鉄と炎の野望
春、桜舞い散る季節、僕は新入生として真新しいブレザーを着て部活を探していた。
「背が高いそこの君!バスケ部入らない?」
「運動出来そうだね!陸上部にしようよ!」
「いえ、大丈夫です間に合っています」
運動が出来ないにも関わらず175センチという背の高さで運動部からのアプローチされまくっていた、中学時代はそのせいで期待が絶望に変わる顧問の目をたくさん見ていたので片っ端から断っていた。
校則で入部は強制なので適当な文化部に入ろうと校内をうろついていると廊下の一番先に机を構える明らかに小規模な部活があるではないか。
「あのーここって部員何人ですか?」
小規模なら早く帰れると内心喜んで話しかけた。
「ここはオカルト部よ、私1人しかいないわ」
メガネをかけた2年生の女子が言う。
「是非入らせて欲しいです」
「本当?良かったわこれで廃部を防げるわ、一応言っておくけど入部逃れの為に作ってあるだけだから、活動については期待しないでね」
ホッとしたような顔だ。
「奇遇ですね、僕もです」
「それは良かったわ、私の名前は森山佳奈よ、よろしくね」
「僕は佐藤健太です」
この日は連絡先を交換して別れた
入学式から数ヶ月が経過しブレザーを片付けて久しいある日の事だった、森山から連絡が来ているではないか。
「何の用ですか?」
連絡通りに学食に行くと深刻そうな顔で立っていた。
「佐藤君、部活無くなるかも」
泣きそうな顔だった。
「え?どう言う事ですか?」
訳が分からず戸惑っていると。
「部活として実績が一つもないから2学期には解散だってさ…私嫌だよ!スポーツしたくないよ!」
涙を浮かべて言う。
「じゃあ何か調査の対象を探しましょうよ!」
それからしばらくして1ヶ月ほど友人や教員などありとあらゆる人に聞き込みを行った結果。
「あーなんか聞いた事あるな」
そう言うのは学校一のミリタリーオタクの友人であった。
「彼から聞いた情報によると学校には旧軍の銃や弾薬が大量に隠されているらしいですよ」
夏休みのわずか1ヶ月前の事だ部室もない我が部(2人)が学食の空きスペースで会議をした。
「ならそれを調査しましょう!他に情報は?」
入部時以来の笑顔だ。
「ありません、情報元の彼の祖父も亡くなったそうです」
無慈悲な報告を伝えた。
「そう、残念ね図書室や先生方に聞き込みでもしましょう」
笑顔が急に消えていた。
「僕は使っていない倉庫や校庭を探しますね」
聞き込みや捜索を始めて10日目の事だった。
野球部の部室を調べてカーペットの下に違和感を感じ無許可で剥がすと扉があった、早速バールでこれまた無許可でこじ開けた。
「なんだこりゃあ」
階段と暗い地下室があった、聞けば部員は誰一人として知らないと言う。
「えーこの度皆さんに集まってもらったのはとある地下室が見つかったからです、場所は伏せますが中から大量の武器を発見しました」
体育館の壇上で30分もそんな事を話しているのは、この学校の校長先生だ、例の地下室を発見したのち警察を呼ぶ大騒ぎになった、何せ銃や弾薬が数え切れない程見つかったからだ。全て新品同様に整備され弾薬も発射可能であったのだから驚きだ、そのため急遽発見しても触らずに報告するように通達が出た。
「やったな!佐藤君!」
そう森山先輩がはしゃいでいたのは言うまでもない。
校長先生による、ありがたい(笑)話が終わった昼食時だった。トンカツ定食を食っていると一切れ無くなっているではないか。
「美味しいね、ここのトンカツ」
口をモグモグさせて隣で森山先輩が刺身定食を食べていた。
「先輩、どうするんです?調査は」
仕返しとばかりに刺身を一切れ奪った。
「もちろん続行だ、多分一箇所だけじゃない」
