電子レンジが擬人化したよ。
それから諸々準備し、俺たちは擬人化した電化製品を探すべく外出した。
季節が季節なため、外はめちゃくちゃに暑い。
夏の風物詩がミンミンと喚いていて余計に暑さを感じる。
汗が額やら背中やらにびっしょりで、もう既にバテそうだ。
だがここでバテるわけにはいかないのだ。
準備中に聞いた情報から、擬人化した家電達が余計に心配になったからだ。
まず擬人化した家電は『冷蔵庫・電子レンジ・洗濯機・炊飯器・電灯・目覚まし時計・パソコン・ドライヤー』と計8個になるらしい。
そして能力については彼女の能力である生成のように、彼らにも電化製品の影響によるものがそれぞれ付与されている可能性があるらしい。
どんな能力か未知数なため、大事になる前に早く見つけださなくてはならない。
一方で彼女の能力については、俺の指示一つで何でも作れるらしい。
ただそれは裏を返せば、俺の指示がなければ発動しないということだ。
それに、おにぎりの食感が野菜みたいで味もしなかったので、完成度に関しては正直何ともいえない。
出発する前にもう一度能力を試そうかとも思ったのだが、彼女の話によれば能力は回数制限があるらしく、後一回しか使えないみたいだ。
今のところ一日の使用回数は最大で『三回』で、まだまだ発展途上らしい。
恐らく深夜にやったやつ(擬人化)と、朝のおにぎり(野菜)で消費したのだろう。
0時を過ぎれば回数が復活するのだろう。
ちなみにそんなあれこれを聞いて、ゲームみたいでワクワクしたのは内緒である。
俺は彼女とコミュニケーションを取りながら、住宅街を散策する。
「とにかく早く見つけなきゃね……」
「そうですね。当機ももう少し考えるべきでした」
「いや、俺が深夜テンションだったのが悪いんだ……ごめんねホント」
「謝らないでください。当機も貴方の願いを叶えたくて勝手に覚醒したのです」
「嘘みたいに優しいな君……って名前なかったよね。なんて呼べばいいかな」
「スマホでもスーちゃんでも好きに呼んで構いません」
「意外と砕けるのね。スーちゃんかぁ……」
スマホだから、という理由だけだと安直すぎるかもしれない。
彼女を象徴するような何かを咄嗟に考える。銀髪、無表情、おにぎり、野菜、生成──。
「生成を英語でジェネレートだから……呼びやすくして『ジェナ』はどうかな」
「気に入りました。マスター」
「それは良かった」
彼女──ジェナは相変わらずの無表情で周囲を見回すが、心なしか楽しそうにも見える。
俺は彼女とは反対方向を見回すが、当然ながらあちこちに住居があるだけだ。
「姿とか人間と変わらない感じ?」
「当機の記録には、普通の人間と見分けが付かない姿だったかと」
「思った以上に時間が掛かりそうだ」
「ただ、時代にそぐわないような風貌はしてたように記憶してます」
「時代にそぐわない……」
ありがたい情報ではあるが、不穏な情報でもある。
もしかしたら、原始人みたいな見た目とか、戦国時代の武将になっちゃったりしてるのかもしれない。
だとしたら武装してるのだろうし、せめて武器ぐらいは持っていくべきだっただろうか。
しかしここは現代日本。
そんな刃物やら銃器やらを持っていたら、銃刀法違反が火を吹いてしまう。
いざとなったら、彼女の一回限りの生成に頼るしかない。
「どういう見た目だった?」
「マスターの寝顔に夢中だったので詳しく覚えていません」
「やだ、さらっと恥ずかしい……。部分的な物でもいいから」
「そうですね……印象深いのは、髪が長くて目つきが悪かった人がいました」
これまた貴重な情報だ。
というかこの子、深夜からずっと起きてたのだろうか。
寝る必要がないのだろうか。
後で詳しく聞かなくては。
その見た目通りでいけば、女番長みたいな見た目なのだろう。
まずはその見た目に近い人を探さないと──。
「あっ。あれです」
「えっ。どれ」
ジェナが指差した方向に視線を移す。
意外とあっさり見つかったみたいだ。
髪が長く、目つきが悪い風貌というものが見事に合致している。
夏の暑さにやられたのか座り込んでいる。
「んだてめぇら……見せもんじゃねぇぞゴラッ……」
しかしイメージと違った。
そもそも男だった。
髪長いのもリーゼントだからだ。
ヤンキーだわ。
確かに時代にそぐわないわ。
擬人化=女の子っていう謎の図式が俺の脳内に自然とあったのが恥ずかしい。
マジで電化製品なのだろうか。
