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仮死の薬とアーニャの決断

アーニャと別れ、家に戻った魔女は、早速薬を作り始めた。

アーニャの決意が固まれば、すぐにでも呼び出しを受けるだろうと考えたからだ。

材料を用意するのも、作るのも難しいものではない。

生き物を仮死状態にする薬は、動物相手に頻繁に使われるからだ。

この薬は仮死状態になれど、薬による副作用や損傷はあまりない。

だから生け捕りにしたい獣がいれば、躊躇なく使うことができる。

逃げた家畜、家畜やペットにしたい動物の捕獲や、街に侵入してきた害獣を森の奥に帰すなどが主要な使い方だが、まれに誘拐など悪事に利用されるケースもあるので、取扱いには注意が必要な薬である。

だから通常、この薬を作ることが可能な人間は、この薬を作る場合や販売する場合、特別な許可を得る必要があった。

けれど魔女は例外だ。

森に住居を移したことでその監視や管理の対象外になっているのだ。


「最近はこのようなものばかり作っている気がします。最初に仕事を受けた責任ですかね」


呪いの矢といい、使用目的があまりよろしくない仮死の薬といい、最近はあまり人に良い影響を与えない者ばかり作っている気がする。

魔女はそんなことをつぶやきながらも、その日のうちに薬を完成させた。

これでいつアーニャから呼び出しがあっても対応できる。

魔女はそうして薬を完成させて、次に備えるのだった。




次に魔女とアーニャが再会したのは、アーニャの寝室だった。


「ごめんなさい。このような格好で……」


フリではなく、本当に起きているのが辛いらしく、ベッドから身体は起こしているものの、着替えてすらおらずぐったりとした様子だ。


「無理はしないでください。今日は大事なお話があると聞いてきたのですよ。内容は察していますが、きちんと確認したほうがいいと思ったので、ここまでお邪魔したのです」


本当ならば寝室に客人を入れたくはなかっただろう。

きっとアーニャ本人より旦那さまの方が反対するに違いない。

けれどアーニャがよほど切実に頼んだからこそ、この時間が設けられた。

旦那様はもしかしたら魔女が何か治療手段を知っているかもしれないと期待している様子だが、そんな彼に魔女は、アーニャとはあくまで友人として会うだけだと伝えた。

魔女はここに案内されるまで、いつもの通り応接室などで話しができるものと思っていたし、本来なら、そうしたかったはずだ。

けれど、それができないほど、アーニャの体調の悪化は進んでいた。

魔女に早く薬を持って来て正解だったと思わせるほどのものだったのだ。


「ええ。この状態だもの。ついに限界が来てしまったと、感じているの。ねぇ、人払いをしたから一回元に戻っていいかしら?その方が楽なのよ」

「構いませんよ。人が来たらうまく誤魔化しましょう」

「ありがとう」


アーニャは部屋に魔女と二人きりになったことを確認すると、返信を解いて猫の姿に戻って、ベッドの上に乗ったまま、魔女を見上げた。


「旦那様もね、毎日心配して来てくれるの。気晴らしをしようって抱き上げて庭に運んでくれることもあるわ。少しなら自分でも歩けるのだけれど無理は良くないって」


アーニャは旦那様にどれだけよくしてもらっているかを話し始めた。

そして最後にこう締める。


「旦那様の負担も大きいし、私もこの状態を続けていくのは流石に辛いわ。だから、あなたの提案を受け入れて、死体を演じようと決めたの」


アーニャは先日の魔女の提案を受け入れる決意を固めたという。



「わかりました。ではこの薬を渡しておきます」


魔女はそう言うと、事前に用意してあった薬を取り出した。

そしてその薬をアーニャに手渡す。


「薬?」

「はい。これを飲むと一時的に仮死状態になります。そうしないと医師の診察で生きているとわかってしまいますから、使ってください」


仮死の薬をここに持ち込んでいる事に驚きながらも、アーニャはそれを隠すように言った。


「準備がいいのね」


すると魔女はため息をつく。


「私が言い出したことですから。知っている人に使いたいものではないですけど、仕方ありません」


魔女だってこんな使い方をするために薬を作りたいとは思っていない。

けれど、二人が離れることになっても生きていく最善の方法はこれしか浮かばなかったのだ。

魔女が簡単に薬の効能について説明し、自分の思いを伝えると、その話を聞いたアーニャは少し冷静になったらしい。

話を終えた魔女に問いかけた。


「そう……。それで、これを飲んでしばらくしたら目が覚めるのね」

「はい。丸一日くらいは目覚めませんので、お別れの儀あたりで目覚めることになると思います。ですから目が覚めても絶対に飛び起きたりしないでください。生きていることが知れて、計画が台無しです」


もし儀式で皆が悲しみに暮れている最中に突然飛び起きてしまったら、医師は誤診を咎められるだろうし、薬を飲んだせいだと知られたら、アーニャの立場はない。

そしてその薬を渡したのが魔女だと知れたら、きっと生き延びた後、魔女とアーニャは接触を禁じられるだろう。

やるなら最後までやりきらなければならない。

失敗は許されないと魔女が言うと、アーニャは薬を見つからないよう机の引き出しに隠した。


「気をつけるわ」


そうしてアーニャに薬を渡した魔女は長居して怪しまれないよう、早々に家を後にした。

アーニャは薬を受け取って複雑な気分だったが、魔女とは今生の別れではないのだと自分に言い聞かせて黙って見送った。

そして次の再会はきっと、自分が掘り出された後になるのだろうと、ぼんやりと思うのだった。

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