「何故わかるんです?」
「ウワサだよ」
「どんな噂なんですか?根拠は?」
トンカツ定食の味噌汁を奪って言う。
「ここの高校は戦時中スパイの訓練所で終戦後に武器を隠して各地に潜伏したらしい」
「バカですか?厨二病には遅すぎますよ」
「バカとはなんだ!先輩だぞ!…根拠はネットだよ」
そう言って見せたスマホの画像には古い記録の写しがあった。
「陸軍中野学校?」
「そうだ、ここの機関が出張先として使っていたそうだ」
画像の出所はアジア歴史資料センターという、古い公文書をサイトに掲載している国の機関だった。
「ここなら根拠がしっかりしていますね」
「だろう!」
自信満々に満足気な顔でトンカツの残りを掻っ攫ってしまった。
数日後新しい情報を得ようと2人で図書室の書庫を漁っていた時の事だった。
「これなんだろ?」
森山先輩が見つけたのは、どこかの鍵と建物の青図面だ。
「見たことある?この建物」
「無いですね、あと軍機って書いてますけどこれ」
青図面の端には赤い印鑑が押されていた。
「陸軍二号研究所とあるけどスパイの施設じゃないのかな?」
「まぁ所詮はウワサですから」
図面の正体を探るために職員室で聞くことにした。
「知らん」
歴史の担当教員と教頭は口を揃えて頑なにそう言う。
「お前ら2人まだ活動してるのか、いい加減他の部活に入ったらどうだ?」
「嫌です」
「お断りします」
2人の意見は一致した。
「どうします?」
聞き取りをする場所を無くして途方にくれていたところ。
「なら地元の方に聞けばいいのよ!」
思い付きでとんでもない方向に進んだ。
「知りません」
「何それ?」
「聞いたことないな」
「それより〇〇教の〇〇新聞取らない?」
「訪問販売はお断りします」
「〇〇高校の生徒ね?連絡するから!」
「知らないわ」
「全く話になりませんね」
「そうね、まぁここがダメならもう諦めるしかないわ」
2人揃って数十件は周ったせいで心は既に折れていた。
「すみませーん、ちょっとお話いいですか?」
ピンポーンと呼び鈴を鳴らすと、白髪の腰がL字に曲がったおじいさんが出てきた。
「何かね?宗教勧誘は間に合ってるよ」
うんざりとした顔でそう断った。
「違います、この図面に覚えはないですか?」
写真に撮った青図面を見せるとみるみるうちに表情が変わった。
「中に入りなさい、全て説明する」
血の気が引いた顔だった。
「私は陸軍所属の元スパイだ、認めよう」
茶を出してそう言う。
「あなたはこの建物を知ってるんですね」
神妙な面持ちの森山先輩。
「ああ、もちろんだ、この施設で訓練を受けたからね」
「どんな訓練を受けたんですか?」
「米国の核関連施設の破壊工作訓練だよ、大変だったなぁ」
つらい訓練を思い出したのだろう、涙を浮かべている。
「では本題に入ります、武器庫は学校のどこですか?」
森山先輩がおじいさんの目を見つめて問う。
「勘が良いな、そうだ、学校はこの施設の跡地に建てられたんだ」
「なんのために整備をしているんです?」
「そこの坊主は分かってないみたいだな」
ニヤリと笑った。
「反乱だよ」
「反乱?!先輩!どう言う事です?」
「ウワサがあっただろう?各地に潜伏してるって」
「そこまで嗅ぎつけたか、ようやるわ」
すっかり冷えた茶を啜って話し始めた。
「我々は終戦後に新たな任務を与えられたんや、進駐軍に襲撃をするって任務をな。ただし条件付きで進駐軍がポツダム宣言の約束を反故にしたら、行動する予定だったんだがご覧の通り反故にはしなかった」
「なら何故武器を未だに持っているんですか?」
「それは任務がまだ終わっていないからだよ、無期限でやってるんだがな」
頭を悩ませるような仕草をした。
「私はもう終わりにしたいんだ」
