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呪いの代償と真実の愛

魔女はアーニャの葬儀が終わってからも、森の家に戻るとしばらく前と同じようにひっそりと暮らしていた。

しかしその間に、どこから話を聞きつけてきたのか、多くの貴族が金を積んで魔女に依頼を持ってくるになっていた。

魔女はその依頼を断りながら、うんざりしたようにつぶやく。


「そろそろ引越しが必要かしら?この家、気に入ってたんだけど、訪問者も増えてきたし。相手が不幸にならないだろうと思って引き受けた依頼だったのに、まさか不幸にしちゃうなんて思わなかったわ。まあ、腐っても呪いってことね」


呪いだと分かっていながらも使い方が間違っていなければいいだろうと判断したのは完全に間違いだったと今の魔女はそう思っている。

自分の作りだしたもののせいで、多くの人の人生が狂ってしまった。

アーニャはしばらくしてから自分を頼ってくれるようになったけれど、最初にアーニャがこんなものを作った自分のせいだと言っていた言葉の意味が少しわかる気がしている。

関わりたくないような人間が家を訪ねてくるようになったのも、呪いの一種ではないかと考えるくらいに、魔女を訪ねる人は増え、その多くが人間性に難のある者ばかりだったのだ。

そう、訪ねてくる多くは金払いのいい貴族で、例のご令嬢の周辺にいるようなタイプだったのだ。

そんな人間の願いをかなえようとした自分が間違いだったと、魔女は深く反省している。


「私は生きるのに困らなければいいのだもの。それにここを訪ねてくるのは欲にまみれた人間ばかりになってしまったわ」


そんな人間と関わりたくないから森に住むようになったというのに、気がつけば訪問者が増えてしまったのだから皮肉なものだ。

例のご令嬢が情報源になっているのか、魔女とはいえ女性が一人で住めるくらいなのだから、そんなに森は危険ではないと判断する人間が増えたということだろう。


「もしかしたら、あの呪いの矢を作った時から、アーニャだけじゃなくて、私も呪いの影響を受けたのかもしれないわね。そうでなければ、人間に嫌気が差しても魔物の住む森に居を構えたのに、街に住んでいる時よりも、人間と関わり合うことが多くなるなんておかしいもの」


魔女がそんなことを考え始めるようになってから数年後、最愛の女性を失くした旦那様も後を追うようにひっそりと息を引き取った。

それからほどなく、魔猫のアーニャも旦那様を亡くした失望感からか、みるみる弱っていった。

旦那様と離れることになったアーニャが心配で、その事を知ってからはしばらく様子を見に行っていたのだが、ある日、アーニャも彼の墓に寄り添ったまま帰らぬものとなっていた。

それが呪いのせいなのか、一度人間となってしまったからなのかは分からない。



ちなみに彼の墓の隣には、彼の愛した彼女の、亡骸のない墓がある。

そして反対側には、生涯彼に寄り添った猫の墓が作られた。

猫の墓はアーニャが旦那様の側にいられるようにと魔女がひっそりと建てたものだ。

左右の場所は変わったが、真実の愛を貫いた二人は隣に寄り添い、今も屋敷の庭の片隅で静かに眠っている。

時々、手入れに来る魔女は、墓を見るたびに、相思相愛で終えた過去の呪いを思い、その時を懐かしむ。


「それにしてもこんな形でしか二人は出会えなかったのかしら」


三つの墓に花を手向けつつ、そうつぶやいて見つめるのは魔猫アーニャの墓の前だ。


「旦那様はアーニャの姿を見て驚くでしょうね。でも、あの旦那様ならきっと、魔猫のアーニャも大切にしてくれる気がします」


そして今度はアーニャの隣、中央にある旦那様の墓に目をやった。

人間になど関わりたくはない。

ずっとそう思って生きてきたのに、気がつけば頻繁に人の多い街を通り、墓の手入れに訪れている。

魔猫のアーニャはともかく、旦那様の墓まで手入れしている自分に魔女は驚いていた。

魔女が旦那様に特別な感情を抱いているわけではない。

ただ、彼の存在が、人間も捨てたものではないと魔女に思わせたのは間違いない。


「私は……。またここに来ることもあるのかしらね。墓守をすることになるとは思わなかったけれど、二人には新しいところで幸せになっていてもらいたいわ。本当に、こんな風に考えられるようになる日がくるなんて、不思議なこともあるのね」


魔女がそうつぶやいたのには理由がある。

いよいよ騒がしくなったこともあり森を離れる決心をしたのだ。

今日はこの地を離れるためあまり来られなくなると、その報告のためにこの場に足を運んでいた。

もちろん、墓にあるのは魂のない抜け殻であることは分かっている。

しかしそこ以外で、二人に報告ができる場所、自分が報告したことにできる場所が思い浮かばなかった。

魔女もこうして彼らに報告をすることで、この出来事に区切りをつけたかっただけなのだ。

あまり来られないとそう言いながらも、生きている限り、思い立ったらここに足を運ぶつもりでいる。

あくまでこれは引っ越しの挨拶にすぎない。

区切りをつけるといっても、捨てていくわけでも、忘れようとしているわけでもない。

真実の愛を知ったここに眠る二人が、違う場所でも再び出会って幸せになっている事を願い続けるだけだ。



そうして墓守をしていた魔女も、森を離れて人の知れない場所へと越していった。

森を離れてからも時々、こっそり二人の墓に花を供えに来ていたが、その姿もいつしか見られなくなり、魔女もどこかに消えてしまった。

彼女が別の土地に移動したところまではわかっているが、墓に来なくなってからの生死は不明だ。

そのことが知れ渡ったのは、矢の依頼主であるご令嬢が、別の提案と次の依頼をしようと目論んで魔女を尋ねていったことがきっかけだった。

彼女が自ら足を運ぶと複数人でその場所に向かったところ、すでに家ごと跡形もなかったのだ。

当然だが彼女は魔女の行き先を知らない。

けれどその後も風の便りで、彼らの墓が整えられているとか、魔女が薬で人を助けた等の話がしばらくは聞こえてきていたため、きっとどこかに行ってしまっただけだと判断し、魔女でなくとも可能な依頼だったため、彼女が魔女を探すことはしなかった。

そのうち、どこからも魔女の話は出なくなり、そのまま消息不明として扱われるようになった。

そして魔女そのものの存在も風化していくことになる。

そんな呪いの矢を依頼したご令嬢は、彼どころか誰と結ばれることも叶わず適齢期を過ぎ、見かねた親が決めた見ず知らずの土地に済む老人のところへと嫁に出された。

今までの我儘が過ぎたこともあり、彼がいなくなった後、誰にも見向きもされなくなっていたのだ。



こうして呪いの矢に関わった人たちは皆、慣れた土地から姿を消すことになったが、街にはいつもと何も変わらぬ日常の風景が広がっている。

幸せになれたのは、真実の愛を知って空に召された二人だけかもしれない。

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