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森と魔女と魔獣

人間達が去った後、矢を受けた痛みが引くと、森を逃げるように彷徨っていた令嬢の元に、魔女は姿を表した。

魔女は呪いの矢の材料受けた時、持ってきた人間にそれがいつまでに必要なのかを尋ねていた。

だからご令嬢が自分で呪いを受けるという茶番を起こす日を知っていたのだ。

しかし詳細な場所まではわからない。

そこで魔女は結果がどうなったのかを確認するため、森を歩き回くことにした。

とはいっても、森の中で人間が狩りに使う場所など限られている。

だからその場所が見えるところを重点的に回っただけだ。

そして魔女は見てしまったのだ。

自分を尋ねてきたご令嬢ではない、別のものが矢を受けたのを。

そのものは、一緒にいたものに向かって矢が飛んできたことに気がついて、その相手をかばって負傷した。

きっと一緒にいたものに当たれば致命傷になる位置に向かって飛んできていたのだろう。

だから身を挺して守った。

そして矢を受けたものは、さらなる襲撃に備えて茂みに身を隠し、庇われて怪我をしていない相手も、追加の矢の襲撃から逃れようと別の場所に身を隠した。

魔女はそこまでの動きを確認すると、魔女は矢を当てられたもののいる場所へと向かったのだ。



「あなたが矢を受けてしまったのですか。たぶん痛みはないと思いますが……」


本来の使用目的を知っていた魔女は矢を受けた魔獣に声をかけた。

まさか人間から普通に話しかけられるとは思っていなかったが、この人間が自分を襲ってくる気配はない。

隠れるにもすでに見つかってしまっているし、自分は矢を受けた身で、身軽ではないし、逃げられる気がしない。

何より、普通に話しかけてきているのなら会話が成立する可能性が高い。


「そうね。知り合いをかばった結果だけど……、っていうか、あなた誰?」


魔猫は尋ねたが、その質問に魔女は応えることなく聞き返した。


「……あなた魔獣ですよね」

「そうね。正しくは魔猫だけど」


その人間は自分が魔獣だと知りながら普通に会話する姿勢を変えない。

あと、人間は魔獣とここにいるものをひとくくりにするようだが、自分は魔獣ではなく魔猫だと一応伝えてみる。

だがそれも軽く流された状態で、その人間は話を続けた。


「人間に当てることが前提で作られたものなんですよ、それ……」


うっすらの残る矢を見て、魔女はため息をついた。

けれどそんなこと魔猫には関係ない。

ただこの人間は、少なくともなぜ、この矢が自分に向かって飛んできたのかを知っている様子だ。

せめて当てられた理由くらい知っておきたい。


「この辺に人間なんて滅多に来ないわ。さっき馬に乗ってるのがいたけど、あれが目当て?」


魔猫が尋ねると、魔女はため息をついた。


「依頼主のお目当ての人がここを通るから、その時、矢を放てって指示をされていたみたいですね」


矢ことを知っているのだから、射たのもこの人間で、偶然外したかと思ったが、話を聞くとそうではなさそうだ。

魔猫は確認のため目の前の人間に尋ねた。


「じゃあ、これを射たのはあなたじゃないの?」


矢を指してそう聞くと、魔女はため息をついた。


「違いますよ。私は森に住んでいるんですから、魔獣の皆さんに喧嘩を売るようなことはしません」


その言葉を聞いて魔猫は目の前にいる人間の正体を理解した。



この森に突然現れた人間がいる。

後から知ったことだが、その人間は、他の人間があまり好きではないらしく、人間と関わりたくないからこの森にやってきたらしい。

つまり森に住む理由は魔獣と同じ。

けれど最初、魔獣も彼女を警戒していた。

森に来た理由が同じであっても、敵になる可能性はある。

人間は、魔獣を殺したり、閉じ込めたり、商品として扱ったりするものだ。

まれに大切に扱われる事もあると聞くが、大半がそうではない。

