呪いと魔猫の変化
「何が……って、え?何よこれ!」
変化した自分の姿に驚いた魔猫が、本来の白猫の姿に戻ろうと試みるが、その姿を変えることはできない。
その様子を冷静に見ていた魔女は思わずつぶやいた。
「なるほど、とても美人なご令嬢ですね」
「どういうこと?」
自分の体がなぜこのように変化したのか分からない。
自分が人間に似せた姿を作る際もここまで完璧にはなれないし、魔女はこの姿を美人だという。
だから人間の考える美人になったのは分かったが、その前のなるほど、とはどういう意味なのか。
魔猫が尋ねると、魔女は矢に掛けられていた呪いとその効果について簡単に説明する。
「先ほどの矢には、美人になる呪いがかかってたんですよ。その矢を受けた結果、あなたが人間の美女になってしまったということですね」
この呪いが掛けられたらどんな生き物でも人間になるのだろうか。
確かに付与した魔女が人間だから、人間の想像する美人というのが人間の形をしていればそうなのかもしれない。
発現した呪いを見ながら魔女がそんなことを考えていると、焦った魔猫が魔女にすがりついた。
「え?人間?……ちょっと待ってよ!どうすればいいのよ!」
魔猫が魔女の肩を掴んで大きく揺するので、魔女は首を痛めないよう顔をそむけて質問に答えた。
「頑張って自分で呪いを解いてもらうしかないですね」
「これ、あなたがかけた呪いなんだから解けるのよね?間違いってことはわかったんだから元に戻して頂戴!」
魔女が他人事のように言うと、魔猫は再び彼女の体を揺さぶった。
しかし魔女からは色よい答えを得ることができない。
「いや、それが……」
「まさかわからないとか言わないわよね?」
「わからないわけではないんですけど……」
「じゃあ何なのよ」
のらりくらりと話す魔女に対し、解く方法があるのならはっきり言えと魔猫が主張すると、彼女はため息をついて、説明を始めた。
「この呪いをかけてほしいって言ってきたのは一人の、人間のご令嬢でですね……。そのご令嬢が麗しい見た目になって、真実の愛を見つけたいと言うので、真実の愛が見つかるまでは解けない呪いが込められているのですよね。だから、元に戻りたいなら真実の愛にたどり着いてもらわないといけないというか、それが最速最善の道と言いますか……」
「この格好でどうしろと言うのよ!」
魔猫は目を見開いた。
今の自分は人間姿をしている。
だけど自分は魔獣の猫、魔猫だ。
真実の愛というのは分からないが、それが恋愛を指すのなら自分の恋愛対象は魔猫、範囲を広げても魔獣になる。
それ以前に、魔猫が人間になる呪いを受けたなんて知れたら、もし自分が魔猫として認識してもらえなければ、きっとここでは生きていけない。
真実の愛の相手など探す以前の問題だ。
魔猫の目力に押されながらも、魔女は話を続ける。
「あの、あなたは元々美しい魔獣だったんでしょう。呪いとの相乗効果で今までにない美しい人間の姿をしていますから、きっとたくさんの男性が寄って来るに違いありません。その中から真実の愛を見つければ、呪いは解けます。そしたら姿も元に戻りますから、呪いが解けたところでさくっと逃げてしまえばいいのです。きっとあなたなら簡単にできるでしょう?」
魔女はその美貌を使って人間の男性の中から愛する人を見つけ、呪いが解けたら戻ってくればいいと言う。
だがそもそも魔猫である彼女は人間と関わりたくない。
魔獣とはそういう生き物だ。
「何で人間なんかと関わらなければならないの!あなたの失敗のために!」
魔猫が思わず叫ぶと、魔女は再びため息をついた。
「まず私の失敗ではないですし、私も一応人間なんですけど……」
「だから何よ。だったらあなたが私を真実の愛に導きなさいよ。人間なら簡単なんでしょう?」
そんなに簡単なら、魔女であるあなたが魔猫の自分にそれを教えればいいと主張すると、魔女は苦笑いを浮かべた。
「いえ、私は女性を愛する趣味はなくて……。それに真実の愛にたどり着くのはあなた自身でなければ意味がありません。そうでなければ解けないのですから……」
魔女の言葉に、魔猫は睨むことしかできない。
それにここで魔女に見放されたら、本当に呪いを解く方法を得ることができなくなってしまう。
魔猫は強がってみたものの、だんだんと泣きたくなって、しだいに表情が崩れていく。
「あの、わかりました。とりあえずここで話していても目立ちますから、うちに来てください。そこで考えましょう」
魔女も泣きそうな魔猫を見て、少し罪悪感を覚えた。
責任の一端がない訳ではない。
とりあえず自分の家で保護して、それから考えよう。
魔女が提案すると、魔猫はうなずいた。
「そうね。私もこの姿を森で晒しているのは苦痛だわ」
「美人なのに……」
「何か?」
自分のつぶやきに反応した魔猫に近くで睨まれた魔女は、その迫力に驚いて後ずさる。
彼女は、トラブルに巻き込まれて呪いをかけられた上、今までの生活を全て奪われたのだ。
今のままではこの森で生きていくことはできないし、姿の変わった自分がこの先どう生きていけばいいのか不安もある。
だがそうしなければ生きていくことすらできない。
命がけで、必死なのだ。
魔女へのあたりがきつくなってしまうのも仕方のないことなのだろう。
「ひっ……。こ、こっちへ……」
とりあえず家に案内するからと魔女が立ち上がったので、魔猫も同じように立ち上がった。
実は人間に姿を似せて生活していた魔猫にとって、この動作は造作もない。
二歩足で立つ事も歩くこともできるし、手も器用に使うことができる。
魔猫はどうやら人間と同じように立って移動することができるらしい。
呪いで人間になって四足で歩いていたらどうしようかと思ったが、もしかしたら体が人間になる際に、その動作ができるようになるのだろうか。
魔女はこの呪いについて感心しかけたが、魔猫が立ち上がった姿を見て、慌てて言った。
「あっ!移動する前に、とりあえずこれを羽織ってくたさい!裸はダメです!人は滅多に通りませんけど目立ちます」
そう言って魔女は自分のローブを外すとそれを体に巻きつけるように渡した。
魔猫は窮屈に感じたが、それを黙って受け取った。
魔女の言う通り、目立つのは困る。
自分だって仲間の魔猫にこの姿は見られたくない。
「わかったわ」
裸の美女はため息をつくと、魔女から渡されたローブを羽織るのだった。