「マスター。あの人です」
電化製品でした。
やべぇ。
「そっかぁ……マジかぁ」
「なんだぁテメェ……喧嘩売ってんのかゴラっ!!」
怖い。
分かりやすく怖い。
予想外の姿だったから躊躇してしまう。
焼きそばパンでも買ってくればよかった。
ラップに包んできたおにぎり(野菜)しか持ってねぇ。
渡してみるべきか。
「すみません……おにぎりしか持ってないんです」
「何の話だゴラッ! おちょくってんのか!?」
「マスター。それは貴方に食べてほしくて生成したものです。あげないでください」
確かにそれもそうだ。
俺のために作ってくれた物を他人に渡すなんて、最低にも程がある。
「ごめんねジェナ。ごめんねヤンキーさん」
「テメェらだけで勝手に完結してんじゃねぇぞゴラッ──ってテメェは!?」
あ、ようやく気づいてもらえた。
いや気づかれたという方が正しいのか。
俺の顔を把握した瞬間、彼はよろよろと立ち上がった。
暑さのせいだろうか。
大丈夫かな。
にしても風貌があからさますぎるし、口調も乱暴でヤンキーのイメージそのものだ。
「テメェ!! 俺に今更何のようだゴラッ!?」
「えっと、話をしたくて……」
「アァッ!? 何ほざいてやがる!?」
「マスターは、貴方と対話をしたいと言ってるのです」
「へ!! 今更なにを喋るってんだ!」
「……その、何か俺に対して不満なことがあるなら聞かせてほしい」
「あぁっ!? んなもんあるに決まってるだろゴラッ!」
不満に思っているというのは事前に聞いてたけど、そこまで言われると凹むなぁ。
しかし意外と対話ができる相手というのは良かった。
記憶にないけど、きっと乱暴に使ってたんだろうなぁ。
覚悟して聞かなくては。
「俺のこと殆ど使わねぇしよ!」
「ん?」
「使う時なんて一週間に一度だけだしよぉ!」
「ん? ん?」
「もうちょっと何か食い物入れろやゴラッ! 舐めとんのかゴラッ!!」
「ん? ん? ん?」
「やはり一文字で喋るのが主流なのでしょうか」
思ってたような不満じゃなかった。
そういえばお金がないから全然食べ物買えなくて、水道水で何とか一日を凌いだ日も多かったっけ。
もしかして俺、説教されてるのかな。
オカンなのかな。
見た目ヤンキーだけど。
ギャップ萌えってやつかな。
愛想つかれて出ていった感じなのかな。
じゃあ奥さんになっちゃうな。
「コンビニ弁当でも何でも俺に入れろやゴラッ!」
「ごめん。物価高で中々買えないんだ……」
「世知辛いですね」
「そんなんだからガリガリなんだよテメェ! もっと栄養付けろやゴラッ!!」
あぁ説教だわ。
やっぱオカンだわ。
めちゃくちゃいいやつだわ。
余計に擬人化させてしまったのが申し訳なく思うわ。
そんなこと思ってたのね君。
しかしさらっと情報が貰えた。
コンビニ弁当のくだりで理解できた。
彼は──。
「電子レンジだ」
「あぁ!? 文句あるかゴラッ!!」
「否定しないってことは正解か……凄いなぁ生成」
「当機の能力、凄いでしょう」
「マジで何でもありだよね君の能力」
「何さっきからごちゃごちゃ言ってんだ! しばくぞゴラッ!!!」
見た目ヤンキーの電子レンジはそう言って、俺にガン飛ばしてくる。
めっちゃゴラゴラ言うじゃん。
怖いじゃん。
根っこはいいやつなんだろうけど。
しかしどう対処すべきか。
「マスター」
何か考えようとした時、隣にいるジェナが耳打ちしてきた。
「ここは当機に任せてもらえませんか」
どうやら何か策があるらしい。
何かしらの案が思いつかなかったから、ここは素直に任せてみよう。
マジでおんぶに抱っこ。
情けないことこの上ない。
ジェナは電子レンジの元へ一歩踏み出す。
「あ?」
今度はジェナにメンチ切ってる。
一方のジェナは相変わらずの無表情。
ポーカーフェイスがすぎる。
一体どんな策があるのだろう。
彼女から放たれる最初の一言は──。
「『くくく。貴様のような男は初めてだ。闇の同盟として貴様を迎え入れたい』」
「ポッ! ポッ! ポッ!」
勘弁してくれ。
何で俺の黒歴史を急に再現してるのこの美少女。
また八尺様になっちゃったよ俺。
「何だ急に気持ち悪りぃ」
「ポゥッ!!」
軽くダメージ受けたわ今のジャブで。
八尺様からどこぞのダンサーみたいな声になっちゃったよ。
痛い人間として扱われた中学生時代を思い出すからやめて。
軽く幼馴染に引かれたよそれで。
