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初めてのエスコート

あまり長い間、男性達の様子を伺いながらコソコソと話をしているのはよくない。

あちらの話はもう終わっているようで、こちらが警戒しながら話している様子をじっと見ている。

魔猫が納得したと捉えた魔女は、不審に思われないよう話をまとめにかかった。


「そういうわけで、とにかく魔猫だとばれないようにしてください。何か変なことをされそうになったら逃げてもいいですけれど、あの方はとても紳士で有名なので、アーニャが嫌がるようなことはされないと思います」

「随分と詳しいのね。知り合いではないの?」


依頼主が懸想している相手だとか、真摯な人間だからアーニャを任せられるとか、随分と知ったように言う。

けれど知り合い同士なら男が魔女まであなたと呼ぶのはおかしい。

アーニャが小首を傾げると、魔女は少し考えてから言った。


「えーっと……、知り合いではないですが、人間の間では良く知られた力のある人物なのです。おそらくですが、あの男性はアーニャを気に入って声をかけたようですから、そうなると私は邪魔者になります。それと、私が同行しない方がよい待遇が受けられるかと思います」


最後に、魔族や魔獣たちの中でも力のある者は有名になるでしょうし、同族の中でもそれは同じでしょうと言えば、アーニャは納得した。


「力があるから知られている……。わかったわ」


魔女は彼が貴族として力のある人物で人間的にも優れているという意味でそう言ったのだが、アーニャは力がある者だから、ここで逆らったら狩られる可能性があると認識していた。

魔女の説明の影響で、アーニャは誤解したままで恐怖の対象になってしまったが、とりあえずこれで問題はないはずだ。

アーニャにはそのくらい警戒心を持っておいてもらった方がいいだろう。

そしてとりあえず一旦彼らの方に戻った方がいい。


「あちらの会話は終わっていますし、あまり待たせるのは得策ではないと思います」

「そのようね」


二人はお互いの意思を確認すると覚悟を持って彼らの元に戻った。



男性は別のことを思ってご令嬢を見ていた。

見れば見るほど美しい。

どんどん引き込まれていくのが分かる。

今までご令嬢と言えばうっとうしいものばかりと言う印象だったが、彼女は違う。

あの女性は自分のことを知っているのか、自分にご令嬢を任せようとしている様子だが、彼女がそれを拒絶している様子だ。

おそらく女性が彼女を説得しているのだろう。

自分が拒否されるなど新鮮な気持ちだ。

そしてもう一人の女性も自分のことを知っている様子ではあるが媚びてくる様子がない。

どちらにも非常に好感が持てた。

そんなことを思いながら彼女たちを見ていたのだが、彼女たちは自分たちが待たせていると気がついたのか慌てて戻ってきた。



「お待たせしました。じゃあ、彼女のことはお願いします。見たところあなたは貴族でとても紳士な方のようですし、そのような方になら安心して彼女をお任せできます。それじゃあ私はこれで……」


魔女はそう言うとそのまま数歩下がった。


「ああ、確かに任された」


男性の答えに納得したのか、彼女はそこで立ち止まって頭を下げる。

そして男性は視線を彼女からご令嬢へと移した。


「えっと……」


目のあったご令嬢は、体を委縮させて男を見た。

知らない男に引き渡されたのだから、女性として恐怖があるのは当然だろう。

まずはその恐怖をどうにか取り除かなくてはならない。

距離を詰めるのは早い、そう判断した男は、その場から動かずご令嬢に言った。


「まずは当家へお越しください。お困りならを拠点にご家族を探せばいい。不安ならば先ほどご一緒の女性を……、もういない?」


さっきご令嬢から数歩後ろにいたはずの女性はこの短い間に姿を消していた。

もしかしたら、あの女性がいなくなったのは、自分に気を使ったからかもしれない。

確かに自分は女性よりもこのご令嬢をじっと見ていた。

それに気が付かれ、そして貴族ではなさそうなあの女性は、貴族の自分を刺激しないようにと身を引いたのだろう。

ただ見捨てたというよりは任せたという感じだった。

それならばご令嬢だけではなく、その女性の信頼も裏切るわけにはいかない。


「あの人なら帰るって言ってからすぐ去ってしまったわ。自分は邪魔になるからって」


そんなに長い時間、目を離していたわけではないのに、女性の姿はない。

見渡せばどちらに歩いたかくらいわかるだろうと思って見回しても、それすら察することはできなかった。

それならば諦めようと男はため息をついた。


「信頼を置いてもらったのはいいが、面倒になると気を使わせてしまったか。家まで彼女に同行してもらってもよかったのだが……」

「そうだったの?」


魔女は悪いようにはされないし、力のある人間だから逆らわない方がいいとアーニャを置いていった。

そして自分がついて行くのは相手にとって都合が悪いだろうと。

けれどそれは少し違ったようだ。

アーニャが驚いていると、男はうなずいた。


「その方があなたも不安は少なかったでしょう?」

「そうね。あの人がいたから私、落ち着いていられたのよ」


これは事実だった。

姿が変わってしまって混乱している自分を家に招いて落ち着かせてくれたのは彼女だ。

そもそもあんなものを作らないでくれたら、こんなことにはなっていないという思いも消えてはいないが、相手は他人に危害を加える目的がなかったというし、魔女と接した数時間で彼女に悪意のなかったことはよく理解できた。

そして、自分の作ったものが正しく使われているのかを確認しに来て、結果間違えられた自分を助けてくれたお人よしでもある。

彼女の人柄のおかげで自分をどうにか保っていられたのは間違いない。


「では、後ほど先ほどの女性を探して、家にお招きしましょう。この森で同じ場所に長居するのは危険です。とりあえず、お乗りいただいては?」


従者が見かねてそう声をかけると、男性はそれに同意した。


「それもそうだ。では」


男性はそう言ってからアーニャの方を向いて手を差し出した。


「えっと……」


差し出された手を見ながら、どうすればいいのか考えていると、彼の横にいる従者がその様子を見て、アーニャが意味を理解していないと判断し言った。


「お手をお乗せください。エスコートの申し出にございます」

「はい……」


魔猫は人間のフリをすることはあっても、このようなマナーを学んだことはない。

初めての経験だが、とりあえず手を乗せればいいのだろうか。

そんなことを考えながら恐る恐る手を差し出すと、男性は丁寧にその手をすくい上げたのだった。

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