
……ぶっちゃけ本音を言ってしまえば、あの場に行きたくないから言い訳がほしいだけだ。
だって絶対やばいじゃん。
気持ち悪いんだって敵が。
虫が苦手な俺にはキツすぎるよ。
益虫とはよく聞くけど。
だとしても、大きさに限度ってものがあるだろ。
「いかがいたしましょう。マスター」
「……このまま行ったら、足手まといだよなぁ。主に俺が」
「そんなことはございません。マスターはいるだけでよいのです。いけます」
「……ありがとう。ただ、勇気を振り絞るだけじゃダメなんだ。せめて戦闘できる道具とか何か──」
なんて悠長に喋っていたら、電灯ライダーが格闘ゲームキャラみたいにここまで吹っ飛んできた。
めっちゃ吹っ飛ぶじゃん。
やべぇじゃん。
「──うぉお。だ、大丈夫かっ」
とりあえず駆けつけて、彼に声をかける。
服装やら仮面やらがボロボロな時点で、大丈夫も何もないだろうけども。
「……き、君はあの時の青年……。ぐっ。恥ずかしい所を見られたようだね」
「電灯さん。あの怪物は一体なんでしょうか」
「おぉ……君はスマホ君か。だがすまん……アイツの正体は私にも分からなくてな。突然現れて」
「未知の怪物……『ククク……我々が召喚した異物か……』」
「ブハッ」
ここにきて昨日と同じノリ(厨二病演技)で対応するのやめてくれジェナ。
死んじゃうって。
俺の精神が。
「なに!? 君たち、あの化け物を知ってるのか!?」
ほらのってきた。
「『ククク……ヤツは我々の実験体第一号……。よもやここまでとは……』」
「クッ。君たちに人の心はないのか……!!?」
「電灯ライダー落ち着いて。ジェナが大袈裟に言ってるだけだから……」
「むっ? そうなのか?」
「『何を言うマスター。ヤツは我々が作り出した怪物じゃないか……嘘をつく必要はないだろう?』」
「なに!? 嘘をついてるのか青年!? 見損なったぞ!」
「えぇ……」
案の定、話がややこしくなったわ。
そんな無駄話してたら、目の前の化け物が「ギュオオォオン」とか奇声を上げはじめたよ。
やべぇよ。
収集つかねぇよにっちもさっちも。
「弱点でも分かればいいんだけどなぁ……」
「くぅ……! 今が夜であれば、力が引き出せるというのに……!」
「え。夜だと力だせるん?」
「こんな明るい時間に、明かりを付ける必要性など皆無……!」
「なんて切実で現実的っ……」
「本日の天気は快晴。気持ちのいいお天気日和となるでしょう」
「お天気キャスター並みの解説ありがとうジェナ」
「どういたしまして」
なるほど彼の能力がなんとなーく理解できた。
どうやら昨日の出来事(弁当のひったくり)で見せた身体能力は、彼の能力故だったらしい。
……まぁ仮に今が夜だとしても、目の前にいる化け物を彼が簡単に倒せるとは思えないけど。
だって規格外すぎるもん。
デカすぎんだろって。
「とにかく話は後でじっくり聞かせてもらうぞ! 君達は下がっていたまえっ!」
「えっあっいや」
「アイアム電灯ライダー!!」
電灯ライダーは自分を鼓舞するように叫び、化け物へ猪突猛進した。
相変わらず聞く耳持たないや。
俺の家電達、せっかちすぎる。
というか今更だけど、一々自分の名前言うのじわじわくるな。
「ジェナ、なんで急にアレ(黒歴史)をやったのさ……」
「盛り上がるかと思いまして」
「盛り上げなくていいって。話がややこしくなっただけだって」
「むむ……失礼しました」
というか盛り上がり所、どこだよ。
ただ俺の葬りたい過去を、一部晒しあげたじゃん。
……いや、いつものことか。
それよりも、目の前の化け物をどうするかだ。
「マスター。ここは当機の出番かと」
「それはもちろん頼らせてもらうよ……ただ、何を生成してもらおうか……迷ってるんだよ」
あの化け物と対等に戦えるような武器が必要だ。
パンだから、無難にナイフとか鋭利な刃物を生成してもらうか?
それが弱点で暴走もすぐに止められて……いや安直すぎるか。
けれど悠長に考える時間もそんなにない。
電灯ライダーは、特撮ヒーロー顔負けの動きで翻弄してる。
そろそろ加勢しなくては。
……。
…………。
……ん?
特撮ヒーロー……?
