円空とトーテムポール
私の名は万土香 蒼穹 (まどか そら)
でも私は人間ではなくて円空という木彫りから作られた付喪神だ。
私の父が三十二歳の時、つまり寛文四年、西暦一六三ニ年に生まれた。
父は修行僧なので神道の人ではないけど、私は精霊としてこの木彫りに宿った。
私はこれまでに色んな人から可愛いと愛されて現在に至っている。
万土香蒼穹とは円空の別の読み方で円は「まどか」空は「そら」とも読むことが出来る。
他の円空の木彫りと区別をつける為に、敢えて父がこの名前をくれた。
何世紀と経っても私はあの世には行けず、誰も居ないときは退屈な日々を送っている。
色いろな人から愛されて博物館に私は展示されている。
唯一、人間たちの会話が聞けて色んな想像力を働かせるのが生きがいだ。
ある日、西洋の人が来て奇妙な木彫りを持ち込んだ。
その木彫りは円空とは違う異質なデザインだ。
なんか頭に羽が付いている。変なの。
そして人間たちは閉館時間になるとその木彫りを置いて帰ってしまった。
その直後、木彫りがしゃべった。
「ふぁー、長旅で疲れたボー」
その口調からして男の子だと思った。
「えっ? 貴方も付喪神なの⁉」
私はつい声を掛けてしまった。
「ポー? 君、何か言ったポー?」
「うん、私も付喪神よ。名前は万土香 蒼穹。蒼穹って呼んでね」
「そうかポー。おいらはラッチ=ポト。ポトでいいポー」
「貴方、語尾にポーっていうね。口癖なのかな?」
「そうだポー。カナダの先住民として生きてたから方言だっぽー」
「へえ、カナダから来たんだ。すごく遠い所からご苦労さんだね」
「ところでポト君は誰に作られたの?」
「うーん、おいらはトーテム族っていうカナダの先住民族に作られたんだ」
ポトはやっと口癖が治った。異国民と接したのが良かったのだろう。
「おいらの国の木彫りはトーテムポールって言われている。でも、崇拝の対象物にはされていないからその点は気が楽だったなあ。蒼穹の国はどうなの?」
「私の国では仏像の対象に使われるけど、でも付喪神っていろいろな人に懲らしめられて最終的に仏教に帰依することになっているんだよ。でも私はそんなに酷い目には合わなかったけどね」
ところが今回はそうでもない出来事が起きることになった。
博物館に侵入者が現れたのである。バールのようなもので窓のカギが壊された。
しかし、なぜか警報が鳴らない。
そもそも、当館には金物になるような展示物はないので、そこまで警備は厳重にしてなかったのである。
「あ! ポト君、泥棒が入ってきたよ」
「しー、声出したら気付かれるポー」
緊張のせいで、ポトの口癖が戻ってしまった。
「は!?、誰かそこにいるのか?」
泥棒は心の中で思って内心焦っている。
しばらくの間、沈黙が続いたが、ポトは武者震いをし、ポルターガイストが起きた。
「ひいぃ、何だ! 木彫りが動き出したぞ!」
泥棒が怖さのあまり大声を出して壁にぶつかり、そに消火栓の非常ボタンが付いていたので警報が鳴った。
「ジリジリジリィィー!!」
「しまったー!」
泥棒は慌てて逃げてしまった。
そして消防車が駆けつけて来たが、職員は火事ではなく泥棒が侵入したことに気がついた。
日本に珍しい木彫りが展示されることを聞いて泥棒は金目になると思ったのだろう。
でも、それは失敗に終わった。
翌朝、博物館の職員と昨日の西洋人が話し合い、円空をカナダのトーテムポール博物館の企画展に貸し出しすることになった。
傍にいる蒼穹とポトは人間たちの話を聞いていて驚いている。
「えっ? 私、外国に行けるの楽しみだな~♪」
「おいらも蒼穹を故郷に連れて行けて嬉しいポー!」
長年、日本でしか暮らしたことがない蒼穹らにとってはとても新鮮でワクワクする出来事だ。
蒼穹はポトと共に同じ収納箱に入れられた。
「カナダに到着するまで一寝入りしようかポト君」
「そうだポー、楽しみだポー」
「でもその前に口癖直そうかポーってね」
「すまんすまん、善処する、よ」
ポーの会話に少し間があったが、思わず癖を言いそうになったのだろう。
彼らは飛行機に乗せられてカナダへと旅立った。
おしまい