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ドライヤーがイケメンになってたよ。

 次の日、朝日の光が窓から差し込んだところで俺は目を覚ました。

光が眩しくて思わず目を隠した。

段々視界がはっきりしてきた。

そのタイミングで「おはようございます。マスター」と女性の声が耳に届く。

声がした方向へ顔を向けると、そこには銀髪サイドテールの美少女が凛として佇んでいた。

ようやく、昨日の出来事が夢でないことを実感した。


「お、はよう。ジェナ」


呂律の回らない口で挨拶を返す。


「はい、おはようございます。今日もいい天気ですよマスター」

「あ、あぁ……」


自然と会話しているが、思えば誰かが家にいるという状況が久しぶりで妙な感覚になってしまう。

なんだか、懐かしいとか久しぶりとかそんな感じ。


「どうかしましたか?」

「何でもないよジェナ」


いつも通りの朝を迎えたはずだが、人が1人いるだけでここまで調子を狂わせるとは。

……いや、そもそも美少女の時点で誰でもそうなるか。


「マスター。朝食はいかがいたしましょうか」

「うーん。何もないんだよね」


だって家電が擬人化したもの。

とにもかくにも、とりあえず洗面台に移動。

そこでいつも通り顔を洗ってると、続けてジェナは問いかける。


「ならばマスター。当機の能力をお使いください」

「能力って……生成だよね?」

「左様です」

「でもそれって回数制限があるんじゃ……」

「レベルアップしたので大丈夫です」

「レ、レベルアップ?」


またしてもパワーワード。

まじでゲームみたいじゃん。

ワクワクするじゃん。

じゃなくて。


「レベルアップって……生成(ジェネレート)自体が?」

「左様です」

「急だなぁ」

「再起動した際にアップデートされてました」


あぁ。

定期的にくるスマホの更新か。


「つまりスマートフォンの更新が来たら、生成(ジェネレート)のアップデートがされるってことか」

「おそらくそうかと」

「……あれ。ジェナもよく分かってないの?」

「なにぶん初めてのことなので、確証が持てません。申し訳ありません」

「あぁいや、知らないなら仕方ないよ。その能力は便利だし、昨日は助けられたから」

「お役に立てて何よりです。記念にハグでもしましょうマスター」

「それは怖いから遠慮する」


昨日のお風呂騒動を思い出すからね。

というか俺の頭の方、大丈夫かな。

……折れてない、よな。

まぁとりあえず、ジェナがレベルアップしたようだ。

本当にレベルアップしたなら、実験的に生成(ジェネレート)を試してもいいかもしれない。


「じゃあジェナ。早速だけどやってもらってももいい?」

「ハグですか?」

「ごめんね主語が足りなかった。生成ね」

「かしこまりました。何を生成しましょうか?」


ジェナが問いかけた瞬間、ぐぅうと俺の腹の音が鳴った。

すると「なるほど。朝食ですね」と、俺が一言発する前にジェナが察した。

……何か恥ずかしい。


「朝食を生成(ジェネレート)いたします。何を所望ですか?」

「……そう、だなぁ。昨日は米だったし、パンが食べたいな。クロワッサンとか」

「かしこまりました。生成(ジェネレート)