「ジェナ。生成って何でも作り出せるんだっけ?」
「もちろん。当機の能力は何でも生み出せます」
「……それってさ。姿形を作り変えたりとかさ、できるんだよね?」
「……なるほどマスター。変身したいんですね?」
「お、おう。そうだよ。よく分かったね」
話が早くて助かる。
元々家電達も、俺の一言で姿形が変えられたんだ。
なら特定の物に対して、何かしらの変化を与えられることもできるんじゃないか。
そんな考えが頭の片隅に浮かんではいたのだが──。
「……俺って人間だけど、ありなのかな」
「当然です。当機はマスターによって生み出されたのです。不可能なはずはありません」
「お、おう」
その謎の自信はどこからやってくるのか、いまだによく分かってないけど。
とりあえず可能ではあるようだ。
なら次にやるべきことは決まっている。
「よしジェナ。一旦ここから離れて日陰の方に行こう」
「……今日は積極的ですねマスター。当機と二人きりで日陰に行きたいだなんて……」
「違うからね。あくまで戦うための準備だからね」
「……むむ。残念です」
なぜこのタイミングで、そんなピンクな展開をするんだろうか。
いや状況が状況でも、そんな大胆な行動とれないからね俺。
ひとまず、俺とジェナは人のいない日陰へ小走りで駆けた。
一方の電灯ライダーは「シュワッチ!」だとか「ヘアッ!!」とか相変わらずの掛け声。
いっそのこと、あいつ自身にデカくなってもらうように、ジェナに生成を頼めば良かった。
言うタイミングを完璧に逃しちゃったなぁ。
とりあえず周囲を見渡して、俺とジェナ以外の人間がいないことを確認。
どうやら誰にも見られていないようだ。
今しかない。
「よしジェナ。電灯ライダーと同じような能力が使えるように、俺にやってくれ」
結構投げやりな注文になっちゃったけど、大丈夫だろうか。
いや、もうなるようにしかならんか。
ぶっちゃけ、こういう変身して戦うっていうの憧れてたし、何だったらどっかのタイミングで試してみたかったのが本音だ。
「承知いたしました。生成」
ジェナが一言宣言した瞬間、青白い光が俺の身の回りを包み込んだ。
アニメとかだったら、絶対変身バンク入るやつだよ。
やべぇテンション上がってきた。
……俺、厨二病抜けきってないのかもしれない。
青白い光が消えてから、自分の姿を確認しようとする。
……何か妙にヒラヒラしてるような気がするんだけど。
ヒーロースーツってそういうものなのかな。
「どうジェナ。成功してるこれ?」
「大成功です。似合っています」
「そ、そっか……んん?」
何か喉に違和感あるんだけど。
というかこれ、俺の声なのか?
まさか自分の声まで忘れてしまったとか、とうとう老人の域に達したのか俺。
……流石に気のせいだと思いたい。
電灯ライダーと同じような能力になったのなら、かなり動けるはずだ。
彼の元に急いで駆けつけなくては──。
「お待ちくださいマスター」
……走り出した手前、ジェナに腕を掴まれてしまった。
力やっぱ強いな君。
軽く痛い。
つーか俺の腕、心なしか細いように思えるんだけど。
……筋肉落ちてるのかな。
「マスター、こちらの武器を」
「武器まであるんだなぁ。流石変身ヒーローって感じ──」
意気揚々と武器をもらった瞬間、分かりやすくテンションが落ちた。
いや別にね。
特撮ヒーローとかあんま見たことないし、変なこだわりとかないんだけど……。
「……木の杖かぁ」
はっきり言おう。
思ってたんとちゃう。
もっとこう単純に剣とか銃とか、男の子が憧れるような武器だと思ってた。
……まぁでも、魔法使いでもありか。
「行ってくるね」
「ご健闘をお祈りします。マスター」
それから俺は、全速力で電灯ライダーの元へ駆けつけた。
道中で、彼のことを応援している住民の視線が俺に刺さってきた。
あちこちから「可愛い子が来た!」とか「誰誰!」とか「おっふ」とか色々聞こえてきた。
最後に関してはともかく、誰のことを指してるんだよ。
ジェナのこと……ではないよな?
というかよくよく考えたら、アイツこんな状況で戦ってるんだな。
すごいプレッシャーだよこれ。
すげぇよ電灯ライダー。
走ってみて分かったが、やはり身体能力が上がってることが感覚で分かる。
あっという間にクロワッサン虫(仮)の目の前まで来れた。
電灯ライダーもそいつの目の前に立っていた。
やがて気配に気づいて、俺の方へ振り返った。
「んんん? 誰だい君は??」
そして次の一声がこれだ。
うそん。
そんな数分経っただけで、俺の顔忘れることあるのか?