相手が人間であるという理由で、魔獣はそろって警戒したのだ。



人間は魔獣に警戒されているのを知っているのか、彼らを刺激することはせず、しばらく動き回って木の少ない広い場所を見つけると、そこに家を建てた。

家ができるのにさほど時間はかかっていない。

家とする建物を土魔法で形作っただけのものだ。

初めて大がかりな魔法を見た魔獣たちは驚いたが、同時に彼女がそのような強大な力を持っているのだと恐れた。

遠くから様子を見ていた魔獣が、普段結束する事もない相手とまで顔を見合わせたほどだ。

外の様子を気に留める事もなく、とりあえず建物を作った彼女は中に入って行った。

それから魔獣たちは交代で見張りをしていたが、彼女は一日、そこから出てくることはなかった。



そうして突如現れ、森に家を建てて住み始めてしまった魔女だが、魔獣たちが交代で見張っていても、彼女が森で魔獣を追いまわすようなことはなかった。

それどころか、家からあまり出る事もない。

監視をしていると時折、木の実などを採取したり、道を覚えるために散策をしたり、街に出かけて買い物をしたりしているようだが、それ以外で外に出ているのを見かけない。

徐々に家の周りが整えられていくのは分かったが、変化はその程度。

森を荒らす様子もなければ、生活に困っている様子もない。



彼女もさすがにずっとつけ回されているため、魔獣の存在に気が付いていた。

だからある日、彼女は気付いた魔獣にこう言ったのだ。


「仲良くしてくださいね。あなた達が私に危害を加えなければ、私もあなた達に危害は加えませんから」


その言葉が広がって、彼女は森の住人として受け入れられた。

魔女が家を一瞬で建てたのを知っている魔獣たちは、彼女を絶対に危害を加えてはならないものと認識した。

あの力を自分たちに使われたらひとたまりもないことを理解したからだ。

それからしばらくすると、森に彼女を訪ねてくるうっとうしい人間が現れるようになったが、そういう人間は彼女にしか用がないのか、森の奥に入ってくることはない。

だから魔獣は、基本的に彼女の家の周辺に近付かなければ、森に用事のない人間に会わなくて済む。

だから魔獣は彼女の家には近付かないし、近付かないように注意を促す。

そうすれば互いに干渉する機会がなく、安全だからだ。

彼女とはそうして共存してきたのだ。



「ああ、あなたが森の中に家を作っちゃった魔女ね。ふぅん……」


魔猫はじっと魔女を見る。

話には聞いていたが、実物を見たのは初めてだ。

思わずじっくり観察していると、魔女が困惑して一歩引いた。


「そうですが……」


自分の視線に一歩引いた様子などを見ると、とても凶暴な魔女には見えない。

だが、魔獣の皆が恐れているのだから、怒らせるようなことはしない方がいいだろう。


「まぁ、あなたが魔獣に危害を加えないって話は聞いてるわ。ところで、さっきのは何なの?」


とりあえず自分の身に何があったのか知りたいと魔猫が言うと、魔女はため息をついた。


「さっきのは、呪いの矢ですね」

「呪い?」

「ええ。ですから……、あ、どうやら効いてきたようですね」


人間ならば速攻で効くらしい呪いだが、相手が他の生き物の場合はそうではないらしい。

姿を変化させる力が働く分、効力が出るまでに時間がかかるようだ。

そして今、この魔猫にその効果が表れ始めた。

だんだんと頭についていた白い耳も、獣人として全身を覆っていた白いふわふわの毛も無くなっていく。

同時に毛のなくなった部分はハリのある美しい肌に、そして美しい令嬢の象徴とされる髪が、魔猫の時の白い毛が太陽の光に反射したような、輝く銀色の髪の毛として伸びていく。

そして先ほどの魔猫の代わりに、美しい銀髪を持つ、スタイルの良い全裸の女性の姿がそこに現れたのだった。

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