「『マスター!? くっ。貴様一体何をした』」
「何もしてねぇよゴラッ」
「『まさか……くくく。やはり貴様も闇の一族なのか。よかろう』」
「何がよかろうじゃゴラッ。話ついていけねぇんだゴラッ」
ごもっともです。
でも正論で厨二病を相手にするのはやめて。
精神的に壊れちゃう。
主に今の俺が。
「おかしいですね……交渉できません。マスターの素晴らしいお話の一部分を完璧に再現したというのに」
これ交渉だったんだ。
俺の黒歴史話に対する信頼度凄すぎるんだけど。
演技も迫真だったし役者になれるよ君。
とりあえずフォローしなくちゃ。
「ジェナ……それは交渉では使えないよ」
「なるほど。使うべきタイミングではないのですね」
「うん、まぁ、うん。そういうこと」
そもそも使うタイミングなんてないけど。
というかあってたまるか。
電子レンジさんはもう気が気でない状態で俺らを睨みつけてる。
マジでごめんね。
「テメェら何なんださっきから! やるのか!? やらねぇのか!?」
「やります」
「えっ」
ノータイムで応答しちゃった。
俺より男らしいわこの美少女。
ていうか何で喧嘩する流れになってんの。
やばいって。
怖いって。
もやしだって俺。
「だったら遠慮はいらねぇよなぁ! 出力全開だゴラッ!!」
彼がそう宣言した瞬間、その場の空気が異常な熱気に包まれる。
夏の気温とかそんなレベルじゃない。
このままここにいたら暑さで死ぬレベルだ。
ジェナは無表情だが、流石に焦っているように見えた。
「彼の能力ですね。電子レンジですから」
「電子レンジぱねぇ……どうにかしないと」
「彼が止めない限り熱気は冷めないでしょうね。当の本人も暑さで死にそうですが」
あぁそういえば、暑さにやられて座り込んでたね。
馬鹿なのかな電子レンジさん。
いくら何でも身体張りすぎだよ。
このままでは彼も俺たちもぶっ倒れてしまう。
止めなくてはならない。
「電子レンジさんやめて! このままじゃ君が死んじゃう!」
「うるせぇ! こちとら覚悟決めてんだ! テメェらも覚悟見せろやゴラッ!」
「覚悟って何っ」
「無茶苦茶すぎますね」
「それ君が言っちゃうんだね……」
しかしどうしたら良いのだろう。
ここでじっとしていたら、バッドエンド待ったなしだ。
何かしらで対抗しなくてはならない。
ジェナの一回限りの生成に頼るしかない。
この場面で作るべきものは何だろう。
武器か対防具系の何かだろうか。
だがそんなものを生成できるかどうかも怪しい。
そもそもまだ食べ物しか試してない。
弱点でもあれば──。
「あっ」
「どうしましたマスター」
「えっと。成功するか分からないし、危険だけど……」
「勿体ぶらずに教えてください。マスター」
「……わかった。これはあくまで彼の能力を抑えるためだからね」
「了解です」
ジェナに咄嗟に考えた作戦を耳打ちする。
電子レンジは言っていた。
覚悟を見せろ、と。
彼みたいなヤンキーの対応の仕方なんて分からないけれど、こういう無茶苦茶なやり方で応えるのが案外良いかもしれない。
分からないけど。
そもそもやっちゃいけないけど。
「ジェナ、生卵を生成だ」
「了解です。生成」
「ハッ!?」
彼女が唱えたその瞬間、青白い光と共に、彼女の手元に『生卵』が現れた。
電子レンジで絶対にやっちゃいけない行為だけれど、果たして彼の能力にも反応してしまうのだろうか。
「て、てめーら正気かぁっ!? 俺が今やってることが理解できねぇのか!?」
ビンゴだ。
やはり電子レンジ特有の特性というものは、擬人化しても受け継いでいるみたいだ。
恐らくこのまま時間が経てば、彼女の手元の『生卵』は破裂する。
「分かってる。でも覚悟決めてるから」
「やって良いことと悪いことは区別しろやゴラッ!」
「貴方のやってることも大概です」
「だからやめよう電子レンジさん。破裂する前に」
彼との対話から性格上、意外と良識があるように感じた。
だから潔くここでやめてくれるはずだ──。
「止められねぇんだよ! 一回出力しちまったら!」
「えっ」
「あっ。爆発します」
爆発した。
銃声のような音と共に白身と黄身が周囲にばら撒かれた。
近くにいた俺等も衝撃で倒れ込む。
とんだ近所迷惑だ。
すっごい卵臭い。
良い子は絶対真似しちゃいけない。
「無茶苦茶すぎるぞてめーら! ふざけてんのかゴラッ!!」
「割と真面目に対応したんだけど……」
