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気持ちと呪いと姿の変容

一度目の買い物以降、誘われるまま旦那様に寄添うようになったアーニャは、自然とそれを楽しめるようになった。

夜会はだめでも買い物ならついてきてくれると、旦那様はそう判断したらしい。

アーニャはというと、旦那さまから夜会の話が出ないこともあり、聞けないままになっていることが少し気になっていたものの、魔女に言われたことを思い起こしながら話をしていると、自分も旦那様を大切に思う気持ちが強くなっていると実感できることが多くなっていた。

そうして二人の距離は自然と近くなっていった。

今のアーニャは、もうこのままでいいのではないかとすら思えてくるくらい満たされていたが、しだいにこの生活を失うことに不安を覚えるようになっていった。

別に贅沢に慣れたわけではない。

ただ漠然とこのままではいられないと、どこからともなく警鐘が聞こえてくるような感覚を覚えるようになったのだ。

そしてついに、その不安が形となって表れ始めた。



ある朝、アーニャが魔猫の姿を取り戻し、少しながら魔力を使えるようになったのだ。

幸い目を覚ました時、部屋に一人だったため、誰にも見られることはなかった。

どうやったらあの姿に戻れるのか、悩みながらも猫の姿で試に魔力を使ってみれば、それはうまく発動した。

急にどうしたのか分からないが、もし、予期せぬところで猫の姿になったら、もうここにはいられなくなる。

それだけは分かった。

そして今はまだ猫の姿に戻る事は少ないかもしれないけれど、そのうち、この人間の姿を維持することが難しくのかもしれない。

これは呪いの解ける前兆だ。

そう察したアーニャは、魔女に相談することにした。



「相談があるの」

「改まって何ですか?あ、呪いについては……」

「それよ!」


魔女がまた呪いを解く方法を聞かれるのではないかと警戒して先手を打とうとするが、アーニャは魔女の言葉を遮って乗っかってきた。


「いや、ですから……」


魔女が呪いその物を解く方法は分からないと再度同じ説明をしようとすると、アーニャが慌てて魔女の隣に座るなり声をひそめて言った。


「人間と元の姿、代わる代わる出てくるようになったのよ。今は、人間の姿を維持するために魔力を使ってこの姿を保っているけれど、何もしないとコロコロ変わって大変なの。どうなっているのよ!」


解ける時は元の姿に戻って終わるのかと思っていたけれど、そうではないから困っているのだという。

しかし魔女の見方は違っていた。


「それは良い兆候なのではないですか?」

「どこがよ」


気の抜けるような言葉に思わずアーニャが掴みかかると、魔女はアーニャに体を揺さぶられながらその意味を説明した。


「元の姿に戻りかけているということでしょう?それに魔猫の時のように魔力も扱えるなら、あと少しじゃありませんか」

「そうなの?」


あと少しで元に戻れるというのは間違いないのかと、驚いたアーニャが手を止めたので、魔女は思わず体を引いた。


「いや、わかりません、わかりませんけど、今までは願っても元には戻れなかった訳でしょう?今は戻れるわけですよね?」


今までは意識しても元の姿に戻る事ができなかったのに対して、今は戻ってしまっても人間の姿を維持することができるようになった。

しかも呪いを受けてしまってから今まで使えなかった魔力も完全ではないとはいえ戻っている。

それを悪いものと捉える方が不自然だ。


「そうね、魔力は必要だけど……って、問題はそこだけど、そこじゃないわ!どちらの姿を維持するにも膨大な魔力が必要で困るって話よ!」


アーニャによると猫になってしまって人間の姿を維持するのも、人間の姿になってしまったのを猫の姿で維持するのも、どちらにも魔力が必要なのだという。

だから今は人間の姿で維持できるよう魔力を使っているが、もし魔猫として生きることになったとしても同じように魔力を使い続けなければならなくなるということではないのかと不安なのだという。


「でも、急激な変化はよくありませんからね。呪いが解けそうだから、体もそれに慣らそうと頑張っているんじゃないですか?でもそれならもうすぐ魔猫に戻れるってことになりますし、いよいよ真実の愛が見つかりそうって段階まで来てるんでしょう」

「元の姿……、猫の……」


今まで疎ましく思っていた人間だが、今はその姿も自分なのだと思える。

それに旦那様には人間としての自分しか見せていない。

もし本当は自分が魔猫だと伝えたら、旦那様はもう今のように接してくれないのではないか。

元に戻ることを目標としてきたはずなのに、いざそうなると、複雑な気持ちになる。


「どうかしました?」


黙りこんでしまったアーニャに魔女が声をかけると、アーニャは首を横に振った。


「いえ、何でもないわ。また来てくれる?」


自分の変化に戸惑いを隠せないアーニャは、自分で制御しきれなくなるかもしれないから、できれば魔女に様子を見に来てもらいたいという。

魔女はそれでアーニャの不安を払拭できるのならとうなずいた。


「いいですよ。それにもうすぐその姿は見納めですものね」


別にアーニャが猫であっても人間であっても、魔女は接し方を変えるつもりはない。

自分は森の中に住んでいるのだし、アーニャが森に戻ってしまっても、森の中にある魔女の家に自由に遊びに来ればいい。

旦那様と生活をするのは難しくなってしまうかもしれないけれど、もし人間の姿を長く維持してでも会いに行こうと思うのなら、その時は魔女が同行すれば手助けができるかもしれない。

魔女はそう含ませて励ましたが、アーニャは最初の言葉に複雑な思いを抱きながらうなずいた。


「そうね……」


自分でもなぜ戻れる可能性が出てきたことを素直に喜べないのか分からない。

けれど心の中にあるもやもやとした感情がどうしても収まらないのだ。

身体だけではなく、感情もバランスを失いかけている。

このままではどちらにしても良い結果にはつながらないだろう。



その日は突然のことというのもあり、アーニャの気持ちの整理がつくまで、今までと変わらない生活を送りながら様子を見ようということになった。

しかしそう思って一旦魔女と別れたアーニャだったが、旦那様と離れたくない、ここにいたいという気持ちがどんどん強くなっていき、それに比例して無意識で人間の姿でであれる時間が短くなっていった。

原因がそこにあるのだとアーニャが理解した時には、その感情をうまくコントロールできる状態ではなく、それでもできるだけ長くここにいたいと願っていたアーニャは、自分のありったけの魔力を今の人間の姿の維持のために使うようになっていくのだった。

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