きっと水難と呼べない
まぶしくなり始める太陽と、枝の葉一つ一つがかがやき始める緑の森。
青空の中、山の川で水浴びをしていた僕は、反射する川の水の光の中に立つ、一人の白いワンピースの少女と出くわした。
「んー……?」
きょとん、とした顔で、あくびのような声を出して、こちらを見つめる彼女。
その髪は、色味も長さも、まるで木の枝のようだ。
見開いたつぶらな、水のように淡い色の瞳が、こちらの視線を惹きつけた。
「どちらさまー……?」
すると、彼女は言葉を発しながら、歩み寄るようにしてこちらに近付きだした。
何をされるのか分からず、恐怖で何も動けない。
彼女をバケモノと呼べるわけがないし、僕は海パン姿でほぼ丸腰の状態だ。
当然、全力でぶん殴る事もできないし、荷物や着替えの入ったリュックとは距離がある。
こんな事を考えている間にも、彼女はあと数歩で僕と体が触れ合う所まで迫ってきていた。
「ねえ、答えてよ? どこに興味があるのか、って」
その距離で、前かがみの姿勢の彼女に話しかけられた事で、僕の緊張は更に高まった。
この時に足下をよく見てみると、いつの間にかツタが伸びていた。
「いや……なんでもない……」
動揺と恐怖で、まともな受け答えができなかった。
こうして話している間にも、ツタはものすごい勢いで伸び、僕と彼女の周辺をほぼ全て覆っていた。
「どこが気になるか、教えてくれるまで、帰したくはないかなあ?」
「や……やめろ……」
喋りながら、更に距離を詰める彼女。
その緩みを持たせた喋りの間にも、草が僕の手足を緩やかに縛りつけていた。
まさか、僕を殺す気なのか?!
「やだね」
この言葉の直後、一瞬だけ黄緑色の小さい光が見えた。
「あれー? もしもーし? おーい?」
そして、少年はショックのあまり気絶した。
その事を知らない少女は、声をかけたり、手を振ったりして確かめるが、返事がない。
「……はっ?!」
そんな中で、僕は目覚めた。
視界にはいつの間にか設置されていたパラソルの青と白の放射線状の柄が広がっていたし、波の音や賑わう人々の声も聴こえてきていた。
「ゆ、夢か……」
どうやら、ビーチで体を砂に埋められていて、その中で思わず寝ていたらしい。
「どう? よく寝れた?」
そこに、淡い緑色のフリル付きの水着姿で現れたのは、夢の中で見た少女と似たような雰囲気の、僕の女友達の一人。
同い年で、中学でクラスが同じだったりもするが、夢の中で見たほどではないにしても、結構なのんびり屋だ。
「ぜんっぜん……。 変な夢見てたし」
「どんなの?」
「いきなり近寄られて……縛られて……」
「で、片方の乳首をぐりぐりぐりー、ってやられたんでしょ? あの茶色い棒で」
「それはない!」
彼女からの質問に答えて事情を話していると、冗談を混ぜてきたので、そこだけは声を大きめにして否定した。
すると彼女は動揺するどころか、軽く笑っていた。
これに釣られて、僕も思わず鼻で笑ってしまった。
「『んなわけあるかーいっ!』じゃなくて?」
「なんでだよ……」
今回はたまたまだったのかもしれないが、たとえ夢の中であっても、彼女というのは不思議な人だと思わされた。