「この街に他にも居るんですか?」
「その通りだ」
「ちなみに…何人ほど?」
「最低でも100人、実際何人かは分からない。もう帰ってくれ」
その日夕焼けを背に受けて帰った。
「この図面には地下室がいくつも書いてあるわ」
「そうですね、今の学校と照らし合わせたら残りの場所がわかるかもしれません」
神妙な面持ちだった。
次の日の事だ、地下室の場所が判明した、場所は体育館の床下だ。
「結構臭いですね」
「早く出たいんだけど」
体育館の横に開けられた空気穴の鉄柵をこじ開けて入った、マスク越しでも鼻をつく腐卵臭がする。
しばらく匍匐前進で進むと地面に鉄扉が現れた、南京錠でしっかりと閉じてある。
「鍵ありましたよね?青図面の」
「これね」
鍵をあけて重い鉄扉が開いた、中はコンクリの階段が続いている。
地下は意外にも湿度は高くなかった、しかし手の先が見えないほどに暗くライトは必須だ。
「部屋が続いていますね」
一本の長い総コンクリ張りの廊下の横にはいくつも木製の扉があった、その中の一つに恐る恐る入ることにした。
部屋の中には横長の木箱がいくつも積み重ねられている、いずれも腐ってはいない。大阪陸軍造兵廠と焼印が押されている。
「中身見てみません?」
「どうするのさ変な物入ってたら」
釘で固定してあるだけの蓋をバールでこじ開けると…。
「銃だ、それも10丁も入ってる」
大量の木箱の正体はライフル銃の保管ケースだった、中でグリース塗れでびっしり入っていた。
「まさか他の部屋も同じような感じなのかしら」
森山先輩が他の部屋へ行ったのでついて行った。
結論から言えば多数の武器弾薬が見つかった。
兵隊の着る軍服は勿論、機関銃・手榴弾・対戦車ロケット・迫撃砲等、中には大砲まであった。
「最後は一番奥だね」
廊下の最奥には両開きの鉄扉がある。
鍵が掛かっていたのでやむなく古びた南京錠をライフル銃で撃ち壊した。
「よく来たね、予想より遅かったな」
そこには校長、教頭、歴史の教員がいた。
「何故ここに居るんですか!まさか計画に参加しているのですか?」
「そのまさかだよ、我々は決起の時を待っているんだ、それを邪魔されるわけにはいかんのでな、冥土の土産に教えてやるよ」
校長がそう言うと教頭が書類を取り出した。
「これは反乱計画書だ、この町に潜んでいる工作員1万名に再武装させて戦争をする」
「街の人口の十分の一も居たのか」
佐藤が銃を構えて威嚇する。
「そうさ、家族も工作員に仕立て上げてネズミ算式に増えたからな、じゃあもういいな死ね」
拳銃を突きつけた。
次の瞬間だった、扉が開き警官隊が突入した。
「手を上げろ!抵抗は無駄だ!」
警官が叫ぶ。
「大丈夫だったか2人とも」
共に入ってきたのは聞き取りで話してくれたおじいさんだった。
「すまんなぁ、こんな危ない目に合わせて」
涙ぐんでそう語る。
「あの後思い直してスパイの元メンバーに連絡したらワシと同じ考えの奴が何人もいたんだ、それで警察に通報してここに来た訳だ」
「この非国民!恥を知れ!」
手錠をつけられた元校長たちがヤジを飛ばした。
数日後、事態の全貌が明らかになった。
学校は反乱の中心拠点であった事、教員達全てが元スパイの親族で軍事教育を受けていた事
「良かったですね、廃部じゃなくて」
「うん!」
事件の後、速やかに教員から人事権を握る教育委員会まで全て解雇処分となり、軍事訓練の代わりでもあった強制入部制度は消滅した。
「部活はどうします?続けるんですか?」
「うーん、オカルト部らしく廃墟探索でもする?」
森山はニコリと笑った。
大学卒業後に結婚して相変わらず廃墟探索しているとはつゆ知らず、夕暮れの道を2人でどこに行くか会議をしながら歩いていた。