「……電灯ライダー。俺だよ。ジェナと一緒にいた」
「ジェナ……?」
「スマホだよスマホ」
「おぉ!! そうか! じゃあ君は青年……いや、今は『少女』か」
「……は?」
「ん?」
何か話が噛み合わない。
「少女って……まさか俺のこと?」
「君以外に誰がいるんだね?」
「……あぁー」
なるほど。
流石に何となーく理解できてしまった。
妙に服装がヒラヒラしてること。
住民の視線と声に違和感があること。
そして俺の武器が杖であること。
……というか、最初に声を発した時から気づくべきだった。
やっぱ俺、脳回ってないな。
老化してるんじゃないのほんとに。
そんな俺に、電灯ライダーがトドメを刺すように言葉を投げてきた。
「いわゆる、『魔法少女』というのになったのだな! 青年!」
「……はは。そう、みたいですね……」
予感的中。
どうやらジェナの生成は、俺を魔法少女へと変身させたらしい。
そっちかー。
変身ヒーローじゃなかったー。
性転換は聞いてないよ俺。
あぁ自覚してきたら、何か恥ずかしくなってきたわ。
おうち帰りたい。
「なぜ魔法少女になったのかはさておき! 応援が来てくれたのは心強い! 一緒に戦おう青年!」
「えぇ……まぁ。うん」
「ではいくぞ!! アイアム電灯ライダー!」
やっぱその掛け声なのね。
というか、俺はどうやって戦えばいいんだ?
杖持ってるわけだから、何か魔法でも放てるのかな──。
「マスター!」
俺が悩んでいたら、ベストタイミングでジェナの声が聞こえた。
タイムリーすぎる。
正直、めっちゃありがたい。
「マスター。あの魔法の名前を叫んでください」
「あの魔法……えっ嘘」
まさかジェナが時々披露してる、俺の葬りたい厨二病の産物を?
ダークフレアドライブとか、叫んじゃうわけ?
いやいや。
いやいやいやいや。
「無理無理。羞恥プレイじゃんそれ。絶対無理だって」
「やるしかないですマスター。今でこそ発動すべきです。絶対かっこいいです」
まぁ闇のエフェクトみたいなものが出てきて、黒い炎が出てきたらそりゃね。
でもそれ俺の妄想だから。
黒歴史小説の話だからねそれ。
……でも。
本当に出せちゃったら?
マジのマジで、ガチモンの魔法を解き放つことができちゃったら?
それはもう、俺のかつての妄想が実現するということだよな。
ちくしょう究極の二択すぎるだろ。
現状を取るか、浪漫を求めるか。
正直やってみてぇ。
ならもう、答えは決まってるようなもんだ。
俺は意味深に、それっぽく杖を構えてみる。
住民……いや観客の視線が俺に集まる。
ジェナも期待の眼差しで、俺を見ている。
息を吐き、呼吸を整える。
準備は整った。
「食らえ……」
ジェナが昨日の朝、解き放った黒歴史セリフをここで言うことになるとは。
これはもしかすると、もしかするかもしれない。
「ダークフレアッ……!」
俺は大声で、自分の作った魔法の名前を叫んだ──。
「ドライブッ!!」
その瞬間、黒い炎があの化け物に飛びかかる──。
わけでもなかった。
ただただ気まずい沈黙の間が、訪れただけだった。
あぁやばい。
吐きそう。
恥ずかしさで。
ていうか死にたい。
今すぐにでも。
羞恥プレイにも程があるでしょこれ。
……あぁというか、この姿もこの杖もジェナが生成したものだったわ。
そりゃ理想通りにいかないよね。
そもそもそうだったら、こんな化け物も生まれなかったわけだし。
その化け物がこっちに襲いかかってくるわけも──。
「うぉっ!?」
「避けろぉ!! 青年!」
電灯ライダーが遅れて呼びかけても、もう目の前に来てしまった。
もう一か八かやるしかない。
「うらぁああああっ!!!」
俺は思い切って、杖を化け物目がけてフルスイングした。
瞬間、弾けた。
化け物が。
クロワッサン虫(仮)が。
弾け飛んで消えた。
香ばしい香りと共に。
やっぱり、俺とジェナが作りだしたクロワッサンだったぽい。
……いや、何冷静ぶってるんだ俺。
何今の威力。
魔法少女(物理)ってこと?
じゃあ魔法関係ねぇじゃねぇか。
見てくれだけじゃん。
とりあえず周囲を見渡す。
案の定、上の空というような表情で住民たちは俺たちを見ていた。
あちこちから声が聞こえてくる。
例えば、「結局何だったのあの化け物」とか「ダークフレアドライブって何だったの?」とか「魔法使った?」とか「あのフルスイングじゃね?」とか色々聞こえた。
……まぁとりあえず、化け物の危機は去った。
ただ、俺の大切な何かが崩れ去ったような気がしてならない。
「……おうち、帰りたい」
ただぽつりと、そう呟くことしか俺にはできなかった。
俺の情緒、おかしくなりそうなんだけど。