昨日と同じように、青白い光がジェナから飛び出してきた。相変わらず眩しい。

数秒後、これまた昨日と同じような構図で、ジェナの手の平に食べ物が置かれていた。

焼きたてのクロワッサンだ。

やはりホクホクと湯気がそこから出ていて、食欲を唆る。


「どうぞマスター」


……唆るのだが、昨日のおにぎりの件がある。しかしジェナの言っていたことが本当であれば、きっと味が付いているはずだ。

果たして味は──。


「ん?」


俺がクロワッサンに手を伸ばそうとした瞬間だった。

目の前にあるそれの様子がおかしかった。

なんだかモゾモゾと、生き物のように動いていたのだ。

やがてそのクロワッサンの動きが止まったかと思えば、ニョキっと虫のような足が8本ほど生えてきた。


「いやキモッ」


その光景を間近に見た俺は、無慈悲な言葉を言いながら思わず手を引っ込めてしまった。

俺のその行動を把握していたのか、そのクロワッサンはカサカサと動き出した。

ジェナの手の平から、やがて床へソイツは移動した。


「ヒェッ」


声にならない声をあげてしまう。

だって動きが完全にGのそれだもの。

名前を言ってはいけないあの虫の如く、ソイツはいつの間にか窓の開いた所まで動いて──。


「あっ!」


俺がそう言った時には、もう遅かった。

クロワッサン虫が窓から逃げ出してしまった。

いやどこいくねん。


「追わなきゃ!」

「かしこまりました。マスター」


なぜこうなってしまうのだろう。

昨日に引き続いて、ずっと慌ただしい。

あのクロワッサン野郎、どこ行きやがったんだ。

俺達はとりあえず、簡単に身支度してから暑苦しい外へ飛び出した──。









「──まーじで、どこ、行ったんだぁ。ゼェ、ゼェ……」


住宅街を散々走り回ったおかげで、俺は息切れしていた。

まさに虫の息な俺とは対称的に、ジェナは顔色一つ変えていなかった。

……バッテリーとか大丈夫かしら。

結果的に、しばらくクロワッサン虫を追いかけていた俺達は、完全に奴の影を見失っていた。

道中、住宅街を歩いていた住民から「なんだあれ」とか「気持ち悪っ!」とか「キッショ。何でパンが走ってんだよ」とかとか。

とにかく言いたい放題言われていた。

……同情する必要は全くないのだが、何だかあいつが可哀想に思えてしまった。

いずれにせよ、あのクロワッサン虫が何をしでかすかわからない。

早く見つけ出さなくては。


「──おやおや。シゲト君じゃないかい」


キョロキョロと辺りを見回していると、何やら聞き覚えのない声が俺の名前を呼んだ。

怖っ。

恐る恐る、声がした方向へ視線を向けると──。


「や。ご機嫌よう」


そこには何と、青髪ショートカットのイケメン様が目の前に現れたではありませんか。

いや誰だよ。

つーか近い近い。


「ドライヤーさんじゃないですか。何をしてるのです?」


と、今度はジェナが口を開き出した。

えっ。

ドライヤーだって?

このイケメン様が?


「いかにもかにも、僕がドライヤーだよ。気軽にドラちゃんと呼んでも構わないよ」


マジだったよ。

そんなサラッと現れるもんなの。

ていうか、愛称があかん。

何がとは言わんがあかん。


「そんなドラ◯もんみたいな呼び方はしませんよ。呼ぶなら当機の方が似合ってます」


言っちゃったよ。

国民的アニメのキャラクターの名前。

俺も昨日、散々色んなキャラクターの名前出しちゃったけど。

というか君の名前にドラって付いてないから、少なくとも俺は呼ばないよ。

あれかな。

生成(ジェネレート)が、夢を叶えるポッケ的役割だからかな。

じゃあ、ポジション的に俺がのび◯君だな。

……いい加減やめとこうか。

一方ドライヤーさんは、微笑みながら応答した。


「知らないねぇ。そんな青狸みたいな名前は」


知ってるじゃねぇか。

ピンポイントで言わないでよ。

そもそもそれどころじゃない。

俺の表情で察したのか、ジェナは現在の状況をドラちゃん(というよりドラさんと呼ぼう)に話してくれるようだ。



「……当機とマスターは、クロワッサンを追いかけている最中です」


「ほほう? それは大変だねぇ」


ナチュラルに受け入れやがったよ。


もっとこう、あるだろ。



「訂正します。クロワッサン虫を追いかけています」


「ジェナ。その訂正はあんま変わんないと思うよ……」


「左様ですか」


「いやいや何を言うかいシゲト君。虫が付いてるか付いてないかで印象は変わるよ。ついてたら気持ち悪いだろう?」


「確かになぁ……」


「左様ですか」


何の会話だよ。


流れで応答しちゃったけど。


「残念ながら、僕はクロワッサン虫を見かけていないねぇ」


「……左様、ですか」


「……あぁでも。それに近しいものなら見かけたような気がするなぁ」


「え。マジで? どこにいた?」


「教えてください」


「んーと……確か浜辺で戦ってたような……」


「は????」


とんでもねぇことを聞いちゃった。


聞き間違いとかじゃないよな。


最近忘れっぽいから耳まで老化してるのかと、自分で自分を疑ってしまう。


パンが戦うの?


浜辺で?


「……一体何と戦ってるんだ……?」


「仮面を付けた僕の仲間だよ。彼は何やら『この街の平和は私が守ってみせる!!』とか恥ずかしいことを大声で宣言してたよ」


「oh……」


思わず外国人みたいな反応をしてしまった。


だって状況がカオス過ぎて、笑いも起きないんだもの。


そもそも俺の一言が原因だから、余計に笑えん。


どういうシチュエーションだよ。


パンと戦う特撮ヒーローもどきって。


というかアイツもアイツで、何でパンと戦ってんだよ。


俺が心の中で口喧しくツッコミを入れていると、ジェナが自身の耳元に手を当てながら何やら機械音を発していた。


正直、ちょっとカッコイイなと思ってしまった。


それどころじゃないけども。


やがて何かを終えたジェナが、「マスター。浜辺への最短経路を確認できました。こちらです」と報告した。


どうやらマップ検索をしてたらしい。


さすが元スマートフォン。


マジでなんでもできるなこの子。


「おや。君たちもあの虫と戦うのかい?」


「それはもちろん……俺が原因なんで」


「なら気をつけた方がいいね。電灯ライダー、苦戦してたしね」


「え」


そんなに強敵なの?


「……ええっと。ドラさんは加勢しようとはしなかったんですかねぇ?」


「しようとはしたよ。ただ僕の能力じゃ歯が立たなかったねぇ。どうにもならなかった。彼が『ここは私に任せたまえ!!』って言ってくれたから、素直に撤退したよ。デートの約束もあるしね」


「さいですかぁ……」


ドラさんの能力がすごい気になるけど、まずは電灯ライダーを助けに行ったほうがよさそうだ。


色々聞きたいし、昨日はお世話になったし。


とにかく急がねば。


「ありがとうドラさん。落ち着いたら、また挨拶にくるよ」


「ははは。んじゃ、僕も50人の美女とデートしてくるよ」


「あぁ……え?」


「行きましょうマスター」


今とんでもねぇ爆弾発言を最後に聞いた気がするけど、気のせいだよな。


気のせいだと思いたい。


じゃなかったら、単純にこわすぎる。


スケジュールどうなってたんだよ。


そんなこんなで、俺たちは電灯ライダーが戦っているという浜辺へ向かうことになった。


……。


…………あっ。


……また連絡先を聞くのを忘れてしまった。



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