「んだテメェ! 卵被ったまま喋りやがって、何が真面目だ馬鹿っ!」
「君もね……あっ駄洒落じゃないからね」
「うるせぇよ……ブハッ」
あっ、時間差でちょっと笑った。
意外と古典的な駄洒落だったけど、ツボだったりするのかな。
電子レンジは自分にかかった卵をはらい、俺に手を差し伸べた。
「おら。手貸せやゴラッ」
「えっ。ありが、とう」
俺は素直に電子レンジに引き上げられた。
これがヤンキーの人情か。
何だこれ。
でもいいな。
謎の友情みたいなものが芽生えたような気がする。
「ありがとう電子レンジさん」
「さんはいらねぇよ。」
「じゃあ……電子レンジ?」
「レンジでいい。テメーは?」
「あっ自己紹介か。物部重人」
「シゲトだな。へっ」
距離感凄い。
ハチャメチャに詰めてくる。
これがヤンキーというものか。
しかし余韻に浸っている場合ではない。
本来の目的を忘れてはいけない。
「レンジ……君以外の家電について何か知らないか」
自分の家電が擬人化したとか訳わかんねぇし、知り合いに話しても信じてもらえねぇ。
なら直接、擬人化した家電であるレンジに情報を聞き出さなくては。
「あ? 家電? 何で?」
「……他の家電が何かやらかさない不安だからさ」
「ふーん。別にアイツら、普通の人間と変わらねぇぞ。俺みてぇに能力があること以外は」
「そ、そうなの……?」
「あー。でも一人だけ妙な野望抱えてた奴がいたっけ」
「!?」
不穏なワードが飛びかかってきた。
嫌な予感がする。
「野望って何……?」
「人類制圧」
「はっ。えっ? 何ぃ?」
「だからぁ、人類の制圧」
「えっえっえっ?」
「何だテメェ。耳糞溜まってんのかゴラッ」
大丈夫。
定期的に耳かきはしてる。
いやそんなことはどうでもいい。
それどころじゃない。
人類制圧。
とんでもないパワーワードがレンジの口から飛び出してきた。
「そ、それって文字通り……?」
「人類滅ぼすんじゃね。んなめんどくせぇこと、何で考えるんだろうな」
「いやいやいやいや。めんどくさいとかそんな問題じゃないよね」
そんな思考をするということは、少なくともそいつは人間を憎んでいることになる。
やはり、人格が備わるとそういう方向になってしまうのが自然なのだろうか。
というかなに冷静ぶってるんだ俺。
やべぇよ。
人類滅ぼすってよ。
嘘でしょ。
「俺の深夜テンションで人類滅ぶの……?」
「おいダチ公」
「えっ。あっはい」
俺が頭の中をグルグルと回転させていると、レンジがそう呼びかける。
そんな呼び方になるのね。
何だか新鮮。
それどころじゃないけど。
「そこの銀髪ねーちゃんぶっ倒れてっけど。大丈夫か?」
「え」
そういえば、さっきから彼女が会話に割り込んでこない。
咄嗟にレンジの指差した方向へ視線を移すと、彼女はうつ伏せで倒れ込んでいた。
「ジェナ!?」
夏の暑さにやられてしまったのだろうか。だとしたら非常にまずい。
何故気づかなかった俺の馬鹿。
「ジェナ!! しっかりしてくれ──」
「充電切れです」
「ん?」
「充電切れです」
「あっ」
彼女の口からはそんな言葉しか出ない。
それから、彼女の瞳から充電のパーセントが表示された。
しっかり赤文字で0%だと。
なるほど確かに彼女はスマートフォンだった。
本当の人のように倒れ込んでいるものだから、思わず慌ててしまった。
しかし充電切れときた。
擬人化した状態でも、コードは繋げられるのだろうか。
「とりあえず家に帰らなくちゃ」
「待てダチ公。卵の残骸片付けるぞゴラッ」
「あっ」
周辺の被害を忘れていた。
色々抜けすぎだろ俺。
それにしてもレンジ、本当にいい奴だな。
朝っぱらからハチャメチャな始まりだったが、とりあえず家電の一つであるレンジを見つけられたことは良かった。
だが彼の言っていためんどくさいこと……人類制圧が気になる。
まさか俺の一言で、日本が滅ぼされそうになっているとは思わなかった。
それが実行される前に、そいつを止めなくては。
そんな目標を心に決めながら、俺はレンジと共に卵の残骸を片付ける。
後でジェナにお礼と状況を伝えなくちゃならない。
やべぇことになったよマジで。
「ところで、レンジは何であそこに倒れてたんだ?」
「……疲労困憊で倒れた」
「え……大丈夫かレンジ……?」
「へ。この通りピンピンしてるぜ。電子レンジ舐めんな」
……レンジも休ませた方がいいかもしれない。
というか休んでくれ。