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多くの別れ

そうしてアーニャの埋葬は無事に終わった。

一度目を逸らした旦那様も、棺に土がかけられていく様子だけはしっかりと見ていた。

埋められていく棺をしっかり見ることで、気持ちの整理を付けるつもりなのだろう。

やがて土で棺が完全に隠れると、そこに墓標が置かれた。

そして置かれた墓標に花を手向けて彼は懺悔をするように祈っていた。

その間、旦那様の目はうつろで、やはりこの現実を受け入れられていないのか、どこか呆然とした様子にも見える。

精神的に相当堪えたのだろう。

魔女は彼の姿を見てそう感じて、少し申し訳ない気持ちを抱きながらも、アーニャのいない墓に祈りを捧げるふりをするのだった。



一通りの儀式が終わると、やはりぼんやりとしている旦那様の代わりに、毅然とした態度のばあやがお礼を告げて見送りをしてくれた。

ばあやも気丈に対応してはいるものの、やはりアーニャを失ったことにはショックを受けているようで、いつもとは様子が違っていた。

しかしきちんとやるべき仕事は理解しているらしい。


「帰りの馬車の手配をしますので、先ほどのお部屋でお待ちいただいてよろしいでしょうか」


ばあやは前を歩き、魔女を墓から誘導しながら尋ねた。

しかし魔女はそれを断る。

迎えの馬車が来た時、帰りもそうなるだろうと予想していた魔女は、考えていた答えをそのままばあやに伝えた。


「ありがたいのですが街に寄って帰りますので、馬車は不要です。一人で歩きながら頭を整理したいですし……」


魔女がそう言えば、ばあやも送迎を強制することはしない。

街を歩くのも、アーニャとの思い出を懐古するためかもしれないと思えば止める必要はないし、本人が送迎を拒否するのならそれも仕方がないと考えたようだ。


「かしこまりました。では、門まで……。申し訳ありません、旦那様はあのような状態でございますので、ご容赦を」


ばあやはそう言うと、向きを変えた。

旦那様はそれに気付いているか分からない様子で、ふらふらと邸宅の方に向かっていく。

思い返せば、棺が運び出されるところから、彼は言葉を発しなかった。

発していたかもしれないが、少なくとも魔女との会話はない。

おそらく気遣いをする余裕がなかったからだろう。

そのおかげで魔女は冷静にアーニャを脱出させることに成功したが、この呪いの矢の一番の被害者となってしまった彼にはさすがに罪悪感を持った。


「はい。どうか旦那様も気をしっかりお持ちになりますよう……」

「お気づかい感謝いたします」


ばあやは門前に到着すると、深々と頭を下げた。


「どうかお気をつけて」

「ありがとうございました。それでは……」


魔女も同じように頭を下げたが、互いが入口で下げていた頭を上げると、そのまま別れる。

そしてばあやは邸宅に向かって歩き出し、魔女は屋敷を囲む塀に沿って歩き出した。

そして魔女はしばらく歩くと、目的のものを見つけ、そこに向かって足を速めたのだった。



低めの塀に沿って歩いているとそこからひょっこりと魔猫が顔を出していた。

魔女は猫になったアーニャに近付いて、周囲に人がいないことを確認すると声をかけた。


「アーニャはこれからどうしますか?」

「どうするって?」

「一応魔猫さんには戻れましたけど、森に帰りますか?もし、もう帰るところがないと不安なら私の家にしばらくいてもらっても構いませんけれど……」


別に魔猫のアーニャが街を抜けるのにあたって、あの美女以外の、前に人間になり済ましていた姿などに見た目を変えて森に帰ることは可能だろう。

けれど目覚めたタイミングが分からないとはいえ、直近まで薬で仮死状態にあったのだ。

街を抜ける前に万全ではない体調に変化が出るかもしれない。

もし森に帰るというのなら、街の中は魔女が抱えていた方がいいだろう。

そう考えての、いわゆるお迎えだ。

魔女の申し出を聞いたアーニャは少し考えて、しばらく過ごした家を振り返ってみると、決心を固めた。


「そうね。でも私は少しこの辺りで過ごそうと思うわ。外で生活するのは久しぶりだし、不安がないとは言わないけれど、でも、旦那様の様子が心配だからもう少し見ていたいの」


森に帰って平穏な暮らしに戻ると言う選択肢もあるけれど、自分はここに残りたい。

アーニャがそう言うと、魔女はそれを受け入れる。


「そうですか。アーニャはやっぱり旦那様が大切なのですね」

「ええ。嘘をついているのが本当に申し訳ないわ。あんなに悲しんでくれるなんて、正直思ってなかったもの。でもそれが私の嘘のせいだって考えたら、何もできなくても、こちらを見てもらえなくても、側にいたいと思ったの」


アーニャの答えに迷いを感じなかった魔女は、アーニャの意見を尊重する。

もともとそのつもりではあったのだ。

何より、呪いが解けたのだから、少なくともアーニャの旦那様に対する愛情は本物ということになる。

愛すべき相手と認識した途端引き裂かれたのだから、旦那さまだけではなくアーニャにだって時間が必要なはずだ。

そして自分にできるのはアーニャの気持ちに整理がついた時、その決断に即した行動ができるようサポートすることだけだ。


「アーニャも自分の気持ちの整理を付けてからここを離れた方がいいかもしれませんね。私も時々様子を見に来ますけど、身体に気を付けて……。もし何かあったら尋ねて来てくれて構いませんから」


自分で来るのは大変かもしれない。

けれど、この申し出が少しでも拠り所になればと魔女が提案するとアーニャもうなずいた。


「ありがとう。私には行くところがあるってことだけで、気持ちが楽になるわ」


もし気持ちの整理がついて森に戻ることに決めたのなら、その時はきっと魔女を訪ねよう。

最初は誤解から詰め寄ったりもしたけれど、今のアーニャにとっては、魔女も旦那様と同じくらい大切な人なのだ。


「では私はそろそろ行かないと。見つかってしまっては不審がられてしまいます。アーニャ、お元気で」

「ええ。あなたも」


アーニャは猫の姿なので、一見すれば女性が猫に話しかけながら愛でているように見えるだろうが、長くやっていれば不審者に見られかねない。

名残惜しいけれど、魔女はアーニャに別れの言葉を言うと、その場を立ち去った。

そしてアーニャは、しばらく魔女を見送ってから、彼と共に過ごした庭の垣根の中に身をひそめて屋敷の様子を伺うことにしたのだった。

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